20日目 ホッカイロ
目が覚めたら、挟まれていた。
たぶん俺は平べったくなっているんだけど、その腹と背に、密着するものがある。質量がある感じではなくて、陰圧? 真空? そんな感じ。閉じ込められている。
当然身動きは取れるはずもないし、苦しい、気がする。いや、実際には苦しくないんだけど、心理的に苦しい。あれだ。布団圧縮袋のイメージ。あんな感じで、押さえつけられている。
……だとすると、今日の俺は布団なのか?
でも、にしてはおかしい。小さすぎる、気がする。目が覚めた時から感じるこの振動、たぶん、大人がふつうに歩いているくらいの振動だ。いつぞやの筆箱だった時よりも落ち着いた、テンポを保った歩き。だからたぶん、薄暗いのは誰かが持っている鞄の中にしまい込まれているからで。……んー? だとすると何だ??
俺の持ち主はどこかに遠出をしているらしい。歩いて、止まって、乗り物とおぼしき何かに揺られて、また止まって、歩いて、みたいなことが何度か続く。
アナウンスくらい聞こえてもよさそうなのだけれど、それは聞こえない。ひょっとして真空だから? そこまでちゃんと再現しなくても不思議パワーで聞かせてくれてもよさそうなものだけど。
歩いて、歩いて、歩いて。
止まった。
俺の入っている鞄が地面に置かれる。蓋が開かれて光が差し込んでくるが、明るくなった以上のことはわからない。なんか俺を閉じ込めてる袋、透明じゃないっぽい。うーむ?
分からんなあと思っているうちに、引っ張り上げられていた。やや左右に揺れながら、俺は持ち上げられる。
そして、袋が、裂かれた。
「ひー……さむいさむい……」
途端に声が聞こえる。視界も開ける。
人が座り込んでいる。横は15人くらい、縦は……なんかすげー連なっている。黒っぽいダウンコートを着ている人が多い。
俺の持ち主は……女性だった。 白くて細い指が俺をつまみ、窮屈な袋から引っ張り出し、握る。
もみもみ。
おててたすかる……じゃなくて。
女性が俺を揉んだ。俺は変形した。スライムじゃないけれど、粉、みたいな。
寒い環境。真空パック。粉。
理解した。
今日の俺は、ホッカイロになっているようだ。
……やっぱり、神様を殴るのは無理そうだ。
◇ ◇ ◇
女性にもみくちゃにされること数回。俺の体に異変があった。
体が、熱い。
いや、そりゃあ当然なんだけれど。空気に触れて、俺の体が発熱している。
病気で熱が出たときとはまた違う感じだ。腹の中に炉があって、そこで燃料が燃えている感じ。まあ鉄粉なんだけどね。
とにかく、熱い。熱いんだけど。
「はー、あったかい……」
俺が熱くてこの女性が幸せになるんだったら、それでもいい気がする。うん。
今日の俺はホッカイロだからな。
「開場までもう少し……がんばろう!」
独り言を言った女性が俺を右手に持ったままぐーっと伸びをして、それまで見えていなかった遠くが見えた。
特徴的な逆三角形の建物が見えた。
ビッグサイト。
俺は、やっと、気がついた。
ここ、コミケの待機列だ!?
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