コアラ先生
詩川貴彦
第1話 コアラ 対 モモンガ
「コアラ対モモンガ」
コアラは他の動物が嫌いです。というか敵意がエスカレートして攻撃に転じることがありますので、取り扱いには細心の注意が必要です。
9月の初旬、運動会も近いさわやかな秋晴れの午後のことでした。
コアラ先生たちが勤務する山村の学校では、小中が一緒になって地区と一緒に運動会をすることになっておりました。ですから、小中学校が合同で練習に取り組んでおりました。
4月に転勤してきたばかりのワシは、初めてのことで様子がわからないので、コアラ先生とさるじろう先生の言われるままに、3人で校庭の隅のベンチに座って、練習風景をボケーッと見ていました。
向こうでは、小学校のモモンガ教頭が何やら言いたそうに、こちらをチラチラ見ながらトンボで校庭を整備していました。ワシはその雰囲気を察知して、
「手伝った方がいいかなあ。」
とちょっと思いましたが、隣の同僚先輩たちがまったく動こうとしないので、一緒になって雑談をしていました。
うちの校長はどっか行っておらんし、うちの教頭は職員室で姿も見せんし、対して小学校の先生方は、演技の指導やらライン引きやら草むしりやらを休み暇もなくクソ真面目にされていましたが、中学校の職員はワシたち同様に座って見ているだけでした。しかも校庭に出ずに職員室でサボっている方もいて、あいかわらずの小中学校間の激しい温度差をひしひしと感じていました。
それにしても退屈でした。こうやってホケーっと座って眺めているだけで給料をもらえるなんて。ワシは、この学校に赴任させてくた人事の担当者に心から感謝をしていました。
2人の先輩方も退屈だったに違いありません。そのうちさるじろう先生が、障害走で使う縄跳びを持ってきて、コアラと一緒に二重跳びの競争みたいなことを始めました。ワシも誘われたので、3人で一緒になって縄跳びを始めました。そのときです。
「こらーっ」
という怒鳴り声がしたと思ったら、モモンガ教頭がやってきて、ワシたち3人を大声でボロクソに怒りました。ワシたちの態度がよほど逆鱗に触れたとみえ、それはそれはえらい剣幕でした。
練習していた児童生徒たちも何事かという表情でこちらを見ていました。それから周りでサボっていた先生方も驚いた様子でした。つまりワシとさるじろう先生とコアラ先生は、いい年して、モモンガ教頭に怒鳴られて、さらし者になってしまったのでした。それからモモンガ教頭はわけのわからないモモンガ語での捨て台詞を残して、興奮して空の向こうに飛んでいってしまいました。
やがて、みんなは何事もなかったように、トラブルに関わらないように無視して、元の状態に戻りました。ワシたち3人は、あまりの突然のことに、しばらく事態を把握できずにいましたが、よく考えたらこちらの方が100パーセント悪かったという大人対応で
「ああ、びっくりしたのう。」
で終わりました。それから笑い話になりました。そして自分たちの非を認め、まじめに見学することにしました。
この事件はワシたちの中では、とっくに終わってしまっていたのでした。そして日曜日には無事に小中学校で協力して運動会を実施し、盛り上がり具合も大成功で、児童生徒も地区の方も、とても良い気持ちで運動会を終えることができました。その夜は小中学校の先生方で楽しい打ち上げの会となりました。
ところが1人だけ、この前のことを根に持って、未だにもやもやした気持ちでいる動物が一匹いたのです。
そういえばコアラ先生は、打ち上げの席にモモンガがいないことをしきりに気にしていました。日頃から細かいことに無頓着なのに不思議に思いました。そして小学校の先生に
「教頭先生はいませんが、どうたんですか。」
と大きな声で聞いていました。
「実家に急用ができて実家に帰られたそうです。」
「ふーん、そうですかいのう。」
コアラ先生は、そういいながら楽しそうに、お酒をガボガボと飲んでいました。
やっと打ち上げも終わり、午後10時もとっくに過ぎていたと思いますが、家まで3人で歩いて帰ることになりました。家といってもそれぞれで借りている教員住宅です。コアラ先生はすっかりできあがっていて上機嫌でした。ワシもさるじろう先生もそれなりにお酒が入って、それから無事に運動会という大行事を終えて、開放感いっぱいで、良い気持ちで歩いていました。澄んだ秋の空に、きれいな丸い月が浮かんでいて気持ちのいい月光を放っていました。
さて、やっと教員住宅群に帰り着きました。あとは風呂にないって寝るだけです。
「お疲れ~。」
と解散しようとしたときのことでした。
モモンガ教頭宅に、モモンガ号(車)が停まっていることにコアラ先生が気がつきました。
「おうっ、こんなはもう帰っとらあや。(こいつはもう帰っているな。)」
と言うなり
「おい、出てこい。おうっ。ようもわしらあをくじをくりやがったのう。(よくも私たちをしかってくれましたね。)」
と大声で叫びながら、モモンガ玄関をドンドコドンドコ太鼓のようにたたき始めました。
ワシたちがまっ青になったのは言うまでもありません。
ワシとさるじろう先生は、酔いもすっかり冷めて、必死になって二人がかりでコアラ先生を押さえつけ、モモンガ教頭の巣(家)から引き離しました。それから息も切れ切れに、小太りコアラを巣(家)まで連れて行って、いつも鍵のかかっていない裏口から、コアラを放り込んで戸をしめて、それから逃げるように自分の家に帰りました。
次の次の日の火曜日。コアラ先生は、何事もなかったようにケロッとしていました。
あーびっくりした。
この勝負 コアラの勝ち
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