第3話 田舎のデートの楽しみ方
「海音って、彼女いないの?」
明音の質問に、海音はいないと答える。
「じゃあさ、付き合ってよ」
明音にしては積極的に動いた方だ。明音は、色恋に関してはあまり自分から動くタイプではなかったが、なぜかこの時は、このまま別れたらもう会えないような、そんな気がした。
海音も彼女がいなかったので、自分からご飯に誘ったわけだし、一緒にいて嫌な気にはならなかったので、明音の交際申込を受け入れた。2人とも大人だ。合わなければ別れればいいだけの話。
恋は盲目とはよく言ったもので、それから2人は自分達だけの世界を楽しんだ。
話しているうちに、海音も昔バンドを組んでいたことがわかり、共通の趣味がストリートライブになった。
「ストリートでは歌ったことないの?」
「ないない! 大人になってからは音楽なんてやってないもん。でもなんか、悪くないかもな」
海音の尻尾フリフリ人懐っこいキャラなら、その辺で出くわす人との会話も楽しめるのだろう。
海音と2人でストリートライブを行う日は、明音1人の日よりもずっと盛り上がった。
夜のストリートライブを主なデート場所としていたため、2人のデートは遅い時で朝にまで及んだ。
明音は実家で暮らしていたため、いくら大人だといっても親が少々怒り始める。
──一人娘を朝まで連れ回す悪い男。
明音の両親には、海音がそのように映るようになった。
明音は両親を敵に回すことは不利益だと感じ、たまには家で2人で過ごす日も作った。ショッピングモールでぶらぶら過ごすこともある。いずれにせよ、田舎のデートはショッピングモールかボウリングかカラオケかラブホテルくらいしか、楽しめる場所がない。
ある時ショッピングモール内にある楽器屋さんの前に展示されていたピンク色のミニギターに、明音は目を奪われた。
「可愛い!!」
ギターは今まで何本か買ったが、ミニギターという大きさも可愛い上にピンク色という色も可愛い。
表示価格は9980円。そんなに高くはない。むしろギターにしては安い。
けれど、明音は衝動買いを我慢して、「3ヶ月後くらいに残っていたら買おう」と決めた。
明音の母親はわりと世話好きだったので、文句を言いながらも海音本人の前ではいい顔をする。
「海音君、今日ご飯食べて行きなさい」
「いいんですか!? ありがとうございます!」
男一人暮らしの海音が『お母さんの味』を拒む理由などなく、その度に喜んでたくさん食べてくれた。
明音も一応フリーターとして働いていたので、少ないながらも家にお金を入れ、自分で使えるお金はこれだけ、と決めてやりくりしていた。やりくりといっても生活費は実家にまとめて入れているので、細かいことはあまり気にしなかったが、欲しいものがあると計画を立てて買うタイプだった。
ピンク色のミニギターもそうだ。3ヶ月後に買うと言ったのは、一気に使って他に何も買えなくなることを防ぐためだった。
明音は家計簿をつけていた。家計簿といってもお小遣い帳のようなもので、家に入れるお金の他に自分で使うお金を管理しているノートだ。
「……んん?」
数学が苦手な明音は、お金の計算が人一倍苦手。簡単な計算でも電卓を使うし、使い道があってよけておいたお金のこともすぐに忘れるし、『家計簿を書く』という簡単な作業も明音にとっては難解なこともあった。
この日は一万円足りなかった。どこかによけてあるのか、口座に入れてあるのか、家に多く入れすぎたのか、歌詞ノートに挟まっているのか……。
いろいろ考えてみるけれど、どうしても一万円ぴったり足りない。
「数え間違いかな……?」
小銭が合わないことは日常茶飯事なのだが、紙幣が一枚足りないのは自分の勘違いだろう。結構大きい額ではあるが、実家暮らしだし、生きるのに困ったりはしないだろうと軽く考えていた。
「お母さん、今月渡したお金って8万円だったよね?」
「そうよ」
「だよねぇ」
そのまま去ろうとした明音を母が呼び止めた。
「どうかした?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます