第50話 三度目の逃走

「ちょっと待ったぁ!」

 叫びながら私が投げた盾が、コーヘイさんを繋ぎかけた鎖を弾き飛ばした!

 そのまま、私の操作に従って帰ってくる盾を目で追っていたレルールとバッチリ視線がぶつかり、驚く彼女と対峙する。


「エアル……様?いったい、何を……」

「悪いけど、コーヘイさんは勇者として旗印になってもらわなくちゃならないの」

 そう、今後のためにね!


「……どういう事なのでしょうか?」

 勘違いでも、私に一目置いてくれているレルールは、どうやら話を聞いてくれそうだわ。

 だから私は、エルフの国で起こった事、そしてエルフの王様達と約束した、魔族に対して人とエルフが協力するための条件を話した。


「まさか……エルフとそのような条約を……」

 さすがに驚いたみたいね。

 レルールだけじゃなく、他の《神器》使いの人達までポカンとした表情で私達を見ていた。

 

「だから、勇者を排除なんて……」

「素晴らしい!」

「え?」

 止めなさいと続けようとした私の言葉は、レルールの称賛の声にぶった切られた。


「素晴らしいですわ、エアル様!まさか、エルフ達とすでに共闘しておられたなんて!」

「いやそんな……エルフはわりと人間に友好的だし、一緒に戦うなんて珍しくもないでしょう?」

「個人や集落レベルならそうでしょう。ですが、国ごと協力を得られるなんて今まで聞いた事がありませんよ」

 鎚の《神器》使いジムリが、ため息混じりで首を振った。

 そうなんだ……。

 まぁ、はっきり言って田舎者の一般人な私には、そんな国の事情なんて知るよしもないから、それが本当にすごいのかピンとこない。


「ですが……そうなりますと、ますます勇者様が邪魔ですね」

 鉄球の《神器》使いのルマッティーノが、チラリとコーヘイに目を向けながら呟いた。

 オイオイオイ、なんでそうなるのよ!


「様々な勢力と共闘しようという時に、頭がいくつものあってはひとつの組織として円滑に動く事ができませんから……」

 天秤の《神器》使いモナイムはそんな事を言うけど、意味がわからないわ。

 たから、勇者を旗印にして団結するって言ってるじゃない。


「私達が勇者様を排斥しようという理由のひとつには、神の教義に『この世界の事は、この世界の者でなんとかするべき』という教えがあるです。ですから、邪神の軍勢に立ち向かう旗印も、この世界の人間が務めるべきだと思っておりますわ」

 うーん、その考え方は立派だと思うんだけどさ……何て言うか、頭が固くないかしら?

 勇者召喚だって現地の魔法で行われたし、神様の《神器》だって彼を認めた。

 それに、わざわざ異世界から喚んだんだから、ちょっとくらい甘えてもいいんじゃないの?


「ですが、神様からの贈り物である《加護》で私欲を満たす勇者かれで、皆が納得しないでしょう」

 それは……そうかもしれないけど……。

 でも、それじゃあ誰が皆をまとめるっていうのよ?

 少なくとも、私の後ろで「もしかして……」って顔をしてるモジャさんじゃないわよね?


「それはもちろん、英雄たる貴女様ですわ!」

 そう言って、レルールは私に向かって手を伸ばす。

「ぶほっ!」

 私といえば、突拍子もない彼女の言葉に、思わず吹き出した!

 な、何を言ってるのよ、あなたは……!

 たまたま守護天使に見初められて、たまたま《神器》使いになった、私みたいな村娘にそんな大役が務まる訳ないじゃない!


「いいえ。私達や、そちらのアーケラード様達のように、貴族階級の者がその役に着けば、必ず国家同士の権益が絡んで不和が生まれます。かといって、確たる実績もない平民から出た《神器》使いでは、下から不平不満が出るでしょう」

 う、うん……まぁ、確かにそうかも。


「その点、エアル様はしがらみなど有りませんし、魔界十将軍を倒すなどの実績もあります!これほど相応しい人物が、他におられるでしょうか?」

「フフフ、お姉さまの素晴らしさを、よく理解していますね」

 こらこら!

 私が誉められて嬉しいのかもしれないけど、ウェネニーヴも乗っかるんじゃないの!


 っていうか、冗談じゃないわ。

 私としてはこの戦いが終わった時に、『勇者の仲間その八』くらいのポジションでそれなりの恩賞が貰えれば御の字なの。

 後は村に帰って、普通に過ごしたいだけなんだから。

 へたに祭り上げられて、面倒な生活を強いられるなんてごめんよっ!


 そんな感じで拒否していると、レルールは小さくため息を吐いて、わかりましたわと、ポツリ呟いた。

 ふうっ、良かった……。

「やはり、勇者様を排除して、エアル様が断れない状況を作るしか方法は無いのですね……」

 良くなかった!

 なんで、そんな強行手段に出るのよっ!


「エアル様、力ある者はその力に見合った義務を果たさなくてはならないのですよ?」

「だ、だからその義務を果たすのは、勇者の役目でしょう!?」

「この世界の事は、この世界の……」

 ダメだ、話がループしてる。

 このままじゃ、平行線だし彼女が私の言葉で考えを変えるとは思えない。

 こうなったら……一旦、コーヘイさんを連れて、逃げるしかないっ!

 そして彼に考えを改めてもらって、世界を救うに相応しい勇者として立ってもらわなくちゃ!


「さぁ、エアル様にご一行の方々。勇者様より、離れてくださいな」

 レルール配下の《神器》使い達と、回復した武装神官達の部隊が私達を取り囲み、ジリジリと包囲を狭めて来る。

 くっ、まずはこの包囲網を崩さなくちゃ。

 どうした物かと思案していると、どこからともなく男の人が叫ぶ声が響き渡った!


「おい、アンデッドが出たぞ!」

 えっ?なに!?

 唐突なその声に、全員が一瞬だけ固まった。

 っていうか、どこからアンデッドなんて……あ!

 声の主と、その意図にピンときた私は、そのアンデッド・・・・・・・を指差して叫んだ。


「あそこ、部屋の入り口近くよっ!」

 私の声に、神官達が一斉に顔を向ける!

 そんな彼女達の視線の先には、三体ほどのゾンビが扉に向かって走っている姿があった!

 っていうか、ゾンビが元気に走るのって気持ち悪いわね!

 しかし、そんな私達以上に浮き足だったのは、レルール配下の神官達だった。


「ア、アンデッドが走って!?」

「いえ、そんな事よりも早く浄化しなくては!」

「街で犠牲者が出たら、大変です!」

 血相を変えて、アンデッドを追っていく神官達!

 後に残ったのは、レルールと《神器》使いの幹部達だけだった。


「……あなた達は追わないのね」

「ええ、皆優秀ですから、アンデッドの三体くらいならどうってことはありません」

「それにしても、なんとも絶妙のタイミングで現れましたねぇ……」

「まるで、勇者様達を逃がそうとしているみたいな?」

 ちぃっ!バレてる!


「猫にマタタビ、犬に骨、聖職者にはアンデッドといった所でありますが、なかなかどうして……」

 キーホルダーの振りをしていたマシアラがカタカタと笑うと、さすがのレルール達もギョッとしたようだ。

 それと同時に、ライアランが彼に気づく!


「お、お前はマシアラか!?なんだ、その体たらくは!?」

「ふふん、現状の姿において、お主に言われる筋合いはありませんぞ?」

 互いになにやら棘のある言葉を交わし、両者は睨み合う。

 なんだろう……同じ魔界十将軍なのに、仲が悪いのかしら?


「どういう事ですか、ライアラン。あの骨のキーホルダーと知り合いなのですか?」

「は、レルール様。あんなナリですが、奴は私と同じ魔界十将軍の一人で、マシアラという変態です」

 見も蓋もない説明したわね。だいたい合ってるけど。


「フフフ、小生を変態と言えるほど、お主はまともなのですかな?」

「黙れ!どうせ、そこのロリ巨乳に釣られて裏切ったんだろう?」

「おやおや、真正ロリコンのお主こそ、レルール嬢に望んで繋がれにいったのではありませんかな?」

「何を言うか、この変態が!」

「変態に変態と言われたくありませんぞ!」

 んもー、変態同士で罵りあってるんじゃないわよ!


「マシアラ!」

「ライアラン!」

『はいっ♥』

 お互いの主人に呼ばれた途端、二人ははっきりとした返事と幸せそうな笑みを浮かべて口喧嘩を止めた。

 息ぴったりね……アレかしら、似た者同士だからこそ相容れないってやつなのかも。


 あ、そうだ。

 レルール達は釣られなかったけど、一応は言っておかなくちゃ。

「ちなみに、あのアンデッドはマシアラが作った物だけど、街の人に被害が出るような物じゃないから、安心してちょうだい」

「無論、安心安全ですぞ。精々、走りながら女の子のスカートを捲る程度の、かわいい悪戯……ぶっ!」

 くだらない行動を設定したマシアラの顔面に、ウェネニーヴの全力デコピンがヒットした。

 ナイスよ、ウェネニーヴ!


 なんにせよ、ルマッティーノ達はアンデッドが人を殺傷する訳ではない事に、ホッとしたようだ。

 だけど、そんな中でレルールだけは目を見開いて私を凝視していた。

 え、なに……なんだか、すごく怖いんだけど。

 もしかして、アンデッド(正確にはゴーレムだけど)を使役するマシアラが仲間にいたことで、私達も排除の対象になったとか?

 こ、これはいけないわ……早く逃げなくちゃ!


「ウェネニーヴ!」

「はいっ!」

 元気な返事と共に、ウェネニーヴは大量の毒霧を口から放出する!

 その濃い紫色の霧に室内は覆われて、両者の姿は見えなくなってしまった。

「くっ……これは!?」

「体が……痺れる……毒霧!?」

「早く、解毒を……」

 慌てるルマッティーノ達の声を聞きながら、私はウェネニーヴに再び指示を出した。


「ゴアァァァァァァァっ!!!!」

 けたたましい雄叫びが響き、巨大な影が屋敷の一角を内側から破壊する!

 その正体を顕にしたウェネニーヴの姿に、誰ともなく驚愕と恐怖のこもった叫びがあがった。

「りゅ……竜だっ!」

 宝石のような紫の竜鱗を輝かせ、威風堂々と佇むウェネニーヴ

 これには、大神官であり《神器》使いでもあるルマッティーノ達も、さらにはそれらを従えるレルールも、ただ唖然として見上げる事しかできないようだった。

 ああ……また、屋敷を破壊しちゃった……領主様、ごめんなさい。

 でも、彼女達が呆けている今のうちに……。


 私とモジャさんは、毒に痺れているコーヘイさん担ぎ、そそくさとウェネニーヴの背中に乗った!

『よろしいですか?』

「うん、行ってちょうだい!」

 私が頷くと、ウェネニーヴは再び雄叫びをあげてフワリと舞い上がる。

 その時、こちらを見上げるレルールと不意に目が合った気がした。

 聞こえないかもしれないけど、いちおう伝えておこう!


「ちょっと、コーヘイさんにちゃんと勇者をやってもらえるように説得してみるから!だから、少し時間をちょうだい!」

 声が届いたかはわからない。いや、たぶん届いた気がする。

 何となく手応えを感じた私は、レルール達に手を振ってクロウラーの街を後にするのだった。


          ◆


 エアル達が竜に乗って飛びさってから少しして、ようやくルマッティーノ達は我に返った。

 内心では慌てふためいていたものの、彼女達の上司であるレルールが平然としている状況では、それを表に出すわけにはいかない。

 次の指示を待って姿勢を正していたが、レルールが何も言ってこない事に、不信を覚えた。


「あの……レルール様?」

 恐る恐る声をかけると、彼女は勢いよく振り向いた!

「っ!?」

 思わず、ルマッティーノ達は言葉につまる。

 何故なら上司レルールの表情は、情欲にも似た恍惚の笑みで蕩けていたからだ。


「すごい……」

 ポツリと呟くレルール。

 そして、堤防が決壊したかのように、言葉は洪水となって溢れ出した!


「すごい、すごい、すごい、すごい、すごい、すごい…………すごいよっ!」

 ハァハァと肩で息をしながら、年相応なはしゃぎっぷりで竜が飛びさった方向に目を釘付けにしている。


「魔界十将軍を倒して、さらにそれを配下してる娘を仲間にしてた!エルフと同盟を結ぶきっかけになってたし、竜まで使役するなんて……なにもかも想定外過ぎるわ!」

 そう思わない!?と興奮気味に同意を求められ、《神器》使い達はぎこちない返事を返す。

 そんな部下達の戸惑いを歯牙にもかけず、レルールはすごいを連発しながら腹を抱えてケラケラと笑い続ける。


「ああ……こんなに興奮したのは、十歳の時に神様の声を初めて聞いた時以来だわ」

 神の声を聞く聖女、多くの信徒を従える教会の大司教……それらの肩書きに似つかわしくない、狂気すら感じられる笑みのまま、レルールは竜が去った虚空に向けて両手を広げた。


「逃がしませんわよ、エアル様!貴女様は、絶対に私のものにしてみせますわ!」

 エアルに届けとばかりに熱のこもった彼女の宣言は、遠い大空に吸い込まれるようにして消えていった。

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