疑心、暗鬼を生ず ※

一番下にそれはあった。

蓋付きの収納ボックスが、ひっそりと隠すように。大小の仕切りに合わせ色とりどりのそれらは納められていた。黒、赤、パープル、ピンク、花がら。間違わぬ様にと上下ペアでそれはそれは綺麗に並んでいたのだ。

震える手でパープルのショーツを取り出し、あの独特の、滑らかな感触を確かめるかのように指を這わせながら広げる。

……なんて、小さいんだ……

鼠径部以外は前後が繊細なレースの透かし織り。ウエスト部分は左右が二本の紐になっている。カップを折り合わせた同色のブラも広げてみると、こちらも同様にレースの細工が施されていた。

ふと脳裏にそれらをつけた妻の姿が浮かんだ。刹那、私の理性は闇に消え失せた。


みだりがましい紫を纏った妻は、妖艶に微笑しこちらに顔を向け近づいてくる。膝を曲げながら片足を上げ、ゆっくりと。まるで一本の白線に沿って歩を進めるかのように、動作に乱れ無く、音も立てずただゆっくり。その視線の先に映るのは、無論、私ではない。振り返ると真っ黒な影が白い歯だけを見せながらニヤついていた。

私を素通りした彼女は黒い男の前に立つとしなやかに伸びる両手をそいつの肩に乗せ、掌を返し、赭封蝋あかふうろうを垂らした如くメイクした爪先を肌に滑らせそっと下に落としながら物欲しそうな目で誘っている。


疑念をはらんだ妄想というものは斯くも心の均衡を崩壊させてしまうものなのか。もと通りに仕舞えたかなどは覚えていない。いわんや、頭を抱え膝を折る私にそんな意識などあろう筈がない。

その夜、妻には何も聞けなかった。

背中を向け眠る妻を横目に一晩中酒を浴びた。


・・・


妻はあの日の私の行動をわかっていたのであろうが何も聞いてはこたかった。

明らかに証拠をその場に残していた筈だし、仕事から帰った妻はそれを目の当たりにしている筈なのだ。が、私にとっての不都合な真実は闇の中に置去りにされたかのように、顔を合わさぬ会話、すれ違いの生活、これまで通りの日常が其処にはあった。ただひとつ変わったものは私の心に点った疑念の火。これだけは到底消すことなどできぬ。以後、妻の一挙手一投足に対し、異常なまでの関心をもって観察することとなった。



過ちを償わせねば……


君が地獄で焼かれる前に



・・・


参考音源

ドリーム・シアター

「The enemy inside」

https://youtu.be/RoVAUUFjl0I

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