第37話 迫る死者の群れ

「ぐぬぬ……なんして、こごの場所がわがんだ」

 エルフ王の疑問ももっともで、本来ならエルフの国は植物魔法によって迷路と化した大森林に隠蔽されているらしかった。

 私達はプルファの案内があったからまっすぐたどり着けたけど、そういった案内人でもいなければ、この都の位置はわからないはずだと、エルフの王様をはじめ長老達も頭を抱えている。


 もしかして、私達がつけられたんだろうか?

 でも、気配に鋭いウェネニーヴやプルファに感付かれずにこちらを尾行するなんて、無理っぽいしなぁ……。


「どれ、俺が相手の様子を確かめてみよう」

 そう言うと、セイライは目を閉じて授かったばかりの《加護》を発動させた。

 彼の《加護》を使用すると、上空から鳥のようの視点で広範囲を見渡せるらしいけど、どんな風に見えるのかちょっと興味が湧くわね。

 だけど、その能力を使っているセイライが、迫る敵の姿を捉えたのか、困ったように眉をしかめて、ポツリと呟く。


「なるほど、奴か……」

 おや?何やら、知ってる相手らしきリアクションね。

 顔見知りっぽい事を呟いたセイライに、皆の注目が集まった。

 そんな中で、セイライは一つ咳払いをすると、こちらに迫ってくる一団について説明し始める。


「こちらに近付いて来ているのは、魔界十将軍の一人『壊護かいご』のマシアラ。アンデッドの軍団を率いる、厄介な奴だ」

 セイライの言葉に皆が息を飲む。

「斥候の報告ど合っでだが……だげんじょ、なんしてこっちさ来てんだべ」

 魔界十将軍が狙うような、戦略的な価値は薄いとエルフ達が困惑している中、セイライはフッと彼等を鼻で笑う。

 あ、こういう状況下でそういう態度は、良くないと思うわよ。


「なにがおがしいんだ、セイライ」

 案の定、彼の態度にカチンときたのか、長老の一人が食ってかかった。

「アンタらが、わかりきってる事で右往左往してるのが可笑しくてな」

 自信あり気なセイライに、皆が注目して次の言葉を待った。


「邪神軍の幹部である、魔界十将軍が出張る理由なんて一つしかないだろう」

 そう……と勿体ぶった態度で、彼は胸を張って自らを指し示す。

「俺達、《神器》使いがいるからさ!」

 ……そうよね。やっぱりそれしか無いわよね。

 思わず大きなため息が漏れてしまう。

 前に現れたルマルグとベルフルウの姉弟といい、私達じゃなくて勇者に直接向かえばいいのに。


 そりゃ、調味料作ってモテてるだけの勇者よりも、なんとか魔族十将軍を退けたりしてる私達の方が、危険視はされるだろうけどさ。

 だけど、次から次に魔族の幹部クラスが襲って来たら、こっちとしてもたまらないわ。


「くそう……ワシらエルフの主力武器の弓では、アンデッドには効果が薄いべ」

「それに魔法で迎撃すようにも、風どが水では効果が薄いがんない」

「あー、なんが物理攻撃に長げでる戦士が、前線におればなぁ」

 そんな話し合いで対策を練っている長老達が、チラッチラッと私達の方に時々視線を飛ばす。

 あー、ハイハイ。

 そうね、目の敵にされてるのは私達だもんね。


「いいですよ、私達が行きます……」

 無言の圧に対して告げると、エルフのおっさん達は「そう?悪いね~」なんて言いながら、どうぞどうぞと道を開けた。

 ちぃっ!


 さて……私達が行くとは言ったものの、昔ウチのおじいちゃんに聞いた話では、アンデッドに有効なのは炎魔法や光魔法。

 後は、鈍器系の武器なんかによる殴打だろうか。


 だけど、森の中だから火災が起こる事を考慮すると炎魔法は使えないし、光魔法はそもそも使える人がいない。

 物理攻撃にしても、モジャさんの槍か、人型のウェネニーヴの攻撃(竜型だと、自動で毒を撒き散らしちゃうから却下)だけでは、軍勢といえる数には不利だろう。

 まさかここに来て、味方サイドの地形が仇になるとは。

 エルフ達の弓も効果が薄いし、どうしても攻撃面での決定力不足は否めない。

 せめて天使達がいた時に、攻めて来てればなあ。


「なんにしても、俺達を狙って来てるんなら行かなきゃならんだろうな」

 こんな不利な状況ではあるけれど、モジャさんの言うことは間違ってない。

 ちょっとムカつくけど、エルフ達を見捨てて逃げるなんて、さすがにできないもんね。


「でも、やるとなったら何らかの作戦は必要よ」

 こちらよりも圧倒的に有利な相手に、無策で突っ込む訳にはいかない。

 せめて、敵の一角を突き崩せるくらいの攻撃手段が無いと……。

 すると、そんな事を提案をした私に、皆の視線が集まった。


 え、なに?

 確かに私は、防御役としてはちょっと自信があるけど、そんな攻撃力は……あ!

あったわ、滅茶苦茶使えそうな鈍器たてが。


 味方中で、もっともアンデッドに対抗できそうな物理攻撃を可能とするのが、私の盾攻撃シールドアタックだと判断されてからは、話が進むのは早かった。

 決まった作戦を簡単に言えば、まずエルフ達が総出で植物魔法を使い、アンデッド軍団の前頭集団を絡み取って足を止める。

 次いで、私とウェネニーヴが斬り込んで敵の首魁、魔界十将軍のマシアラまでの道を切り開く。

 最後はセイライの援護を受けつつ、モジャさんがマシアラを倒すというのが全容である。


「アンデッドの軍団を生み出す能力は脅威だが、マシアラ自身はちょっと強めのスケルトンといった所だ」

 そう教えてくれた、元魔界十将軍のセイライの言葉を信じ、この作戦は決行されるのだ。


「……もしも嘘とかついてたら、酷い目にあわせてやる」

 作戦上、どうしてもアンデッドの腐肉と汚汁にまみれる事になっていて、ちょっとばかり精神が荒んでいた私は、誰に言うとはなしにそんな事を呟いた。


「まぁ、ここは作戦の成功に向けて力を尽くしましょう。それより、作戦後のお風呂が楽しみですね!」

 汚れる事が必須とはいえ、その後のお楽しみが待っているウェネニーヴは、割りと上機嫌だ。

 そこで彼女に色々と迫られて、ゆっくり汚れと疲れを落とせなさそうになるのがほぼ確定している私としては、ちょっと気が重い。


 なんでこんなに魔族から目の敵にされて、こんな目に会うのかな……と、トホホな気分にもなってくる。

 でも、《神器》の放棄ができない以上、邪神を倒すしか平穏な生活を取り戻す方法は無いのだ。

 だから、こんな所で死ぬわけにはいかないのよっ!


 パンッと頬を叩いて気合いをいれる!

 魔族が襲って来ようが、ウェネニーヴに性的イタズラをされようが、絶対に負けるもんですか。


「んだば、出立すんぞい!」

 エルフ王の号令と共に、私達とエルフ達はアンデッド軍団を迎え撃つべく、森の中へと進軍していった。


            ◆


「なんだ……こりゃ……」

 呆然と敵方を眺めるセイライの呟きが、私の耳に届く。

 だけど、私もそれに答える事ができなかった。


 マシアラ率いる、アンデッド軍団とかち合う予想地点に到着した時、敵はすでに陣を敷いていたのだけれど、その位置取りが異様だったからだ。

 左右に大きく広がるのは、まぁ「攻める」より「逃がさない」を重点に置いたと考えれば、まだわかるのよ。

 だけど、なんだって総指揮官であり、この軍団の要であるマシアラが、最前線に居座ってるんだろう。


「あれが……マシアラなんだよね?」

 私達の真正面にいる、豪奢な漆黒のローブをまとった一体のアンデッドを指差して、セイライに確認してみる。


「あ、ああ……間違いない」

 後方に引っ込んでいれば勝利は約束された物なのに、最前線に出てきて一発逆転のチャンスをわざわざくれるマシアラに、セイライも戸惑った様子で答えていた。


 うーん、ひょっとしたら何かの罠なんだろうか。

 それにアイツ、なにやらキョロキョロとして落ち着かないみたいだし……っていうか、誰かを探してる?

 挙動不審なマシアラの様子を観察してると、不意に私達の方を見て視線が固定された!


「……見つけた」

 ポツリと、何かをマシアラが呟く。

 ちょっと距離があるからよく聞き取れなかったけど、なんて言ったのかしら?

 なんて事を考えていたら、突然マシアラが大声で再び「見つけたあぁぁ!」と叫んだ。そしてそのままこちらに一人、歩いてくる!


 な、何を考えてるの!?

 いくらエルフの戦闘方法ではダメージをたいして負わないとはいえ、頭が一人で陣を離れるなんて、あり得ない選択よ!?


 でも、これはもかしてチャンス到来?

「何を考えてんだか知らんけど、俺達も前に出よう」

 モジャさんに促され、意を決した私達もマシアラに向かって進み出る。

 上手く行けば、アンデッドの壁を突き抜けなくても、敵の頭を潰す好機だもんね!


 各陣営の人達(向こうサイドはアンデッドだけど)が見守る中、私達神器使いと魔界十将軍の一人は十数メートルの距離を挟んで対峙した。


「グフフ……ようやく見つけましたぞ」

「ああ……久しぶりだな」

 マシアラの言葉に、元同僚だったセイライが答える。

 何か因縁があるのか、単に仲良しだったのか……そのまま、二人は会話を続ける。


「小生、普段は運命なぞ信じぬ者ですが、この出会いにはそれを感じてしまいますなぁ」

「そこまで大袈裟なもんじゃないだろ?」

「最初に見かけた時に、この出会いは決まっていたのかもしれませんな」

「そうだな。そう言われてみると、結局こうなる事が運命だったのかもな」


 ……んん?

 なんだろう、何て言うか……会話が、噛み合っていないような気がするんだけど?

 そんな違和感を感じつつも二人の話を聞いていると、いよいよ最後の決め台詞っといった雰囲気になってきた。


「…………」

「…………」

 互いの言葉が止まって、両者は小さく深呼吸する。

 そして、相手に叩きつける言葉を、彼等は同時に放った!


「ウェネニーヴたん!小生の想いを、受け取ってくだされ!」

「さあ、《神器》使いと魔界十将軍!ケリを着けようぜ!」


 なんで、ウェネニーヴ!?

 あまりにも明後日の方向に飛び火したマシアラの言葉と、完全にスッポ抜けたセイライの台詞に、二人は図上に「?」を浮かべながら顔をしかめる。

 そして、この場にいた全員が同じような表情と、頭の上に「?」を浮かべていた。

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