第23話 魔将軍の妹

 盾の《神器》と弓の《神器》!


 普通に考えれば、矢を弾くなんて容易いだろうけど、何しろ相手は闇の力とやらが付与されている。

 どれだけの威力を出してくるのかわからないから、私も全力で防御する事を決めた!

 盾の重量を最大に上げ、思いきり踏ん張って守りを固める。

 さあ、来なさい!(できれば来ないで!)

 だが……。


「あ痛っ!」

 小さなセイライの悲鳴と共に放たれた矢は、あさっての方向に飛んでいく。


 ……ひょっとして、弓に巻き付いた茨のトゲが刺さって外した?

 見れば、セイライは指先をちょっとくわえている。うん、間違いなさそう。

 でも、どうするのよ、この白けた空気……。

 そう思っていたら、何事もなかったかのように、セイライは再び弓を引き絞った!

 こ、こいつ!この空気で仕切り直すなんて、メンタルが強い!


「っ!」

 だが、やはりトゲに邪魔されたセイライの矢は、私達から剃れてあらぬ方向へと消え去った。

 もう、その弓を覆う茨闇の力は使わない方がいいんじゃ……。

 言葉には出さずとも、そんな気配が伝わったのだろう。

 意地になった彼は、数打ちゃ当たるに切り替えようと、一気に数本の矢を弓につがえた!


「痛てっ!」

 そして無理して握り込んだせいで、先程よりもざっくり刺さったトゲの痛みに、思わず弓の本体を手放してしまった。


「なんなんだよ、この茨ぁ!」

 駄々っ子じゃあるまいし、自分で力を使用しておいて、キレ始めないでよ!

 呆れて言葉を失う私達だったが、隣にいたモジャさんがそのとき動いた!


「食らえぇ!」

 《神器》に掛かっていた擬装能力を解除すると、輝く真の姿へ槍は変貌する。

 その変化にセイライが戸惑った一瞬を見逃さず、モジャさんは槍を投擲した!

 思わず身構えたセイライだったけど、槍は彼に届かずに弓の近くに着弾する。

 うーん、相変わらず槍の使い方が下手ね。

 しかし、少し顔を赤らめながらも、追いかけるようにモジャさんはセイライに向かってダッシュしていった!


「っ!?させるかっ!」

 彼のダッシュを、武器を拾うための物と判断したんだんだろう。セイライも同じように駆け出す!

 

 だけども、セイライの方が武器が落ちている地点に近い!

 先に武器の元に駆け寄った彼は、自分の武器を拾うか、敵の武器を遠くに捨てるかで一瞬だけ動きを止めた。

 だが、迫るモジャさんの姿に決断した彼は、彼の槍を捨てる方を選んだようだ!

 ……茨まみれの自分の弓を、拾うのを避けたようにも見えたけど。


「ふっ、残念だったな!お前の《神器》はこうだ!」

 セイライは地面に刺さったままの、槍の《神器》を蹴りとばしてモジャさんの手の届かない場所に転がす!

 まぁ、普通ならその槍を追って、モジャさんも軌道を変えるんでしょうけど、彼は構わずセイライへとタックルを決めた!


「くはっ!」

 槍を蹴った直後で油断し、バランスが崩れていたセイライは、そのタックルに耐えられずに、簡単に押し倒されてしまう。

 そのまま、流れるような動きで、モジャさんは自分の足とセイライの足を、『4の数字』のような形に絡ませていった!


「いだだだだだっ!」

「これぞ古の格闘術『プロレ・スリング』の極め技の一つ、『フォー・ライティング・クラッチ』!もはや逃げられぬと知れ!」

 ギシギシとモジャさんが体を揺するたびに、セイライの悲鳴が響き渡る。


「な、なんで武器を追わないんだぁ!」

「フッ、相手の裏をかいてこその一流だろ?」

「くそぅ!ゴブリンの時にも槍を使っていなかったし、余裕のつもりかぁ!?」

「っていうか、俺って槍とか使えないし……」

「なんで、そんなのが槍の《神器》授かってるんだよぉ!!」

 あー、その気持ちはわかるわ。

 ほんと、天使と接触する機会があったら聞いてみたい。


「ほれほれ!もう投降ギブアップするか?」

 痛みで反撃もままならず、バシバシと地面を叩くだけのセイライを容赦なくモジャさんが攻める。

「このまま足が破壊される前に、降参した方がいいと思うんだけど」

 老婆心ながら、私もそう促す。だが、脂汗を流しながらもセイライはニヤリと笑って見せた。


「切り札を隠し持っていたのが、自分達だけだと思うなっ!」

 そう叫ぶと同時に、ふところから小さな笛を取り出して、思いきり吹いた!

 なんとも不快な音のする、その笛の音が響き終えると、森の奥か姿を現す者達があった。


 それは、三体の重武装をしたオーガ!

 金属製の全身鎧に身を包んだ彼らは、まるで巨大な壁のようだ。

 その内の一体が、セイライを助けるべくモジャさんに迫る!


「ちっ!」

 仕方なく技を外して、モジャさんは迫り来るオーガから身を離した。

 しかし、オーガの突進は、少しばかり勢いがよすぎて、起き上がろうとしていたセイライの顔面に膝を叩き込む形になってしまった!


「げぴっ!」

 珍妙な悲鳴と共に地面を転がるセイライだったけど、鼻血で顔を汚しながらも、なんとか立ち上がる!

 とはいえ、足元はフラついてるし、誤爆したオーガを説教してるつもりで木に話かけてるから、敵ながら少し心配になってくるわね。


「ふぅ、ふぅ……これだから、借り物の兵は嫌なんだ」

 ブツブツと愚痴をこぼしながらも、ようやく私達と向いあった彼は、余裕の態度を取り戻したようでフワッと髪を撫で付けた。


「さて、今度はゴブリンのようにはいかないぞ?」

 弓を拾いあげ、茨を引っ込めたセイライは再びこちらに狙いを定める。

「ちょっと!闇の力はどうしたのよ!」

「うるさい!」

 バツが悪そうに、セイライは強い口調で返してきた。

 

 くそぅ、正直なところ茨が巻かれていた方が勝てそうだったのに。

 しかも今度は、小兵のゴブリンと違って、力も生命力も段違いのオーガ達だ。

 揃いの武装をしている辺り、たぶんあいつらも魔界のエリートか何かっぽいわね。


 まぁ、それでもすばしっこいゴブリンよりも、鈍重そうなオーガの方が、私としてはやり易い。

 一対一の局面になれば、重くした盾で受けて、そのまま反撃でいけるだろう!

 敵の人数的にそうなりそうな流れだし、セイライは部下が全員やられるまで動かなさそうなタイプだから、負ける可能性は少ないわね。

 オーガ達を倒したら、皆でボコボコにしてやるわ。


「行け、オーガども!」

 勝利への道筋をシミュレートする私達に、命令を受けたオーガ達が向かって来た!

 地響きをさせながら走ってくるオーガの姿は、思った以上にド迫力でけっこう怖い。


 だけど、ウェネニーヴにもモジャさんにも、焦ったような様子はなく、その頼もしさが私の緊張もほぐしてくれるようだった。

 盾を構え直し、数秒後に来るであろう衝撃に備える。

 さぁ、来い!と、気合いを入れた私達にの目の前で……突然オーガが地面に崩れ落ちた!


 え!?何!?

 どうしたの?

 突然の事に困惑して、倒れたオーガを眺めるけれど、どうやら起き上がってくる気配は無いっぽい。

 あ、ひょっとしてウェネニーヴの毒かなにか?

 そう考えて彼女の方を見てみたけど、ウェネニーヴは首を横に振るばかり。

 ええ……本当に何が?


「よく見ると、オーガの眉間に矢が刺さってるみたいだな」

 少しオーガに近づいて、観察していたモジャさんがそんな事を言う。

 矢?でも、私達に弓使いはいないし……。


「ちぃ……出てこい!そこにいるのは、わかっているぞ!」

 苦々しい表情で、セイライな私達に向かって指を突きつける。いや、正確には私達の背後の森の中……かしら。

「やっど見っげだ……」

 セイライの声に呼応するように、何やら訛った口調で呟きながら、森の中から人影が現れる。

 それは、セイライと同じエルフの女性だった。


陽光のような金色の髪に、叡知を湛えた整った顔立ち。

 深緑に染めた部分皮鎧を身に付けた彼女の手には、先程オーガを倒したと思われる弓が握られていた。

 静かに歩み出てきたそのエルフだったが、セイライをキッと見据えると、大きな声で吼える!


馬鹿な真似おんずぐねぇごとばっかして、ごのろくでなしへでなし!」

 なんて!?

 結構きついエルフ訛りの言葉に、意味がわからず私達も困惑してしまう。


「ちっ……久しぶりに顔を会わせた兄に向かって、その口の効き方はなんだ、プルファ」

「んなのどうでもいいべした!兄ちゃごそ、まだそんな恥ずがしい事やってんのが!」

「黙れ!お前らみたいな凡骨に、何がわかると言うんだ!」

「わがんねぇわよ!怪我もすてねぇのに、包帯巻いだり眼帯着げだり!それが恥ずがしいって言っでんのよ!」 

 ん?なんか、ちょっと気になる事が……?


「あの……彼の右腕とかって、闇の力を封じてるとかじゃ無いんですか?」

 横から口を挟んだ私に、何のこっちゃといった様子で、新手のエルフは首を傾げる。

 え……っていう事は、セイライのあの格好って、ただのファッションなの?

 じゃあ、あの呪文の詠唱っぽかったのも、ただのポエムだった……?

 突然の乱入者によってもたらされた、しょうもない事実に唖然としていると、モジャさんが耳まで真っ赤になりながら顔を隠していた。


「ど、どうしたのモジャさん!?」

「いや……その……自分の古傷が痛む気がして……」

 はい?いったい、何の事?


「男って奴は、成長する過程でセイライみたいなああいうのが格好よく思える時期があるんだよ」

 在りし日の何かを思い出しているんだろう。

 モジャさんは、セイライを直視するのが辛そうだった。


「まさかお前まで来るとは、さすがに想定外だったよ……ここは、仕切り直す必要があるな」

「この期におよんで、逃がすど思ってんのがい?」

「もちろん」

 プルファと呼ばれたエルフに凄まれたけど、セイライは動揺した様子もなく、淡々と奇妙なアイテムを取り出した。


「じゃあな!」

 そう彼が呟いた瞬間、アイテムは凄まじい光を放って、私達の目を眩ませる!

 くっ!突然、視界が真っ白に染まり、何も見えなくなった。


「一旦引かせてもらうぞ、勇者達。だけど、君達を倒すのは僕だという事を覚えておきたまえ!」

 笑い声と共に、奴の足音が遠ざかっていく。

 やがて、私達に視力が戻って来た時、オーガの死体だけを残して、セイライの姿は完全に消えていた。


「くっそ!油断しじまっだ!」

 悔しそうな声を漏らすプルファ。

 そんな彼女を慰める意味も込めて、私は声をかけた。


「大丈夫よ、プルファ……さん?セイライは私達を狙ってるから、必ずまた現れるわ!」

「狙われでるって……あんたがたは、何者なんだしぃ?」

 まぁ、疑問に思うわよね。それに、こちらも色々と聞きたい事はある。

 だから私達は、情報交換のために少し話し合う事にするのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る