33.僕は決心する


 エリナさんは変わらず僕に抱きついている。

 返事よりも呼吸を確保しないといけない。誤解されるかもしれないけど僕も抱きしめ返す。なんとか隙間を確保する。

 その呼吸音が聞こえたからかもしれないけどエリナさんの腕の力が緩んだ。助かった。

 エリナさんの肩を掴み僕達の体を離す。エリナさんの瞳は潤んでいる。・・・そうだよな。僕も答えないといけないのだろう。

 でも・・・今は。まだ。


「エリナさん」

「は、はい。なんでしょうか?」


 エリナさんはやはり美しい。確かに外見は火傷が酷い。だけど僕は気にならない。なんとたとえればいいのだろう。存在が美しいのだ。

 そして特殊な異能を持つ巫女だ。誰よりも優先して守らないといけない女性である事は間違いない。記憶が無い僕にだって分かる。


 僕はこの人を守ろう。固く決意をする。

 その意味を込めて宣言する。


「エリナさん。僕はあなたを守りたいです。あなたが行きたい場所・・それが遥か遠い北の邑だとしても同行し、守りたいです。エリナさんが迷惑でなければですけど」

「め、迷惑だなんて思ってませんわ。既に何度も守ってもらっています。ケイ君が守ってくれなければ生きていなかったでしょうに。もう十分に守って貰っているのですよ」

「僕は本当にエリナさんを守れていますか?今の所は幸運もあったと思います。ギリギリの場面ばかりでした。本当に力がまだ及ばないのです。でも守りたいです」

「・・・分かってもらえなければ何度も言います。今私が生きていてケイ君の目の前にいられるのはケイ君のお陰です。こんな醜い私ですが守って貰ってありがとうございます。私こそ・・・側にいて末永く守って貰っても良いのですか?」


 ああ・・・。エリナさんの瞳が潤んでいる。確かに左目は光を見る事はできない。皮膚は焼けただれている。それでもエリナさんは美しい。

 僕は決心する。そして、その決心を伝える。

 

「はい。僕の命が続く限りいつまでも側でエリナさんを守ります」

「ありがとうございます。うふふ。嬉しいですわ。私も私の力が及ぶ範囲で申し訳ないですけどケイ君を助けますね。力になりたいです。ケイ君の異能を順次発現できるよう努力しますね」


 ・・・よかった。とりあえずエリナさんには受け入れて貰えた。それどころか僕を助けれくれるなんて。潜在している異能の発現かぁ。でも僕には分からない。


「あ、ああ。そうでした。本当に僕には隠された異能がそれ程あるのですか?自分では全く分からないのですけど」

「そうですよ。ご自身が気づかれていないだけですから。でも発現は簡単ではなさそうなのです。ケイ君の中に潜在している異能がある事は分かるのです。ですが具体的な内容についてははっきりと視えないのです」

「視えないのですか?今までは無かったと言う事ですね?」

「そうなんですよ。おそらくですけど何か条件があるのかもしれません。該当する異能が発現する条件が足りていないのではと。”快癒”の異能も最初ははっきりと視えていなかったのです」

「えっと、それは・・・僕が死にかけて且つ意識が無かった状態だからみたいな感じですか?」

「そのような条件だったのかもしれません。あの時は私も必死でしたので。このままでは命の恩人であるケイ君が死んでしまうと。本当に取り乱していましたもので」

「異能を持っているというのでも想像つきますが僕はもしかして特別なんですか?」

「勿論ですわ!とても特別です。・・・ケイ君は過去の事を思い出しませんか?」


 どうやら僕は思っているより特別らしい。

 僕は過去何をやっていたのだろう?所持している異能で考えると生産系な仕事はしていないような気がする。なんとなくだけど武家の技能に近いような。

 でも・・・

 

「ですよね・・・。だけど思い出せないのです。せめてどこの邑にいたのかでも思い出せればいいのですけど」

「そうですよね。簡単に思い出せたら苦労されていませんよね。でも何かのきっかけで思い出すかもしれませんね」

「その切っ掛けが欲しいのですけどね。もうさっぱり分からないです。こんな事エリナさんにいっても解決しないですよね」


 半分以上投げやりで言う。全く真っ白で何も思い出せない。もしかしたら僕は過去の事を覚えている事ができないのだろうか?心配になる。

 あれ?エリナさん何か考えているようだ。僕をチラリと見てくる。


「ケイ君。危険かもしれませんけどキュメネ邑に行ってみませんか?」


 え?いきなり。どうしたの?


「キュメネ邑とはどうしてです?僕がキュメネ邑の関係者というのですか?」

「いいえ。聞いた感じですけどケイ君を助けてくれたイキシ邑ではケイ君を知っている人はいなかったのでしょう?」

「確かにそうなのでしょうね。全員には会っていませんが面識はなさそうでした」

「同様に私が元いたネルヤ邑ですが少なくてもケイ君のような異能持ちがいる事は知りません。この近隣で他の邑はキュメネ邑とクージ邑の二つです」

「そのどちらかの邑に僕が所属していたのかと思うのですか?」

「はい。絶対ではないですけれど。キュメネ邑は不穏な状態である事はソニヤさんから聞いています。せめて近くから邑を見れば何かしら思い出す事はあるのかもしれません」

「成程。切っ掛けになるかもと言う事ですね。クージ邑は候補にはならないのですか?」

「クージ邑は元々問題が多い邑なのです。野盗が紛れ込んでいるとか悪い噂が絶えないのです。他の邑とも交流が無いので正確な位置は私にも分からないのです」


「僕の記憶のためなら危険な事はしない方がいいです。今は周辺の邑も危ない状態じゃないですか?ここで大人しくしていた方がいいと思いますよ。記憶は別の切っ掛けでも戻るかもしれないですし」

「でも、ここに隠れていても切っ掛けはつかめないわ。ケイ君だって今のままでは不安はないの?過去の事を覚えていないなんて。私は想像つかないわ」


 エリナさんはいつになく真剣な目で僕を見てくる。

 鋭い。そんな様子を出さないように僕は気をつけていたのに。ソリヤ家の人達にも気づかれないようにしていたし。実際に気づかれていないと思っていた。

 実際に気持ちがどうにかなりそうな気持が未だに収まらない。どうしようもなく怖い。何か考えていないと落ち着かない。本当に空っぽなんだ。自分の過去が無いというのがこれ程怖いと思っていなかった。

 それをエリナさんには見抜かれていた・・・ようだ。

 

 確かに記憶は戻したい。そうなれば僕の不安は取り除かれるかもしれない。

 それでも僕はエリナさんを守る事を優先した。だから僕の事は後だ。


「でも僕はエリナさんを守る。そこは譲れないんです」

「そう。それでは一緒にキュメネ邑に行きましょう。私の安全を確保するためにもキュメネ邑の状況を確認するのは必要ですわよ」

「?どういう事ですか?」


 エリナさんは説明してくれた。

 

  周辺の邑も現在何らかの襲撃を受けている。

  襲撃者は謎の異能を所持しており対抗策が現在無い模様。

  キュメネ邑は武家の力が弱いので反乱者の武力によっては制圧されている可能性が高い。

  これらの襲撃者次第ではあるが逃げた邑人を捕らえるため周辺を探索する可能性がある。

  探索された場合はこの洞穴も安全では無い。同様に遠い邑に逃げようとしても街道を封鎖されている可能性もある。

  クージ邑の動向が不明なため野盗と連携されると各邑の被害はもっと高くなる。

  

 ・・・・ダメダメじゃないか。

 こういうのも記憶が無いと対処ができないと嘆息するしかない。僕は本当に何もできないな。でも記憶が戻ってもエリナさんと同じ思考ができるかは分からない。エリナさんを守る。それだけだ。


 それを踏まえたエリナさんの方針はこうなる。


  キュメネ邑の状況を確認。最低限遠くからでも良い。交渉可能な相手かだけでも知りたい。

  他の邑の襲撃者は恐らくキュメネ邑の反乱者の一部だと想定。関連の証明をしたい。

  クージ邑も連動して動いている可能性もある。余裕があればクージ邑も探りたい。

  他の邑については各邑で対応してもらうしかない。共同して動いてくれるのが最善だが望みは薄い。


 なかなかハードだ。人数が足りないからやれることは限られている。とりあえずやれる事は限定される。


 

「分かりました。エリナさんが言うようにキュメネ邑の状況を確認するしかないのですね」

「まずはそこですね。ソニヤさんはキュメネ邑の住人でしたがどうやら状況を正しく把握されていないようです。何も分からず逃げて救援を呼ぶように言われただけのようです。詳細を知る時間も与えられなかったのでしょう」

「そういう事ですか。反乱者はきちんと計画を立て、実行できる人材もいると言う事ですね」

「そうだと思います。武家が他の邑より弱くてもそう簡単に制圧できる筈も無いです。それなりの人数もいる事が想定できます。あるいは圧倒できる異能持ちがいるかです」

「・・・もしかしてエリナさんは”啓示”のような異能を持っている者が反乱者の中にいると思っています?」


 僕の言葉にエリナさんは緊張した面持ちでいた。


「はい。祭家の血はそう簡単に他の邑へ流出する事は無いのです。例えば私のように外に出たら殺されるように、ある意味厳重に管理されています。ですので類似した異能を突発的に発現した者がいるのかと」


 成程。巫女の力では無いけど類似した異能か。そうなると。


「ああ、それで他の邑を襲撃している者達もその異能で異能を発現して貰っていると。その異能で他の邑を制圧しようとしていると推測しているのですね」

「そう考えると納得できるような気がします。ですからキュメネ邑の状況確認が優先するのかと思うのです」


 驚いた。あの程度の情報でそこまで考えていたんだ。できればライラさん達にも共有して欲しかったと思ってしまうのだけど。これはあくまでも推測だ。場合によってはエリナさんの事を話さないといけなくなる。

 それはエリナさんが望まない。


「分かりました。そういう理由なら納得です。最初からそう説明してくれたら素直に受け入れたのですよ。僕の記憶を戻すためという回りくどい事を言われなくてもよかったのに」

「そ、それは。私にとってはケイ君の記憶を戻してもらうのも同列の事です。どちらが優先する事でも無いのですよ。いえ、記憶を優先しますわね。でもケイ君は強情だからもう一つの事を話す事になったのですよ」


 心持ちエリナさんが膨れているように見える。ぷんすかって感じか。それも可愛いな。

 でもさ・・・僕のせいなの?

 それは流石に・・・。僕の記憶より大事な事でしょ?僕達の安全も関わっているのですよ?たまにエリナさんの考えの基準が分からない。でも僕の事を優先して気にしてくれるのは・・・嬉しい。

 僕の存在が認めれれているようで嬉しい。少なくてもエリナさんは僕を必要としている。

 

 そうだね。僕達の安全のために動こう。

 何が分かるかも全く分からないけど。二人でキュメネ邑へ行こう。

 危険が多いと思うけど。僕達の未来のために。

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