ゆえに赤く染まった星にひとりとなって

久末 一純

第1話邂逅、そして会敵の朝✗1

  この惑星を、奴らから守らなければならない


 ――ああ、そうだ。


 このほしを、奴らの手に渡していけない。


 ――そんなことは、言われるまでもない。


 この蒼き緑の奇跡を、奴らの好きにさせはしない。


 ――当たり前だ、そのために俺がいる。

 

 だからこそ我らは。


 ――だからこそ俺は。


 貴様達を、


 ――お前らを、


「殺し尽くす」

「刈り尽くす」


✗ ✗ ✗ ✗ ✗ ✗ ✗


 甲高く無機質な電子音が、目覚めの時刻ときを告げている。

 毎朝毎朝、せっせと飽きずにご苦労なことだ。

 勤勉は金なり、だがこの音を聞くたびに、それは時と場合と人によるとつくづく思う。

 そもそもお前は、多少なりとも疑問に思いはしないのか。

 何故自分が毎日決まった時刻になると、大声で喚き散らさなければならないのか。

 どうして自分が唯々諾々と、斗雅とがの命令に従わねばならないのか。

 まったく、俺にそんな権利があるのなら、皆勤賞をくれてやる。

 いまも変わらず大音声を発し、俺の安眠を奪い覚醒させようと躍起になっているお前目覚まし時計にじゃないぞ。

 勤勉にして実直、かつ清貧な我が愛しの妹である斗雅に対してだ。

 だが残念ながら、俺にはそんな権力も気力もない。

 よってこのまま惰眠を貪ることに大決定。

 つまりその邪魔をするお前には、消えてもらうことになる。

 安眠への渇望と惰眠の誘惑を載せた俺のノールックチョップが、狙い違わず目覚まし時計のスイッチにヒット。

 毎朝の鍛錬により自然と身についた、標的を破壊することなく自分の欲求を叶える妙技が見事に炸裂。

 この技を会得するまで、数多くの犠牲を払ってきた。


 そうして、さっきまで威勢は何処へやら。

 目覚まし時計は、完全に沈黙した。

 そして室内に夜の残滓たる静寂と、朝の証明である静謐さが戻ってくる。

 さて、このまま二度寝という人類にとって上から数えたほうが早かろう幸せを甘受しよとしたその瞬間――

 ガン、ガン、ガンとさっきまでとは比べ物にならならい大音響が、一階から暴力的なまでにこだまする

「むくにぃ~! むくにぃ~! 朝だよ! 朝が来たよ! だからさっさと起きて!」

 おっとりとした声音ながらもよく通る声質が、階下から俺の名前を連呼する。

 夕暮れ時の吹奏楽部もかくやという、盛大な金属音を伴って。

「むくにぃ~、早く起きないと遅れるよ! 遅れるってことは遅刻だよ! それは何処かと訊かれたら、それはもう学校に!」

 我が愛しの妹よ、何故倒置法を使ってまで落語調で俺の睡眠を妨害するのか。

「むくにぃ~! 大変だよ! 学校に遅れるのは一大事だよ! ただでさえうちの学校の日陰者で厄介者のむくにぃの立ち位置が、更に悪い方向にスライドしちゃうよ!」

 我が愛しの妹よ、隣近所に聞こえかねない大声で、さりげなく兄を否定するのはよくないぞ。

 あとでひと言、優しく言って聞かせねば。

 俺は紳士ではないが、妹にだけは暴力を振るわない。

「むくにぃ~! ・・・・・・・・・これだけ呼んでも駄目なら仕方ないよね。もう、やるしかないよね。わたしの最終奥義が火を吹くときがきちゃったよ。そう! これはむくにぃを守るため! 心を鬼にして泣く泣くやらなきゃいけないことなの! だって、これ以上うちの学校の腫れ物が大きくならないように、プチッとちゃんと潰さなきゃ。もちろんむくにぃは悪くないよ、悪いのは全部わたし。だからむくにぃはわたしを恨んでいいよ。でもその代わり、痛みと一緒に現状の深刻さを思い知るといいよ!」

 その言葉に宿る恐怖と戦慄が、撥条ばね仕掛けのように俺の体を布団から叩き起こした。

 以前俺の唯一の親友にして悪友が、「毎朝妹に起こされるとは、お前は一体前世でどれだけの徳を積んだんだ? 一度でいいから俺もそんな体験をしてみたいものだよ。ああ、当然ながら『妹』は血の繋がらない義妹で頼む」などと、俺を指してのたまってきたことがある。

 ああ、たしかにお前の言う通り、妹に朝起こされるというのは何よりも至福を感じるひとときだ。

 たとえそこに、俺の耐久性を軽々超える痛みがあったとしても。

 妹は何処に出しても恥ずかしくない紛れもなく淑女だが、俺にだけは本物の愛情、世間では暴力と呼ぶらしきものを遠慮なく振るう。

 どうか想像してみるがいい。

 我が愛しの妹の名誉のために、具体的な数字は伏せよう。

 だが重さ二桁キログラムの物体が指向性をもって、高所から膝を立てて人体急所、主に体の正中線の何処かにピンポイントに突き刺る、その壮絶と悶絶を。

 そのとき俺はいつも思う。

 俺は前世で一体どれほどの悪業を働いたのかと。

「むくにぃ~! これが最後通告だからね! これで起きなかったらもうおしまいだよ! 後で泣いたって、頭を撫でてあげないんだから!」

「起きたよ! 斗雅! 今降りる!」

 そう言って、俺は布団から這い出し欠伸をひとつ。

 そして寝間着のまま、我が愛しの妹が待つ一階へと降りる為、自分の部屋の扉に手をかけた。

 頭を撫でられるのはいいが痛いのは嫌だなぁと、益体もないことを考えながら。

 何故ならそんなものは俺にとって、天秤に掛けるまでもないことだからだ。

安息の約束された自分の部屋から一歩外へと踏み出したとき、階下から微かな音が漏れ聞こえてくる。

 我が愛しの妹、斗雅のものではない。

 俺の妹の声はこんな機械的で無機質な響きではない。

 もっと愛情と温もりに溢れ慈愛に満ちた、それはまるで天上の・・・・・・・・・いや、この辺にしておこう。

 俺は気力の全てを用いて、我が愛しの妹への思いを断ち切った。

 そうでもしないと、際限なく無限に想いが溢れ溢れ止まらないからだ。

 そうして頭を切り替え耳をそばだてると、詳細が理解出来てきた。

 どうやらこの無味乾燥な声は、つけっぱなしになって垂れ流されている朝のニュース番組からのもののようだ。

 朝も早くから本当にお疲れ様です。

 などと、熱のない言葉を思い浮かべ、胸の裡だけで労った。

 そして一階へと続く階段を降りながら、聞こえてくる声を聞き流す。

 曰く、絶滅が危惧される動植物が増加している。

 曰く、発展途上国を起点とする大気汚染が深刻化している。

 曰く、人工増加による食糧問題に抜本的な解決策が見えない。

 曰く、石油に代わる代替エネルギーの問題が複雑化している。

 曰く、・・・・・・・・・見事に爽やかな朝に反比例した、先の見えない暗い話題ばかりだ。

 それならそれで、せめてもう少し明るく伝えることは出来ないものか。

 嫌、それはそれで不謹慎か。

 そんなどうでもいいことをつらつら考えていると、最後のニュースが耳に入る。

 曰く、また新たな未知の巨大生命体が出現し、これを撃退した。

 ああ、よしよし。どうやら今日もまた、いつも通りの日々がいつも通りに訪れたようだった。

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