第11話一番大事な仕事の基本~その十~
回線を通しても変わることのない、聞くものを安心させる九区利の落ち着きと穏やかさに満ちた声が
本来九区里の能力が繋ないでいるのは精神。
人間の精神が一体何処にあるのか、昔から幾度となく議論され未だ明確な解答が出でない。だが今それは脇に置いておく。
九区里が精神を繋いだものと五感を同調させ体感を共有しているとはいえ、回線を通して聞こえる声は先の亜流呼との通信のように頭に直接響くようなものだった。
それが九区利からのものだと実際に耳を通して聞くのと全く遜色ない。
これは
それとも九区利の能力に対する技術と練度の高さ、そして気遣いなのだろうか。
十中八九後者だろうが、姉といい九区利といい妙なところでこだわりをみせるのは何故なのだろうか。
そういえば亜流呼にも程度の差はあれその傾向がある。
やはり高い力量を持っていると、たとえ必要なくとも気の済むまで全力を発揮せずにはいられないのだろうか。
そうなると、こだわりなのかしがらみなのかよく分からないが、羨ましい限りだ。
自分の成したいことをできるだけの力があるというのは。
もっとも自分のできることを全てやってしまうことが美徳だとは決して思はないが。
九区利のような能力者は特に。
それは俺が気にするまでもなく本人が一番よく理解しているだろうが。
「それでは次の指示を説明する前に現状の整理と確認を行います。つくもさん、
いくら精神が繋がっているとはいえ親が子の思考が読めるわけではなく、同様に五感を同調させていても体感から類推くらいがせいぜいで具体的な行動までは分からないはずだ。
なのに九区利は俺があだしごとに思考を割いていることを的確に言い当てたてきた。
精神系統に属する能力者は
だからといって元来の勘がよくなるなどという話は寡聞にして聞いたことがない。
これは九区利の勘が元から鋭いのか、それとも何かの経験則に基づく推察なのか。
そんな判断の材料になるような前例を作った憶えは一切ないのだが。
どちらなにしても普段なら安心感を与えてくれるはずの穏やかで落ち着きのある
「それは心外だな九区利。俺の意識と思考は髪毛一本入る
内心をずばり言い当てられたことなどお首にも出さず、白々しく抗議の言葉を口にする。
「そうですか、それは失礼しました。では次からはそんなに気を張る必要がないように
大丈夫何も言わずとも全て分かっていますよ、という慈母の言葉が聞こえてきそうなその裏にあるものを知る勇気は俺にはない。
そのとき誰かが溜息をついたような感覚が伝わってきたがそれはきっと亜流呼だろう。
こんな細かいことまで伝わるとは伝わるとは余程の精度だが、これでは迂闊に眉一筋動かせなと思う。
九区利が本当に鋭いのは勘ではなく、あらゆるもの見逃さない観察眼とそれを元にした洞察力だった。
流石は情報戦を一手に担う解析課の長。ものの見方考え方扱い方が根本的に俺たちとは異なるなのだろう。
そして九区利はおほんと、わざとらしく咳払いをして仕切り直す。
こういう仕草は妙に……いや、言うまい。俺にも一応学習機能は付いている。
「それでは改めて現状の整理と確認を行います。
現在の配置と役割は亜流呼さんが屋上で敵の陽動及びこれの殲滅。
傷仁さんとつくもさん、ましろは二手に別れ施設内に侵入。遭遇した敵を処理しつつ目標の品の探索中。
そしてその施設の地上部分はほぼ全て偽装。地下部分こそが施設の本体。そしてましろさんからの情報によりその複雑で広大な内部空間に私たちが奪還すべき品が隠されている。
現状はこの認識で間違いありませんか?」
「ええ、そうです」
「それで合ってると思うぜ」
「間違いないだろうな」
三人とも言葉は違えど細かな点は省いていて肯定の意だけを手短に返す。
亜流呼のときだけ色々な雑音が混ざって聞こえるのは彼女が現在戦闘中であることと、九区利が認識に共有と次の指示を伝えるため繋いだ回線の通信状態を常時解放にしたからだろう。
俺たち三人が見聞きし体験したことは余すところなく九区利は把握しているはずだ。
私見などは何かあり次第その都度亜流呼に伝え、上手く整理しまとめて九区利に報告している。
つまり俺達の知り得ていない情報は九区利や社長そして
これは最初に九区利が言っていたように、何か報告漏れがないか、報告されていない新たな情報はあるか、現状の認識を正確に共有できているかを整理し、確認する作業だ。
基本中の基本だがこれを疎かにすると野菜を買いに魚屋へ行く羽目になる。
それで棲むならまだいいが最悪の場合、真贋入り混じった情報と状況の底なし沼にはまり込むことになる。
そうなればどうなるかは日を見るより明らかだ。
「分かりました。ありがとうございます。お互い現状の認識に齟齬はないようですね。
では次の指示を伝えます。
亜流呼さんは引き続き現在の状況を維持してください。
傷仁さんとつくもさん、ましろさんはお互い別ルートでましろさんが見付けた
もしかしたらそれが目標の品かもしれません。
ましろさん、傷仁さんのいる地点まで折り紙を送って目標地点まで案内をさせることは可能ですか?」
さらりと何気なく聞いているが、この
ただでさえ準備に手間のかかる術式をこの場で即興で組み立て、何処にいるか分からない傷仁の居場所までおくり、なおかつ自分の術指揮で見付けたとはいえ案内までさせるとは姉にとっては朝食を摂る片手間にできることだ。
そう思いながら姉のほうを見ると既に予備の紙で作成した精巧な蜘蛛が出来上がっていた。
今にも動き出しそうだと思えば今もう八本の足をわさわさと動かしていた。
造形だけじゃなく動きまで本物のような生物感をださなくてもいいんじゃなかと思ったが勿論口にしたりはしない。
紙に刻む呪の顔料は、ナイフで右手の指に小さくつけた傷を筆代わりに血で代用したようだ。
全然気付かなかった。
姉は得意満面で例のサインでもだしてるかと思ったが、申し訳無なさそうに項垂れていた。
そんな姿の姉にしてやれることは一つだ。
いつもとは逆だが何も問題はないと、大丈夫だと精一杯優しく愛しさを込めて撫で続けた。
撫でるたび元気を取り戻していくようで、最後にはやはりあの例のサインをだした後、作成した暗い青色の蜘蛛を放っててを振っていた。
「問題ない。もう傷仁のところに送った」
可能かどうかの問に結果をもって返答にする。
「ありがとうございます。仕事が早く正確なのは素晴らしいことです。
それでは最後につくもさん、ましろさん、簡易的ですがこちらで作成しマップデータとましろさんからの情報を照合するとあなたたちが最も目標地点に近い地点にいます。
ですから――」
「了解した。このまま蝶に引かれて地の底まで参るとしよう」
俺はみなまで言わせず言葉を先取りする。
「人の話を遮るのは感心しませんが、話が早いのはいいことです。ではその通りにお願いします。
三人とも新しい指示は以上です。よろしいですか?」
「「「了解」」」
今度は三人同じタイミングで異口同音に返答する。
「わかりました。三人ともなにが起こるか分かりません。くれぐれもお気をつけて。
相互の連絡を密にして何かあればすぐわたしに言ってください。
それでは皆さんに最大級のご武運を」
そう言って九区利との通信は終了した。
さっきは失敗したが次の行き先も決まったことだ今度は迅速に行動しようと前を向くと、案内役の黒い蝶が一歩先で急かすようにその場を飛んでいた。
そのまま自分で言った通りに蝶に引かれてより深い地の底を目指して進んでいった。
その道中迅速さと勇み足の違いはどこにあるのだろうかと、今後の参考のために考えなら。
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