第3話 コアラ 対 シーホーク

「コアラ対シーホーク」


 世の中がまだ「ミレニアム」とかで盛り上がっていたの頃のことでした。

 プロ野球の「ダイエーホークス」が誕生し、福岡ドーム球場が完成し、隣接する直営ホテルの「シーホーク」とともに、福岡は、たいそう盛り上がっておりました。当時は、シーホークに宿泊して、ダイエーホークスの試合を観戦するというのが一種のトレンドで、観戦チケットとシーホークの予約をとることは困難を極めていた状況だったと記憶しています。

 ワシとコアラ先生とさるじろう先生は、とても仲が良くて、いつも三匹で遊ぶようになっていました。職場も同じなので、仕事もそこそこに、それはそれは楽しい毎日をのんびりまったりと送っておりました。

 動物なのにプロ野球大好きのさるじろう先生が、大好きなライオンズ対ホークスの試合をシーホークに泊まって福岡ドームで見たいと言い始めました。この時期に、このセットを組み合わせてチケットなり予約なりを入手することがどれだけ困難な5trfことか。新幹線も見たことがない低所得No1の田舎県の末端で生きている我々さえ容易に想像できることでした。特にシーホークを、夏休みの時期中に3部屋取るなんて絶対に不可能なことでした。

 しかし、優しくて後輩の面倒見のいいさるじろう先輩先生に喜んでもらいたくて、何とか夢を叶えてあげたくて、ワシたちは毎日、四方八方手を尽くしていました。

 福岡ドーム「ライオンズ対ホークス」内野のチケット予約席3枚は、ワシが隣の県のセブンイレブンまで出かけて行って何とか入手しました。なぜかというと、当時はワシたちの住んでいる県には、セブンイレブンというものがなかったからです。しかしシーホークの予約は、案の定無理でした。さるじろう先生もすっかりあきらめてバナナを食べる姿にも元気がありません。結局チケットがもったいないので福岡の別のホテルに泊まって福岡ドームに通うという案でいくことになっていました。

 そんなある日、コアラが職員室に帰ってきてあっさりと言いました。

「8月10日から2泊シーホークのシングル3部屋を押さえました。」

「?!!!」

「そんなことなしてできたんか?」

「ネットで予約したんですよ。」

「ネット?」

 当時はまだまだインターネットというものが普及していなかったので、ネット予約などという神業は、ワシたち一般人には未知の世界の話だった時代です。コアラ先生は、そんな頃に、いやそのずっと前からパソコンをいうものを駆使していろいろと我々を驚かせてくれていました。聞いてビックリしたのはパソコンの価格でした。なんと軽自動車が買えるぐらいだったと思います。そしてそんなものに湯水のごとくお金を使う金銭感覚とコアラ先生の貧しい生活レベルと間には非常に大きなギャップを感じておりましたが、さすが東京電波学校数学科卒だということもあって、周りからは一目置かれておりました。

 コアラ先生の話によると、シーホークにはネット予約というシステムがあって、まだまだ一般人は知らないのでその枠が残っていたということでした。昨夜コアラ先生は、インターネットでアクセスして予約に成功したということでした。わけの分からないさるじろう先生とワシは、とにかく良かったということと、「インターネットってすごいのう」ということで一安心して、しばらくはコアラ先生を尊敬の眼差しで見ていました。


 そんなこんなで、いよいよ8月10日の出発の日を迎えました。

 朝からさわやかな夏晴れで、3人は気分上々でコアラ先生のトヨタの大きな4WDに乗り込んでいよいよ出発です。コアラ先生は学生時代に東京に住んでいたので、福岡ぐらい何でもないということで運転を任せることにしたのです。まさにコアラ様様でした。


 というわけで中国自動車道に乗って、関門橋渡って、福岡の都市高速に入って、途中で休憩したり景色見たり食事したりと旅を満喫しながら、15時前には無事にシーホークの広い駐車場に到着することができました。それぞれの荷物持って、やっとシーホークのロビーにたどり着くことができました。順調すぎて怖いぐらいです。

「それじゃあワシがチェックインを済ませてきますけえ、お二人はここで荷物を見とってください。」

そういって、コアラは鞄からA4ぐらいの印刷物を取り出すと、それを持って颯爽と受付に向かって行きました。

 ワシとさるじろう先生は、シーホークの大きさときれいさと立派さとすごさに驚いて、辺りをきょろきょろ見回していました。さるじろう先生は「見ていて」と言われたので、コアラの荷物をじっと見ていました。そのうち、さるじろう先生がある異変に気がつきました。

 ずらっと並んでいるシーホークの受付の一角でコアラと受付の方がもめていました。明らかに周りの空気が違っています。

さ「コアラがなんかもめとるみたいなで。」

ワ「えーっ。なんかあったんですかねえ。」

さ「まさか、泊まれんとかじゃあないか。」

ワ「それは勘弁してほしいですねえ。」

とか話しているうちに、だいぶ経ってコアラが戻ってきました。

「お待たせしました。これカードキーですからなくさんようにしてください。」

 私とさるじろう先生は、各々のカードキーを握りしめて、まあ良かったということでホッとしてコアラの後について高級そうなエレベーターに乗り込みました。

 さるじろう先生がコアラに聞きました。

さ「何かもめとったようじゃけど何かあったんか。」

コ「ええ。予約が一部屋しか取れてなかったんですよ。」

ワシたちとさるじろう先生は、目が点になりました。

さ「それでどうしたんか。」

コ「そっちの手違いじゃと言って押し問答しとったら、ついに相手が折れて空き部屋を3つ用意してくれました。」

と、ケロッと答えました。

さ「この時期のよくそんなことができたのう。」

コ「まあ、向こうが悪いですけえねえ。まあ、確認せんかったワシも少しは悪かったんですが。よう考えてみたら人数は入れたけど部屋数は入れんかったような気がしますけどねえ。それでも3人ちゅうたら普通は3部屋取るでしょう。ホテルマンの常識として。じゃからホテルの手違いです。」

と何事もなかったように、悪ぶれもせずにあっさりと答えました。


 きっとホテルの人は泣いていたと思います。超クレーマーもいいところです。この時期にシーホーク当日2部屋追加なんて。それにしてもコアラはまったく悪いとも思っていませんでしたし、そんな様子は微塵も見せませんでした。すごい。B型。しかも「常識」という言葉をしゃあしゃあと使っていることがすごいと思いました。

 さすがのさるじろう先生も何も言わず作り笑いをしていました。ワシもあきれるやら驚くやらで、黙って聞いていました。そして、下手をしたらシングル一部屋に3人で寝ている自分たちを想像しました。それからやっとそれぞれの部屋に入って荷物を置き、一息ついたのでした。

 この瞬間に、コアラは超クレーマーとして、できたばかりのシーホークのブラックリストに載ったことは容易に想像できます。コアラとシーホーク、皆さんはどちらに非があったと思いますか。

 でもワシたち、は自分の非を絶対に認めず、強引に押し通すことができるコアラ先生にある意味尊敬の念を抱かずにおられませんでした。


この勝負 コアラの勝ち

 

 

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