第24話インテルメッツォ-24 虚勢/去声

「大したものだ。よもやこれほどのわざを修めているとはな。一体如何なる修練を経て果たして何処まで積み重ねれば、それほどの頂きにまで手が届くのやら。是非一度ご教示願いたいものだな」

 目の前で見えること無く見せつけられた桁違いの絶技。

 同じく剣を執る者ならば、感銘、羨望、嫉妬、絶望――その何れいずれの感情であろうと鮮烈にして強烈に、心に強制的に刻みつけられる。

 その心にある自信も自負も、心そのものまでも千々に砕いてしまわん程に。

 しかしそれほどの非常を目の当たりにした男の姿、動揺や振盪しんとうなど微塵も見受けられない。

 それは、言わんばかりの不遜な様子。

 少女を見据えるその瞳は、微細な凪一つない静穏そのもの。

 語りかける口調には、少女に対する余裕さえ満ちている。

 だが、そんなものは鍍金めっきのまやかし。

 全ては男の必死な思いで構築された、不格好な虚構に過ぎない。

 凡そ不器用な男が懸命に演じている、想いとは対角にある虚勢でしかない。

 心の裡から湧き上がる興奮も感嘆も、見せるわけにはいかないと満身を以て抑えつけた。

 心の中に抱いた驚愕も驚嘆も、表に現すことは出来ないと全力を尽くして捻じ伏せた。

 ここまでして少女の前で平静を装い努めることに、意味があるわけで決してはない。

 敵と対峙し怯懦は晒せぬという、道理ある思考などでは断じてない。

 ただこの少女の目に映る自分自身は常にという、ちっぽけでくだらない、男の子の意地があるだけだ。

 故に今このときこそが少女に自分の心を悟られてはならぬときと、男は己の意志を固く強く打ち直す。

 そんな愚につかぬ男の心の動きなど、当の少女には全て見透かされているだろう。

 そんなことは朧げにだが、始めから解っている。

 曖昧ながらもとうに感じ取っている。

 それでも尚、男はそうありたいと望む自分自身に少しでも近づく為に現在いま過去むかしも足掻き続けているだけだ。

 そんな己の思い描く理想は未だに遥か程遠い。

 それは何処まで進んでも辿り着けぬ蜃気楼。

 今此処に至るまで幾度か感じた、僅かばかりでも近づけたかと思う微かな感触。

 しかしそれは掴んだと思えた瞬間と手の中からすり抜けてゆく。

 そしてその都度より遠くへと離れてゆくような想いは変わらない。

 だが男自身は変わらずとも、現在いま過去むかしでは異なることが多々あった。

 その一つが、少女に向かって素直に称賛と歓喜の想いを言葉にして伝えられないこと。

 そんな近くて遠い決して重なることのない二人の距離に、男の心は寂寥と歯がゆさを感じずにはいられなかった。

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