48.命よりも大事な彼
E's eyes
継母の策略で私は巫女の地位から降ろされてしまった。
”家”から追い出され、望みの薄い遥か北の邑を目指す道中で襲われた。おそらく継母が指示した武家の猛者達だろう。
彼らに殺されかけ自分の未来は何の希望も無いと絶望していた時。
彼は突然現れた。
何の面識もない私を救ってくれました。
何の打算もなく。ただ助けないといけないという一念だけで命を捨ててくれた。
蔡家の中では悪意に晒される事ばかりだった私には驚きで、どうしてこんな事ができるのだろうと思ってしまった。
彼と出会い、私の心に何かが灯った気がする。
それは本当に小さな小さな灯り。
彼は記憶が無いという。重傷を負っていたところを助けられたとか。時折見せる翳りは過去を思い出せない事に起因しているみたい。
自分は最底辺の人だと彼は自虐する。謙遜にも程がある。出会った当初から私は思っていた。
何しろとてつもない種類の異能を持っているんだもの。このような人が最底辺のはずがない。どうして彼を保護した邑は彼を追放したのだろう。異能の有無を見抜けなくても彼が常人と違うのは明らかなのに。
それにしても異能の殆どが私の天眼でもよく視えない。これは何かの条件達成で使えるようになる異能。いくつかは私の異能で発現できるのだけど、これも相当大変だった。発現した異能も特殊なものばかり。
発現しないで保留にしている異能がまだあるのだけど簡単に発現すると危険なものばかり。相談しながら発現していかないと。
ある日彼が言ってくれた。
それは彼の”快癒”の異能熟練度が上がった頃だった。
私の治療をしたいと言ってくれたのだ。私が後ろ向きにならないようと顔や左半身を覆っている醜い火傷を治療したいというのだ。なぜか彼は自分の為に私を治療するのだという。
どういう理屈だろう?私を治療しないほうが彼の為になるのに。
私の体を治すためには彼が元々所有している治癒能力を渡す事になる。
時間がたてば治癒能力は回復するのだけど、その間はちょっとした病気ですら致命傷になる可能性があるのだ。死んでしまう場合だってあるのに。
でも、私は彼の考えはなんとなくだけど読める。
今もそう。私のために自分の命をすり減らす覚悟がある目だもの。・・・断れない。
誰かの力になりたい。それも私が最優先だと彼は言う。私の心の傷を少しでも治すために外見の傷を治したいと。
事も無げに言う。
それを聞いて、
心の中が灯りがともったように暖かくなる。
ううん。
彼に出会ってから、
心は既に暖かくなっているわ。
ドキドキが止まらない。何?この気持ち。
この気持ちの説明ができないまま彼は治療を始めてくれる。
彼の”快癒”を使った他者への治癒は触れなくてもできる事は知っている。
でも接触すればより効率よく治癒されるみたい。
彼のために綺麗になりたい。
彼と触れていたい。
そう思ったからピッタリと密着させてもらう。
彼は私より背が高い。でも普通の男性よりは細身だ。普通の男性が木の幹だとすると彼は木の枝くらい細い。
その体に抱きしめてもらうと、
柔らかい布団に包まれているみたいに安心する。
細い体に無駄のない柔らかい筋肉が詰まっているから、
とても暖かい。
いつまでもこうしたい。
暖かい、
泣きたくなる程安心する。
ずっとこうしていたい。
彼の治癒が完了するのに時間はそれ程かからなかったみたい。
皮膚の感触だけであれ程焼けただれた皮膚が綺麗に治癒しているのが分かる。
いつも疼いている痛みもすっかり消え去っている。
崩れていた体のバランスも戻っているのが分かる。
凄い楽になったもの。
知らずに私は涙をこぼしていたみたい。
彼の指が涙をすくってくれる。
体に稲妻が落ちたような衝撃がくる。
ああ、私はあなたに会うため巫女の座を降ろされたんだ。
彼に、
寄り添いたい。
彼を、
助けたい。
彼の、
力になりたい。
彼には過去が無い。
当初は苦しんでいたと聞いているけど今はすっかり忘れているみたい。気にしても始まらないと明るく笑う。
彼に出会えてよかった。
私の心の内に澱みのように沈殿していた何かが消え去る。
もう、
この人しか、
見れない。
見たくない。
ずっと側にいたい。
治療は既に完了しているのだけど彼にくっついていたい。
もっと暖かみが欲しい。
ください。
私は、
あなたのために、
あなたを思って、
生きていきます。
私のこの異能は、
あなたの、
ために。
いつかこの気持ちを、
伝えたい。
あなたの漆黒の瞳に、
私しか映らないようにしたい。
大好きです。
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