14日目 キャラものの筆箱

 目が覚めたら、輸送されていた。

 暗くは――ない、薄暗いくらい。割としっかりした箱が上下に揺れる。その中で俺も上下に揺れる。リズムとしては、人が、子供が走っているような感じだ。


 俺がしまわれている箱は、けっこう頑丈だ。段ボールより頑丈な気がする。だって、さっきから俺が中で縦横無尽に暴れ回っていてもびくともしないもん。周りの様子なんて見えやしない。ただ、どったんばったん揺れる箱に翻弄されるだけだ。


「タケル、置いてくぞ!」


「まってー!」


 声変わりする前の男児特有の高い声が、ちょっと上から聞こえる。走りながらそんなに叫べるとか元気だね。俺なんて声すら出せないぞ、えっへん。

 ……にしても。

 小学生が持っていて、頑丈で、中で物が暴れ回ってもびくともしないような箱。


 うん。

 ここ、ランドセルの中だ!


 タケルくんが俺の入ったランドセルを背負って走り続けている以上は身体感覚も掴めないし外の状況もわからないしでどうしようもない。

 揺れ続けること10分。タケルくんがペースを落とした。


「今日も元気だね、タケルくん」


「はい先生! おはようございます!」


「廊下は走っちゃダメだからね」


「はーい!」


 どうやら学校に着いたようで。廊下もどたばたと走っていったタケルくんが教室に入り、机の横にランドセルをかけて、ようやく俺は落ち着いた。ふぃー。

 とはいっても、授業が始まるまでは俺の出番はない。アーチ状にたわんだ箱の天井を見てやっぱりランドセルの中であることを確認しつつ、考察する。

 すげーがたがた揺れたんだよな。教科書とかノートとかは……全然入ってない。1冊入ってるこれは……連絡帳っぽい。


 勉強する気がない元気な男の子が、それでもランドセルの中に放り込んでくるもの。

 うーん……筆箱とか?


 ◇ ◇ ◇


 正解だった。今日の俺は筆箱だった。これじゃ神をぶん殴るのは無理。

 朝の会が終わって1時間目の国語が始まると、タケルくんはランドセルの中から俺を取り出し、更に俺の中から鉛筆を取り出す。「自分の中にあったものがスッと取り除かれる感覚」は、人間だった頃には味わったことがない不思議な感覚だ。


 窓からは気持ちいい青空が見える2階の教室、頬杖をついて椅子に座るタケルくんは――先端がきれいに尖るように削ってある鉛筆を俺の方に向け――待て待て、え、ちょ。授業中だよ授業中。ほら先生の話――

 いたいいたい!!


 俺の蓋の部分を突っつかれた。いや、激痛ではないんだけど、地味にいたいつらさ。注射くらいの。それがちくちくと続くのだ。痛い。

 しかも、執拗に、特定の部分を。……俺、なんか悪いことした?

 それとも、筆箱に何か変なものでも描いてある?



 鏡に近付いたタイミングはなく、結局「タケルくんがなぜ俺を突っついたのか」は、最後まで分からなかった。

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