47日目 ブリタニカ国際大百科事典(4:カキノ-ギジュ)

 静かで、適温で、快適な空間で目が覚めた。

 体は……動かせないけれど、収まるべきところに収まっている感覚がある。専用ケースかなんかに入ってるんじゃなかろうか。


 目を開ける。

 すぐ近くには、4人掛けのテーブルがいくつか。そのテーブルたちの周りは本棚で囲まれている。

 遠くに見えるのは、エプロンをつけた女性が座るカウンター。本を抱えた人が手続きをして、ピッとバーコードの音がした。


 どうやら今日の俺は、図書館のなにかしらの本になっているようだった。神様を一発だけでも殴って文句を言うのは難しそうである。


 ◇ ◇ ◇


 暇だからじいっと人の動く様子を見ていると、色々なことがわかる。


 やってくる人々は、みんな若い。だいたいの人が本には目もくれず、自分の鞄からパソコンなりタブレットなりノートなりを取り出して勉強をしているように見える。

 地域の公立図書館って感じではなく、学校の――大学の図書館、という感じがする。制服着てないし。窓の感じが、独立した建物って感じするし。みんなおしゃれだし。


 にしても、本当に本棚の本に目もくれない人が多い。

 これじゃあ俺がどんな本になったのかわからないんじゃないか――そんなことを不安に思っていると。


 女性ふたりが俺の近くにやってきて、何やら話しはじめる。

 片方は青色のロングスカート、もう片方は濃い目の緑のショートパンツ。どちらもよく似合っている。


「うーん……いっぱいあるね……」


「図書館すごいね……」


 図書館には不慣れな様子だけれど、俺のあたりを見てくれているのはポイント高い。


「どれなら載ってるかな?」


「わかんないけど……うーん……このいっぱい並んでるのはどうかな」


「ブリ、タニカ? 国際大百科事典、かあ」


「ブリ食べたい」


「旬じゃないでしょ」


「ナミがブリなんて言うからだよ」


「ミドリがヘンに聞き取るからだよ!」


 もー、と笑い合うふたり。仲がよろしくて結構。


「とにかく、これ見てみようよ」


 そうすると、ミドリと呼ばれた方の女性が指を伸ばし、俺の並びにある本たちをさっと撫でていく。

 すらっと伸ばした指で優しく触られるの、イイ……じゃなくて。

 俺、ブリタニカだったんだな。へえ。


「えーと……か、か、……」


「見たいのは『かっ』だから、こっちかな?」


 あ、五十音で分冊になってるのか。

 ナミさんの指が、ぴったりと俺を指差す。


「そうだね。向こうで見よ」


「うん!」


 俺は本棚から引っ張り出され、胸の前で抱えられて、閲覧席のテーブルへと移される。


「かっ……かっぷ……んー……」


 ページをめくっていくけれど、ふたりは難しい顔をしたままだ。


「『カップリング』の次かなあ……? んー、ないよ?」


「こんな分厚いのに載ってないなんて、へんなのー」


「ま、へんなのは私たちもじゃない?」


 隣り合って座っていたナミとミドリが、体を寄せ合う。


「女同士、いつも一緒、好きだけど好き合ってるわけじゃない――そんなふたりが、『カップル』なのかどうか調べにくるなんて、ね?」


「そう言われると腹立つ」


「なんで」


「……わかんない。戻してくるね!」


「あ、じゃあ広辞苑取ってきてよ」


「はーい」


 ……なんだこのふたり。いちゃついてんのかそうじゃないのかよくわかんないな。

 おとなしく本棚に戻された俺は、この後、ふたりが仲良くわちゃわちゃする様子を観察するのだった。

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