51. 俺がボスだ! 2
TN's eyes
(あ~~!姫さんはまだ目が覚めないのかよ!)
不快な喚き声が聞こえる。
もう来たんだ。
当分来なくていいのに懲りずによく来るものだ。
不破さんにあれだけ乱暴な事をしてるのに。彼女が自分の好意があると解釈できるのか分からない。
わたしには到底理解できない思考だ。
如月 魁。
この男は典型的な不良だ。
四角い骨ばった顔を金髪オールバックで撫でつけている筋肉ダルマ。邑の男達もかなりの筋肉量だけどこの男はそれを凌駕している。
加えて身長も高い。鋭い目つきは常に喧嘩相手を探しているらしい。当然のように喧嘩で負けた事はないらしい。本当かはわたしは知らない。
お山の大将を気取る悪だ。
悪ぶる事を好む年齢ではあるのだろうけど、この男は極めつけの悪だ。わたしの生家にも同じような悪はいる。だけど悪は悪なりにルールがある。
この男にはそのルールが全く無い。気が向くまま、感情のままに行動する。更に、異能を身につけてから増々増長しているとわたしは思う。
さながら野獣のようだ。
だけど野獣は如月だけじゃなかった。このクージ邑の男達は野獣ばかりだ。仲間どうしてもマウントの取り合いをしているカオスぶり。なんなの?
如月のような性格ならピッタリな邑かもしれない。この邑でも如月は猿山の頂点にいるみたいだし。邑の長以外の男達は如月に道を譲るらしいから実質No.2かもしれない。
クージ邑はわたし達が囚われていたキュメネ邑に一番近い邑なのだ。近いけど交流は全く無いようだ。寧ろ敵対しているような雰囲気かしら。理由はクージ邑にあるみたいだ。
邑長のブルーノという男は190はあるような長身だけど体が太い。近づかないと身長があるとは分からない体格をしている。遠近感が分からないタイプだ。なんというか大きいビア樽?
髪はぼさぼさで、顎下は髭を伸ばしっぱなし。隻眼で潰れた目はそのまま晒している。前歯何本か欠けているし、片耳潰れている。これで怖くないと思う人はいないと思うんだけど。
話に出てきそうな山賊という表現が近い。実際に山賊紛いの生業をしているようで、わたし達が囚われている部屋の周辺にも相当の人達が囚われている。虜囚はどこか遠くの邑に売り払うらしい。
どうも人身売買を生業にしているようだ。近隣の邑から人を攫い、遠隔地に売り払う商売?をしているとか。全く、なんという事をしているんだ。
さすがの諏訪会長もこの邑と手を結ぶつもりはなかったみたい。でも、如月魁。この男はこの邑がいたく気に入ったらしい。聞いている所だと相当ブルーノと親しくしているそうだ。
囚われのわたし達もいずれ遠くに売られてしまうのだろうか。上手く逃げたつもりだったのだけどクージ邑の者達にあっさりと捕獲されてしまった。
わたし達が如月の仲間と判明したため、他の人達と待遇は違うみたい。ちょっと助かっているけど。でも今この部屋にいるのはわたしと今は眠っている不破さんの二人。
不破さんは見た目が美しいので男達に乱暴されかけたらしい。そこを如月が救ってくれたそうだ。本当かな?本当だとすれば、それだけは評価してもいいか。でも、結局解放されていないのだからブルーノと変わらないな。
不破さんもわたしのように地味な見た目にすれば誰も見向きもしないのに。でも不破さんの容姿では隠すのも難しいかも。それ程不破さんは美人だもの。
ドガン!
乱暴に扉が開く。分かっていてもビクリとなってしまう。
本当に通り過ぎれば良かったのに結局来たのね。わたしは寝ている不破さんを気にしながら入ってきた人を睨む。
軽薄な笑いを浮かべて騒音の主である如月が入って来る。
「相変わらずだな。殺しそうな目で俺を睨むのはお前位だぜ。遠峯ェ」
「何しに来たの。わたしは用事が全くないわよ」
「ケッ!誰が!おさげで眼鏡の地味なお前に用があるかってぇの。用があるのはそこの姫さんだよ」
「不破さんは眠っているわ。だから騒々しく喚かないで。もう少し声の大きさを落とせないの?」
「ベラベラと口は達者だな。本当はお前はどうでもいいんだがな。で、何で姫さんはまだ起きねぇのか?ずっと寝ているのか?」
「いいえ、少し前までは起きていたわよ。何をされたのか分からないけど随分と消耗しているわ。当面ゆっくりと休ませたほうがいい。あんたの都合で不破さんを起こすつもりはないよ」
ギリギリ・・・。と音が聞こえる。
ん?なんの音?
見れば如月が怒り心頭な表情だ。これってもしかして如月の歯ぎしりなの?歯ぎしりってそんなに音がでるものなの?本当に?
気づくと如月の背後に目つきの悪い坊主頭の男がいた。本当に心臓に良くない。この坊主頭は如月以上に不気味。
上野 真白だ。
珍しく如月と馬が合うようで如月と常に一緒に行動している。この男は如月と真反対な態度だけど結局同じ穴の狢だ。
普段は大人しく従順を装っている。その本性は真逆なのをわたしは知っている。上野は過去に相当数の人を重傷を負わせているのだ。いずれも罪に問われていない。
ある意味如月より危険な男だ。
「しかたねぇな。姫さんの回復にどのくらい必要だ?」
「わたしに分かる訳ないでしょ?不破さん次第よ。本当に何をしたの?体も相当衰弱しているけど精神的なものが酷いわ。できれば食事の差し入れ以外はあんた達も含めて誰も来てほしくないわね」
「ふん。知るかっての。俺は助けたんだぞ。しかし本当に嘘はついてねぇだろうな?」
「わたしだって困っているのよ。友人として早く不破さんには回復して欲しいのだから」
「回復したら逃げようたって無理だからな。強引に逃げようとしたら俺はもう助けねぇ。ブルーノに我慢させるのも限度があるからな」
・・・ここの邑長も不破さんを狙っているのかしら?
それはあり得るわね。確かに四六時中監視が外れないのは分かっている。いやらしい目つきをした男達が毎日来るもの。見ているだけで近づいてはこないけどね。近づくとわたしが即失神させているからだけど。
いかつい体をしている割にはこの邑の男達は実は強くないと思う。あくまでも一対一の前提だけどね。
でもそれまでだ。勝てるから逃げられるかというとそうでもない。簡単に逃げられないのは既に分かっている。何度か試みたけど無理だった。
だから暫くは従順にして時を稼がないと。僅かな希望だけど唯一逃がせた四條さんがどこからか救援を連れてくれるかもしれない。勿論、隙があれば私達二人で逃げるつもりでもいるけど。それも不破さんの回復次第だ。
「できる訳ないじゃない。不破さんの消耗は見た目以上なのよ。そんな人を連れて逃げるなんて無理よ」
「まぁ、確かにそのようだなぁ」
如月は不破さんの眠っているベッドに近づこうとしている。わたしはそれを拒むように前に出る。当然のように如月は睨んでくるけど構わない。不破さんの負担をこれ以上酷くしたくない。
「どけよ」
「どかない。お前のような粗忽者を不破さんに寄らせたくない。力づくで近づけば分かっているな?」
如月の異能は異常だ。だけど繊細な制御はできない。どうやら距離が無いと当てられないみたいだ。近距離では全く異能を使う素振りすらない。どんなにキレていてもだ。
多分だけどチャージに時間がかかるんだと思う。如月は完全に中遠距離タイプだ。
逆にわたしの異能は一対一の近距離こそ真骨頂だもの。近距離なら如月に遅れを取る気はしない。事実何度か如月を組み伏せている。力に頼る暴力者は動きが単純だ。
その事を一応記憶できているのだろう。この場ではわたしに敵わない事は学習しているようだ。威嚇はするがそれ以上近づいてこない。
しばしの睨み合い。じき諦めるだろう。
「魁君そこまでにしておきなよ。この場では遠峯さんに分があるよね。今回戻った用事は違うだろ」
沈黙を破ったのは上野だった。
キレると一番厄介だけど、着火する導火線を知っている分扱いやすい。普段は穏健な性格だ。
上野の仲介を逃げる口実だと思ったのだろう。如月の殺気が緩む。自分で引き際を作れない奴は本当に面倒だ。
「ちっ!確かに重要な用事が先だな。お前は姫の世話をしてろよ。そして早く元気にしろや」
「言われなくても。そのつもりよ。とにかくさっさと出て行って」
如月と上野はすんなりと出て行った。少し意外だったけど重要な用事があると言ってたからかな。
それにしても不破さんは殆どの時間寝ているのよね。さっきもほんのちょっと目を覚まして水を少し飲んだだけ。
整った顔はやつれ果ている。今も眉間に皺を寄せ、まるでうなされているようだ。
彼らは不破さんに何をしたんだろう?わたしとほんの少しだけ離れている内に何があったのか。着衣の乱れは全くなかったから、その手の乱暴はされていないのは確認済みだけど。
何が彼女をここまでやつれさせてしまったのだろう。
まずは話ができるまで体調を回復して欲しいのだけど。心配よ。
UM's eyes
「くそがっ!ふざけやがって」
あ~、何を蹴っているんだか。怒る度に物に八つ当たりしていたら周りに何もなくなるよ。
本当に短気だよな。でも今回は分からないでもないけど。
遠峯 七瀬は元々要注意人物だ。
キュメネ邑の制圧も最後まで反対していた一人だ。女子の中では人望がある。面倒見も良い。今も不破さんを看護していて誰一人近づけさせない程だ。
それに本人は主張していないが数回は魁君を負かしている所を僕は見ている。彼女は何やら武術の心得があるようで力一辺倒の魁君を簡単にあしらうのだ。
だから魁君も強引な態度に出れないんだと思う。だけど魁君の異能が遠峯さんに命中すれば彼女だって死亡するだろう。誰にも防げないのが魁君の異能だ。その異能にも弱点がある。
知っているのは数人だと思う。その中には僕や遠峯さんは含まれている。魁君の異能の射程は遠いんだ。近距離では戦えない。
近距離で異能を使えない魁君。純粋な身体能力での戦いでは遠峯さんの武術には敵わない。だから強気に出れない。
うん。単純な図式だ。
だからキレまくっている。いい加減落ちついてもらえないといけないんだけど。これから邑長と話するんでしょ?何やら良くない企みみたいだけど。
「魁君、そろそろ落ち着きなよ。そんなに興奮したままだと交渉もできないよ」
「あん?仕方ねぇだろう。ムカつきまくりなんだから。あの眼鏡いつかぶっ殺す!」
「それは不破さんが完全に回復してからだね。彼女がいるから血の気の多い邑の者達も不破さんを襲わないんだよ。分かっているよね?」
「知っているさ。ブルーノから苦情があったからな。安全を考えるなら仕方ない。だがこのムカつきは別だ。あの女舐めやがって」
あ~あ。本当にキレているよ。いつも怒っているから、これでも通常運転なのかな。よく邑長のブルーノと喧嘩にならないよな。
「でも彼女は有能だと思うよ。使い方次第では魁君の駒になるかもよ。不破さんの安全を条件にすれば意外と言う事聞いてくれるかも。今だって不破さんのために敢えて囚われの身になっているんだし」
「ほう。遠峯を俺の駒に・・・。悪くねぇな。要は使いようって事か」
「そういう事。歯向かう者を皆殺していたらキリがないよ。遠峯さんのように弱み握れば言う事聞く人はいると思うな」
「真白、お前はそういう知恵は回るよな。邑の交渉の時にも思ったがな。これからも何かあったら言ってくれ。使える者は使うぞ」
「まあ、気が向いたらね」
お~お。僕も駒扱いかい?別に魁君の部下になったつもりはないんだけどね。会長に監視を頼まれているからなんだけど。
ま、そんな会長も大概だ。使えないと判断したら魁君を殺せと言うし。
どっちにしても僕は駒扱いですか。全く、大人しく言う事聞いていると思えば皆勝手ばかりだ。僕はこの世界でのんびり生活できればいいだけだから。それが保証されるなら誰だっていいんだけど。
だから変な勢力争いに加担したくないんだよな。これについてはちょっと考えておかないとな。今は従順に従っておきますかね。
「おう!兄弟。どこほっつき歩いていたんだ。探したぞ」
やっぱり魁君を探していたか。この邑の長ブルーノ。酒と女のためだけに生きている快楽主義者。
人身売買を生業とする裏稼業の男らしい。いずれ滅してやるから僕にはどうでもいい男だ。
本当に山賊の大将という輩だ。僕等より随分と年上なんだけど妙に魁君と気が合うんだよな。魁君は五分の兄弟と言っているんだ。本当になんで気が合うんだ?
「おう。兄弟!ちょっと言う事聞かない仲間の所にいっててな。それと姫の事だが、まだ目が覚めないんだ。手出しはしていないだろうな?」
「生憎女は間に合っている。兄弟の女に手を出すほど困っとらんわい。それより今日の用向きはなんだ?」
「そうか。ならいいや。今日は相談があって来た」
「ほう。人払いは良いのか?」
ブルーノは僕をチラリと見る。やっぱりか。この二人は僕の知らない所で何かの話を進めていたようだ。
どうにも嫌な予感がする。最近の魁君の行動は不穏なものが多い。
魁君も僕をチラリと見る。余裕の表情は僕をすっかり舎弟か駒と認識しているかもしれない。
「問題ねぇ。こいつは俺の舎弟だ。口は堅い」
「ふうん。まぁいいか。兄弟の舎弟でこっち側にいるんなら問題ないか。で、なんだ?」
「俺は決めた。キュメネ邑の連中とは別に動く事にした。俺と兄弟でこの周辺の邑牛耳ろうぜ」
「やっと決断したか。俺の言った通りだってわかってくれたか」
「そうだな。所詮会長は俺を駒としか考えていない。俺より劣っているのに関わらずだ。そんなヤツの下に付くつもりはねぇ。兄弟となら面白い事できそうだ」
「アハハハ!そうか!やっと決めてくれたか!兄弟となら天辺取れるぜ!あの女の為にやるって事だな!」
「そうだ。この周辺を俺が支配すりゃ逃げる場所はもう無い。俺の側に射る事が安全だとわかるだろうさ」
「結構、結構!いいね。やろうぜ!俺と兄弟の力があればなんでもできるさ!」
二人はガッチリと握手している。
これはちょっと予想外。だけどその兆候はあった。
それにしても不破さんを自分のモノにするために戦うとは。本当にそこまで惚れ込んでいるのか?なら、なんであんな暴力をふるうんだ。
丁度現場にいなかったから詳細は分からないけど、明らかに魁君は不破さんに暴力をふるっていた。彼女はその時に心身ともにダメージを受けたのだろう。未だに不調のままだ。
しかし困った。
これは説得しようがないだろうな。魁君はできたとしてもブルーノは無理だ。まさかここまで馬が合うとは思っていなかった。
このまま様子を見るしかないのか。
この件は会長には報告するべきだろうか。
否。
会長にも問題がある。と、思う。そもそも性格が合わない。
僕がどう頑張っても二人の衝突はいずれ避けられないだろう。早いか遅いかの違いだ。
もし対立が確定したとなると。僕はこの争いから逃げないと。
争いは嫌いではないけど、この争いは僕の趣味じゃない。
本当に面倒な事になった。
なんでこんな事になるんだ。
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