第84話 秘められた罠

 戦いは終わった。


 なにげに最後まで長引いていたのは、セイライとジャルジャウの戦闘だったのよね。

 チクチクとした削り合いの果てに、みずが切れた魚人間ジャルジャウがダウンしたって形で、最後まで地味な決着だったけど。


 ひとまず捕虜にした魔界十将軍達をウェネニーヴとエイジェステリア、そしてレルールの犬となったラトーガに見張りを頼み、私達はヌイアー砦の後始末に奔走していた。


 というのも、戦闘から結界で保護していたとはいえ、破壊の規模から破棄するしかないだろうと判断されたからだ。

 比較的に元気な人や動ける人達には、アーモリーの騎士達を護衛につけながら、すでに近隣の砦や町等に移動を始めてもらっている。


 そんな中、瓦礫の街と化したヌイアー砦で、レルールをはじめとする神官達は怪我人の回復に勤めていた。

 さらにセイライには《加護》の【天から見下ろす眼サテライトビュー】を使用して人のいる場所を確認してもらい、コーヘイさんとモジャさんは瓦礫の撤去や怪我人の搬送なんかで走り回ってもらっていた。


 もちろん、私も炊き出しや洗濯なんかの仕事でてんやわんやだったけどね。


 そんなこんなで、ようやく落ち着いたのは決着から四日が過ぎた頃だった。


          ◆


「お待たせしました。これから、あなた方の処遇について話し合うとしましょう」

 万が一にも逃げられないよう、鎖の《神器》で縛り上げられた魔界十将軍達を前に、レルールは堂々と宣言する。


 余談だけど、《神器》の力で従属できるのは一人だけらしい。

 魔界十将軍かれら全員がラトーガみたいになったら、頼もしいけど怖すぎるので、その辺は少しホッとした。

 ちなみに、ラトーガはレルールの下した判決ならすべてを受け入れると、彼女の足元で伏せていた。


「処遇……ねぇ。処刑以外の末路が、敵の首魁である我々に有るのかな?」

 フッと鼻で笑いながら、嫌味を込めてベルフルウが言う。


「……そうですね。ですから、どう処刑すれば効果的かを、私達で話し合います。あなた方は、それを聞いて覚悟を決めてください」

 おお……レルールが怖い。

「お姉さま……何やらレルールが、冷たくないですか?」

 数日間、構ってあげられなかったから、私にぴったりとくっついて離れないウェネニーヴが、魔界十将軍達と対峙するレルールの姿に、そんな感想をもらした。


「そうね……たぶん彼女の立場上、非情な判断を下さなきゃならないから、敢えて冷酷な態度を取ってるんだと思うわ」

「だがよぅ……処刑しか無いっていうのは、ちょっとなぁ……」

「そうですね……」

 私の近くにいたモジャさんとコーヘイさんが複雑そうな顔で呟く。

 うーん、私も気分的には彼等の意見と同じだわ。


 そりゃ、戦ってる最中は生きるか死ぬかでがむしゃらだけどさ、戦闘が終わってから日が経って、落ち着いた頃になると処刑するっていうのはなぁ……って気分にもなってくる。

 政治から縁遠い、平民である私達にはなんだかモヤモヤが残るのよね。

 特に、真正面から正々堂々と戦っていたモジャさん達は、そんな気持ちが強いようだった。


「戦争だから、仕方がないっちゃあ仕方がないんだがな……」

 ポツリと呟くモジャさん。

 そう……よね。残念ではあるけど……。

 そんな風に成り行きを見守っていると、突然、激しい嗚咽の声が響いた。

 泣いているのは……ザラゲール!?

 わぁ……大人の男の人が泣いているのは、初めてみたかも。

 なんだか、ちょっとドキドキするわ。


 敵の魔剣士が見せた突然の姿に、さすがのレルール達も戸惑ってしまっている。


「すまん、お前ら……魔界を救うという使命も果たせず、ここで散る俺の不甲斐なさを許してくれ!」

 あれほどの剣士が涙ながらに詫びを入れる姿に、他の魔界十将軍達も面食らっていたけど、誰も彼を笑うような事はしなかった。

 もちろん、私達も彼を嘲るような真似はしない。ただ、気になったのは……。


「魔界を……救う?」

 ザラゲールの漏らした言葉に、私達は疑問符を浮かべる。

 あれ?

 たんに邪神復活に合わせて、人間界に戦争を仕掛けてきたんじゃなかったの?


「……人間界と魔界は神々の存在により、密接な関係があるのは知っているか?」

 ザラゲールに代わって、ベルフルウがそんな問いかけてをしてきた。

 ああ、前に天使達からそんな事を聞いたっけ。

 確か、こちらの神か向こうの邪神、敗北した方の世界は荒廃して、勝利した方の世界は豊かになるって話だったわよね。


「貴様ら、人間界の神に召喚された勇者の度重なる進行により、魔界はすでに限界が近い。もしも次に邪神様が破れれば、恐らく魔界は消滅するだろう」

 そんなに!?

 まさか、そこまで切羽詰まった状況だったなんて……。


「その状況を打破するため、異世界から召喚されたザラゲールはかつて魔界五将軍と呼ばれた我々を纏めあげ、戦力を増強して十将軍を作った……」

『強くとも烏合の衆である我々を纏める事こそ、勝利の鍵だと知っていたのだな……』

「その上で、《闇の神器》を持つ最強の戦士であるあなたが勝てなかったのだ……誰がそれを責められるものかね」

 バウドルクの言葉を引き継ぎ、ジャルジャウやあのベルフルウまでが、ザラゲールを労るような事を言っている……ちょっと意外だったわ。

 覚悟が決まって、なんだか綺麗になったのかしら?


 でも、他の人達も見苦しく命乞い等はせず、堂々と胸を張っている。

 まるで全力は尽くしたというような態度は、清々しささえ感じさせるわ。

 だけど、そんな姿を見せられたら、ますます処刑するなんてダメな気がしてきた。

 だって、彼等だって自分の世界まかいを守るために戦ってきたんだもん。


「ねぇ、レルール。彼等と和解する……っていう道は無いのかしら?」

 突然の私の提案に、問いかけられたレルールはおろか、ザラゲール達までギョッとして顔になった。


「な、何をおっしゃるんですか、エアル様。そんな事は……」

 もちろん、魔族との戦いで人間界に出た被害なんかを考えれば、簡単に和解なんてできそうにないのも理解してる。

 だけど、このまま魔族を根絶やしにするような事が、正しいとも思えないんだもん。


「ザラゲール達だって自分の世界を救うために頑張ってるんだよ?それをここで処刑して、魔界を滅ぼすような事になって、あなたは後悔しない?」

 向こうの事情を知ってしまった以上、少なくとも私はかなり引きずるわ!と、偽らざる気持ちを伝える。

 すると、レルールも少し戸惑いながら俯いてしまった。


「……相手は魔族ですよ?」

「それがどうしたっていうのよ!ウェネニーヴは竜族だし、エイジェステリアは天使。マシアラなんかアンデッドよ?」

 私も旅の始めの頃なら、人間だ魔族だと気にしていたかもしれない。

 だけど、ここまで来るのにウェネニーヴを始めとする、人間以外の種族の力がなかったら絶対に途中で力尽きていた。

 こうやって、協力しながらやってきた実積があるからこそ、魔族達とだって上手くやって行けると思うのよ!

 それに、ザラゲールって基本的に真面目そうだから、ちゃんと契約すればそれを破ったりはしないんじゃないかな?


「……そうだな、俺の世界にも『タイマン張ったらダチ!』っていう諺があるし」

 私の思い付きに、コーヘイさんも賛成の意を示してくれた。

「うむ。少なくとも、正々堂々と戦ったバウドルクは、信用できると思うぞ」

「褌野郎……」

 全力で戦った事で、なにか友情めいた物を感じているのか、モジャさんとバウドルクも無言で頷きあっている。

 他の皆も、どちらかといえば私の案に賛同してくれている雰囲気で、残るはレルールがどう出てくるかって所だった。


「あのー、ちょっといい?」

 しかし、不意にそう言って、手を挙げたのはエイジェステリア。

 むっ!まさか天使の立場上、和解とか許さんなんて言うつもりなの!?

「いやぁ……私達や神様は、こういったイベント以外では、基本的に地上の出来事には手を出さないって事になってるから……」

 あらそう?

 それなら、一体どうしたっていうのよ?


「うん、《神器》使いに選ばれた人達って、五年以内に邪神を封印しないと死んじゃうけど、いいのかなって……」

 ……は?

「だから、五年以内に邪神を封印しないと死ぬ……」


『なんじゃそりゃあぁぁぁぁぁっ!!!!』


 予想外すぎるエイジェステリアの言葉に、この場にいた全員がツッコミでひとつになった瞬間だった……。

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