とある事情でお屋敷のお手伝いさんを始めることになった俺、二人の愛娘(まなむすめ)やそのお友達に売り込まれる
夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん
第1話 カッコいいの噂と姉妹
休日の土曜日。その14時帯のことである。
「そんでどうよ最近の調子は。なんか新しい仕事始めたらしいじゃねぇか、純」
「うん。ってかこの顔を見ればどんな調子か察せると思うんだけど」
「ハハハッ、見事に絞られてんのな」
「その通り」
とあるカフェの店内。
半ば疲れの残った顔の俺こと坂本
「顔に出るくらい大変ってよっほどなんだな。お屋敷のお手伝いさんってのは」
「まあ、仕事量はそこまで多いわけじゃないんだけど、絶対に失敗が許されないんだよ。その気の引き締めでもう……って感じ」
「いや、失敗で怒られるくらい別にいいだろ。誰しもミスはするもんだし」
「怒られるくらいならいいんだよ。でもさ、お手伝いさんを複数人雇ってる豪邸な家だけに、至るところに高価な物が置かれてるからそこを掃除する時が……ね」
「え、それ壊した場合は弁償になんの?」
「それが聞けてないんだよ。周りのお手伝いさん、優秀な人ばかりだから『ミスは絶対にしません』みたいな雰囲気あるし……。ただ、聞いた話だと壺は一つ100万とかするらしい」
「マ、マジかよそれ。そんなんミスれねぇじゃねぇか」
「そう。だから余計に疲れるんだよ……」
掃除する場所が全域だからこそ毎回こんな要素が入ってくる。値段を知っているだけに冷や汗が流れてくる。これをもし落としたりしたら……。なんて想像が無意識に働いて。
「なんか災難だな、お前。翻訳業の仕事が順調なのに別の仕事入れ込まれたんだろ?」
「まあ……ね」
このお屋敷に、豪邸に、お手伝いさんとした雇われた理由はただ一つ。それは警官の父と、そこの主人に繋がりがあるからだった。
詳しいことは教えてもらっていないが、仕事上で関わりがあったらしく、そこから仲の良い関係を築いたらしい。
そして、俺の仕事環境が変わったのは最近のこと。
『家政婦さんの一人が出産を控えることになったんだ。その代わりとしてお手伝いさんを募集しているんだが、誰か信頼における相手を知らないか?』とお屋敷の主人から相談があったらしく、そこで白羽の矢が立ったのが息子であり、自由業(時間に縛られずに働いている)俺だった。
「でもさ、時給ってか給料はいいんだろ? 他と比べて」
「正直、翻訳業をしないでいいくらいには高いかな……あはは」
「そんな高ぇのかよ! やっぱりいいところに勤めると羽振りいいんだな。羨ましいぜ。んならあとは仕事に慣れたらイージーモードじゃね? 金貯まる一方だしよ」
「確かに慣れたらマシにはなる部分はあると思う……。それは思うんだけど……」
「何か引っかりがある顔だな」
「うん。実はさ、気がかりなことがあって」
お手伝いさんとして雇われて二週間。その期間で感じたこと——。
「俺が仕事をしている最中のことなんだけど、誰かから監視されているような気がするんだよ。気がするってよりも見られてるって言えるレベルで」
「は?」
「……そんな反応されるのは承知で言ってる」
自意識過剰だと取られるのは仕方がないことだが、そう思えないレベルだからこそ言っている。そして怖いのは視線を向けて相手が誰なのかわからないこと。ある意味、悟られないような技を持っているのかもしれない。
「そんなことってあるのか……。もし見られてるってなれば、ある意味お前は信用されてないってことだぜ? 悪さしねぇように見張ってるってことにならねぇか?」
「だから信用されてないんじゃないかって思ってて……」
視線を感じる理由=監視されている以外にあるだろうか。……いや、ない。
つまりはそういうことになる……。悲しいことに。
「いや、信用されてないってことはさすがにねぇだろ。相談を持ちかけた相手の息子を取ってるんだぜ? そんな悪さするとかは疑ってねぇだろ」
「そ、そう信じたいんだけどね……」
当たり前のことだが、窃盗するつもりはさらさらない。たとえ目の前に高価な品があろうとも。
そもそも屋敷には監視カメラが設置されているのだ。この環境で盗める! なんて思う人物はいないだろう。
さらに俺の父親は警官をしている。厳格な家庭で育てられ、躾も鬼のように厳しかったのだ。
この2点から魔が差すなんてことは絶対にない。
「それで気がかりなことのもう一つってなんだ? 明らかに不穏さは感じるが」
「えっと、これが本題って言うか一番の悩みなんだけど……。お屋敷の主人に俺、嫌われてるのかもしれない」
「……は?」
「……」
「ハハハッ! なんだそれ。笑わせんじゃねぇよ!」
「笑い事じゃないんだって。最初は優しかったんだよ。記憶にないけど過去に一度顔も見たことがあるらしくって。ただ、最近は素っ気なくってさ。反応が全部……。それどころか敵視されてるような気もして」
「お前さぁ、オレにも言えねぇ悪さしてんだろ。敵視までされてるとなりゃ。もう吐いて楽になれよ」
「ちょ、そんな言い草やめてって。本当に心当たりないんだから……」
「純の言ってることが正しいとしても何か原因があんのは違いねぇだろ」
「う、うん。それはそうだけど……」
すぐに雇ってくれた状況から最初、俺の印象はよかったんだとは思う。だが、お手伝いさんを始め……何かが気に障ったことがあり、そこから嫌われてしまったというのが自然な流れだろうか。
それでも真っ当に仕事をしていた自覚があるだけに嫌われることが思い浮かばない。
仕事内容もベテランのお手伝いさんから教えてもらったことを真似しているのだ。
「もしかして、『まだ仕事に慣れないのかお前は』みたいな感じで呆れてるのかな……。あそこは優秀な人しかいないから」
「お前も違った方向じゃ十分優秀だぜ? 23でフリーの翻訳家とかそうそういねぇよ」
「小さい頃に叩き込まれただけだよ……。って、そのスキルがお手伝いさんに関係するならよかったんだけどね」
「んー。なんが原因なんだろうなぁ。……あ!」
「お?」
何か閃いたような声に期待する。
「そういや、あそこの姉妹ってめっちゃ可愛くて有名だろ? だからアレだよ。お前に掻っ攫われないか心配して敵視してんだよ」
「……ねえ」
「すまん。ふざけるところじゃなかったな」
半目と不満の声を作った俺に聞こえる即、謝罪の声。もちろん怒っているわけではなく、それは旧友にも伝わっているはずだ。
こんなやり取りを飽きるくらいしてきているのだから。
「まあ……、その姉妹が〜の件について話させてもらうと、まだ一度も会ったこともないし、顔も合わせたことないから絶対に違うよ」
「は? お手伝いさん初めて少し経つのに?」
「うん。お姉さんは習い事とか部活のタイミングが重なって会ったことないし、妹さんの方はお屋敷の中にいることはあるけど、部屋にこもって勉強してるから俺と顔を合わせたことないし」
「もう意味わかんねぇな」
「本当だよ。こんなモヤモヤした気持ちだから今日のカフェ代を奢ってほしい」
「ふざけんな。お前の方が収入あんだろーが」
こんなツッコミを入れられ、問題の手がかりを見つけることもできなかった……。
* * * *
その頃、とあるお屋敷の中では——。
小さな歩幅で長い廊下を歩き、大広間に顔を出した小柄な少女がいた。
「……パパ。次、純さんはいつ来るの……? 明日来る?」
その少女はお気に入りらしいブサカワのぬいぐるみを両手に抱えたまま、こくりと首を傾けて問いかけばカスカード色の艶やかなロングのウェーブの髪が揺れる。
「純君は明後日来ることになっているよ、
強面の父はお手本のような満面の笑顔で提案するが——、
「……勉強するからいい。わかった」
思春期真っ只中。鋭めの碧眼をさらに細めて否定。用件が済んだ少女、高校一年生の
「パパは悲しいぞ。グスン」
姉妹を弱愛する父親。構ってほしい主人だが、妹の美雨の意識はそこにはない。
これが敵視されている原因など純は知る由もなかった。
* * * *
その夜のこと。
「ねね、お父さん。新しく来ていただいたお手伝いさん……、純さんはどんな感じだった?」
「おぉ、
「うんうん、話そ話そ」
お屋敷の大広間。その場に足を運んだ長女、
姉妹であるために顔が似ている部分はあるも、その見分け方は簡単。
ショートボブの髪型に丸っこい瞳を持ち、身長が高い方が姉の飛鳥。
ロングボブの髪型に鋭めの瞳、身長が低い方が妹の美雨である。
二人の年の差は2つ。同じ高校に通っている3年生と1年生だ。
「それでさ、お父さん目線で純さんはどんな感じだった? まだ挨拶ができてないから気になってて」
「んー。そうだな。良いところと悪いところ、どっちから聞きたい?」
「悪いところもあるんだ? それならじゃあいいところからお願いしようかな」
「ふむ、わかった」
そうして本題に移る。
整えられた髭を触りながら少しの間を置いた父はこう言った。
「世辞を抜きにして純くんの仕事ぶりにケチをつけるところはないよ。まだ仕事に慣れていないながら一生懸命に取り組んでくれているな。わからないことやどのように動けば効率的なのか常駐の家政婦さんに聞いていたりと、これは誰にでもできることではない」
「えっ、ケチをつけることがないってベタ褒めだね。お父さんにしては珍しいかも」
「そうか? だがそのくらいに立派なのだよ。家政婦さんからも同じ評価をもらっているくらいにな」
ベタ褒め。正しくその通りだろう。しかし、そんなにも評価が高ければ前置きで話したことは当然引っかかるもの。
「えっとさ、そんなに高評価なのに悪いところがあるの? 今聞いた感じだとないように思えるけど」
焼けのない白い頬を掻きながら細い眉を中心に寄せる彼女。
「あるんだよこれが。いや、正直に言えばこれがどうしても許せないんだ」
「な、なに……? それって」
その途端、重たく、緊張感のある空気が大広間を包み——、言葉が放たれる。
「純君のせいでな、純くんのせいで
「…………ほ?」
予想だにしない内容。呆気に取られたように口をOの形にする飛鳥。
「最近のことだ。いや、今日も『純さんは次いつ来るの?』『純さんは何時から来るの?』みたいな会話しかしないんだ。それも俺が答えたらすぐに部屋に戻っていく……。こんなに悲しいことはないだろう!?」
「いやいやお父さん。その悪いところって完全に八つ当たりだって。純さんに悪いところなんてないじゃん……」
「しょうがないだろう!? 大事な娘なんだ!」
八つ当たりとの自覚があるだけまだマシだろうか。
「はいはい。まぁ……親の気持ちに立ってみれば気持ちはわからないことないけどさ?」
「そもそも
「それは単純に好みだったからじゃないの? 純さんの顔とか含め」
「なっ!? ち、ちょっと待ってくれ。その言い方、飛鳥まで純君のことを知っているみたいじゃないか!? 飛鳥も顔を合わせていないはずだろう!?」
「美雨から聞いたの。カッコよかったって」
「はぁぁああ!?」
屋敷に響く父の驚き声。男に対してこんな褒め方をする娘を見るのは初めてだったのだ。
「ちなみに、美雨はプライベートで純さんと会ったことがあるらしいよ。その時に気に入っちゃったっぽい」
「……詳しく説明してもらおうか。飛鳥ァ」
「こ、怖っ!! ねえ、気に入らないからってそんな圧かけないでよ。もう話さないよ?」
「す、すまん」
腰に両手を置き、ムスッとした態度で本気のトーンに変えた飛鳥に完全に勢いを削がれた父。
端正で美人な顔を表現豊かに変えられる彼女は学校でも人気者の存在だ。
「それじゃあ話すけど、なんかね、学校帰りに美雨がカフェに寄ろうとしたんだって。その時に観光中らしい外国人さんが道に迷ったようにキョロキョロしてたらしくてね」
「そ、それでどうしたんだ? 続きを話してくれ」
「美雨って高一だけど英語でほんのりとコミュニケーションは取れるでしょ? それで助けようとしたらしいんだけど、大の人見知りだから勇気が出なかったらしいの。美雨もまた困っていた時、寄ろうとしてたカフェから出てきたのが純さんらしくって、ペラッペラの英語でその外国人さんを助けてたんだって」
「な、なんだと!? ん……、そう言えば彼は翻訳の仕事もしていると言っていたな……」
こうして線と線が結びついていく。
「えっ、翻訳の仕事してるの!? すごっ! だからペラッペラで喋れるってことなんだね。美雨いわく、英検準一級以上の喋り方をしてたって言ってたよ」
「それはあんまりピンとはこないが……。つ、つまりはなんだ。美雨は自分ができなかったことを簡単に成し遂げた純君を見たことで気に入ったと?」
「そんな感じだと思う。その現場を見た次の次の日に純さんがこのお家に働きにきたらしくて」
「な、なんという偶然なんだ……」
「それ私も思ったよ。で、一度は純さんに声をかけたいらしいんだけど、人見知りで上手く喋れないからドアの隙間を使って仕事をしている様子を見てるんだって」
「そ、そんなに気になっているのか、美雨は……」
顔に絶望の影を落とす父である。溺愛しているだけにこんなことは聞きたくないのだ。
「あのさ、さっきお父さん、『純さんのことを答えたら美雨はすぐに部屋に戻っていく』って言ったでしょ?」
「あ、ああ」
「それって単純に考えてお父さんが
「そんなのってなんだ? もっと具体的に教えてくれ」
「純さんの話っていうか、男の話をすると機嫌が悪くなるところ。あとは私たちに対して過保護すぎるところ」
「ウグッ……。そ、それは仕方ないじゃないか……」
「そうだとしても限度があると思うよ? お母さんが海外にいるからと言っても」
長女からの意見。これには反論ができない父である。
「それに、相手が自分のことをどう思っているのかって結構伝わるものだから純さん困ってたりするかもよ? 完璧な仕事をしてもらっているのに」
「……」
「確かお父さんのお友達に相談して息子さんに来ていただいているんだよね? もし気づかれていて、報告されたりしてたらいろいろと問題になりそうだけど」
「そ、その通りだ……」
この語り口だけでも飛鳥が頭が回るのはわかるだろう。
「だからこの機会にもうちょっと抑えてもいいんじゃない? なんか今のままだと私か美雨が彼氏連れて来た時に勢いのままにぶん殴っちゃいそうだし」
「なにを言っているんだか。そんなのは当たり前じゃないか」
「そ、それがダメなんだって言ってるのに……。そんなわけでこの機会にちょっとだけでも抑えてみたら? 私たちが独身のままってことはほぼないんだし、美雨もそっちの方が喜ぶよ」
「……そ、そうなのか。いや、そうだよな……」
「うんうん。もしかしたら美雨が純さんと付き合うかもだし」
「グググッ……。そ、それは許さんッ!! 許さんぞ飛鳥!」
「もー。全然ダメじゃん!」
まるで漫才のような会話を広げる姉と父。
こんな風に人ごとのように済ませている飛鳥だが、兄弟や姉妹は——異性の好みが似る。
この噂が真実ならば果たしてこの先どうなってしまうのだろうか。
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