卒塔婆の街のブンヤ 13

           





「や、あの時は悪かったな! …えっ? ちょ、何」

「ビンタァァァァ!!」

「グーーーー!?」


 問答無用でそのツラにビンタした。手はグーで。





(前回はここまで)


=======================







「~~~~……! お、おまっ、いきなり何すんだよこの野郎!」

「ビンタ」


 自分の胸元にスッと右手をかざす。グーで。


こぶしにぎってんじゃねえか!? なぐるって言うんだぞそれ!」

「そうなのか! まじ勉強になったわ、ありがとうございました」


 深々とこうべれた。


「や、これはご丁寧ていねいにどうも」


 向こうもつられて頭を下げ返す。丁度いいからその後頭部もついでにビンタした。グーで。

 只事ただごとならぬ様子を観察していた周囲の野次馬やじうまからわずかに悲鳴が漏れる。プロレス観戦客のどよめきみたいな物だったが。


「だから痛えって言ってんだろうがよぉぉぉ馬鹿かお前ぇぇぇ!」


 目をうるまませながら男は抗議こうぎして来たがお構いなしにその両肩をつかみ、俺史上で詰め寄る。見る角度的にはマウストゥマウス 接 吻 に見えたかもしれない。

 ドつきからのまさかのおっさんズLOVEOBL展開なのか!? と究極の早合点はやがてんをしたっぽい数名の女性から変な悲鳴が上がる。するかヴォエ!!


「いやいやいやいや…あの時はどうもお世話になりましたねェ…? あんなに協力してあげたにも関わらず? 後始末押し付けて? こちとら非っっっ常ーーーに大変だったんですよ? ねえ? どうお礼の言葉を並べてくれるんでしょうかねえ? 期待で胸が高鳴るってモンですよねえ? ああ??」


 徐々に目に力が入っていく感覚が自分でも分かった。多分相当血走ちばしって見開いてたんじゃないだろうか。

 だって相手の目が絶対に俺を見ようとしてないもん。


「や、まあ、そのー…ハハ……俺警察苦手でよ…」


 得意な奴なんてそうはいねぇよ。


「ほぉぉぉぉ…? じゃあ苦手なら恩人に面倒押し付けんだな?」

「ッ…! …!?」


 あ??

 すると男はハッとして口を抑えた。


「…何でもねぇよ。確かに、あれは俺が悪かった。人としても恩人にすべき事じゃねえ。すまん」


 俺に両肩を掴まれたまま男は頭を下げた。見る角度によっては俺の胸に顔を埋めたような画になっていたのか、またしても周囲の女子から変な吐息が漏れた。何がストライクなワケあんたら?


「…けどどうしても、捕まる訳にはいかないんだわ…」


 顔を近づけた男がボソッと言った。その声は何か深い事情をうかがわせる物だった。

 俺は深くため息を漏らし掴んでいた手を離す。


「場所変えようぜ。ここじゃオチオチ話も出来やしない」


 なんかさっきよりも増えた気がする呼吸の荒い野次馬マル腐を暗に指し、男に提案した。






  ◆◇◆◇◆






 先程の場所より更に卒塔婆そとばの塔の根元付近、この時間になると人の流れも少なくなる一角の簡易喫煙所。

 スーツ紳士にもらったライターで煙草に火を点け、浅く吸って薄く吐き出す。

 うん、やっぱり普通のライターだった。(まだ心配してた)


「あんたも吸う?」


 煙草の箱を差し出す。


「わりぃ、止めたんだ。昔」


 片手を上げて男が応えた。


「あ、そうなのか、すまん」


 俺は灰皿に今着火したばかりの煙草を捨てようとした。


「あー待て、別に気ぃ遣わなくて大丈夫だ。自分が吸わなくなっただけで回りが吸う分には何とも思わねぇよ」

「そうか。悪いな」


 再び一服。

 吐き出した紫煙がビルの所々に灯るLEDライトを透かして白く揺らめく。まるで生物みたいにうねうねと。


「子供か?」


 チラッと横目で男の方を見やる。

 禁煙をする人は子供をきっかけに止める事が多いと聞いた事があった。


「ん、まあ、そんな所だよ」


 視線を外しながら曖昧あいまいに答える。

 何か事情があるんだろうか。


「そっか」


 もし自分の父親が知らない誰かの為に体を張れる様な人物だったら、その子供はどう思うだろうか。

 誇らしいのか、呆れるのか。今のこの世界では後者が普通にあり得るってんだから驚きだ。

 まあ返り討ちにあって大怪我したり命を落とした人もいるし、その人の家族にすれば他人にかまけて自分の家族を置き去りにしたって思いたくもなるかもしれない。現実は勧善懲悪かんぜんちょうあく諸手もろてを挙げて喜ばない。実に複雑だ。


「…」

「…」


 そういや何を話そうとしてたんだっけか。ここに移動するまでの間にすっかり怒りは鎮火ちんかしてた。俺も結局は実質被害ゼロだったしかえってオヤジの秘密の一面を知る事が出来たし、二発ブン殴れただけでほとん意趣返いしゅがえしは完了したような物だった。

 人気ひとけの薄い夜の喫煙所、おっさんとおっさん(多分)が何となく言葉を探すオフライン。

 …あ、そうだ。


「あのバッグ、持ち主に返せたのか?」


 返せた事は知っている。でも敢えて知らないフリをした。

 すると男は我が事の様に顔を輝かせた。


「ああバッチリな! 喜んでたぜ! …でも、ちっと傷が残っちまっててさ…」

「あー…、わりぃ…。どうしても足止めする為には転ばすしかなくてよ」


 男は自分の発言が俺を責めてしまったと勘違いし、あわてて否定する。


「いやいやいや、あれは仕方ねぇって! 悪いのはひったくったあの野郎だし、あんたがあの時ヤツを止めてくれなかったら俺の足じゃ限界だった。マジで感謝してるよ。取り返せただけでもあの子にとっては大きかったと思うぜ」


 俺はりんのあの笑顔を思い出した。そして同時に胸が痛んだ。

 あのバッグは絶対に直してやろう。タツが。いやタツのコネが。


「あの消えたサイボーグマン…何なんだありゃ…? どう見てもSF世界の住人だが何で幼女のバッグなんて狙ったんだ…?」


 これは男にたずねた訳じゃなく独り言のつもりだったんだが。


「アレは…さ…」

「……は??」


 まさかの所から意外な単語が飛び出した。







 (次話へ続く)








         

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