膠着

「笑う瀕死者」


今にして思えば、幼少の頃より芽生えたあるひとつの想いが、二十余年の歳月を経て、これほどまでに彼の良心的な部位を浸食せしめる事態に至るとは、彼自身、思いもよらぬことだったはずだ。君、そうは思わんか?


俺は違う気がするよ。脳内に描いた想いというものは容易に具現化するものさ。彼の末路は、彼自身が予測していたことなのだよ。


 これが、八雲と交わした最後の会話である。


 ♢ ♢ ♢ ♢


 この物語を執筆するにあたり、主人公である八雲やくも亮二りょうじはもうこの世には居らず、他界してから既に三年の月日が流れたことを、先ずは周知の事実として語っておかねばならぬ。

 弁護士八雲が十年前、四十二才という若さで突如として法曹界を引退してしまったのには、彼なりの理由わけがあったといえど、長年彼の好敵手ライバル(自他共に認める)として法廷で渡り合ってきた私、検事 三上みかみ恭平きょうへいにしてみれば、それは正に、晴天の霹靂としか例えようがなかった。


 ・・・・



「……てな感じの書き出しにしようかと思うのですが、いかがでしょうか?」


「う~ん、なんだか古臭いプロローグだねぇ」


「少しばかり、小酒井先生を意識して書いたものですから……」


「そうですか。……で、今の若い人に受けるとでも?」


「あぁ、やっぱり。これではボツですか」


「すみませんね、もうひと捻り頼みます」


「……承知……しました」


「あっそれと……」


「はい……?」


「女性読者も意識して下さいね」




「…………ハッ……ハハ……ハハハハ……」


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