10.迷い人


Es's eyes 

 

 やっと厄介払いができた。

 ケイという余所者を追い払う事ができた。

 あれは他所の邑から来た間諜だ。記憶をなくした体でいれば教えてもらうという理由で色々な情報を仕入れる事ができる。だいたい記憶を無くす等信じられん。

 最近は近隣の邑でも不審者が増えていると聞く。ヤツもその類の者だろう。どのこ邑の人間かまでは知らん。

 しかし我らの狩場で負傷をし、邑で治療させようとまで企む知恵者だ。相当な計画を練っているはずだ。

 早めに追い出せてよかった。

 そもそも”迷い人”なぞ俺は見たことも聞いたことも無い。アイナが嫁ぎ先で変な話を聞いてきたんだろう。

 本家の女共は何故かケイという男を気に入ったようだ。

 ま、ライラだけは違うかもしれん。あれは家長代行の俺に逆らう気はないようだしな。

 しかし家長代行にすんなりなれるとは思わなかった。”家”の長老連中はちょろいな。ちょっと危機感を煽ってやったらすんなり指名されたからな。

 そもそも長老共は女が家長になるのには抵抗があるようだ。そこをついたという事もある。俺の知恵にかかれば簡単な事だ。

 だから俺が家長代行にすんなり収まれたんだけどな。

 実は本家の女達の狩猟の才能を知る者はいない。

 家長であった兄貴も全て自分の功績にしていたからな。だから女共の狩猟の腕が優秀である事を知る者はいない。

 女共も功績を取られても何も言わなかったしな。

 兄貴も狩人としては優秀なほうなんじゃないか。

 異能が無い俺から見ても圧倒的な差がある。兄貴の娘達も同じ異能を持っている。本家だけで四人も異能を持っているのは実は異常な事だ。

 その本家の中でもライラは違う。

 俺の眼から見てもあれの才能は図抜けている。日々訓練に励んでいるからなのか確実に抜きんでた能力を持っている。あの異能の前では兄貴ですら及ばない。

 だからこそ思った。あれを俺の妻にすれば子供は優秀な狩人になるのではないかと。

 家長代行になった以上、今の俺にはそれを実現する権限がある。

 ま、それを実行するにはもう少しの辛抱が必要だ。待ち遠しいぜ。

 

 間もなく兄貴が行方不明になって二年がたつ。

 それまでに戻ってこなければ家長代行である俺が家長となるはずだ。そうなるように仕向ける事はできるだろう。

 ライラ達は兄貴が戻ってくると信じているようだ。

 残念ながらそれは無い。

 その理由は誰にも言えない。俺が墓場にまで持っていく。絶対に気取られてはいけないからだ。絶対にだ。

 気取らなければ俺が家長になるのは確定だ。

 

 面倒な事に分家筋である俺が家長になるのは邑の中でも簡単では無い。

 本来は本家の血筋を残すのが優先される。分家は捨て石みたいなもんだ。扱いが全く違う。

 だから俺が家長代行になる事すら難しい。頭の固い長老達には感謝だな。

 後は本家の女を俺の妻にする事で解決だ。

 本家には女が四人いる。と、いうか本家は今は女四人しかいない。だから男を迎えない限り本家の血筋は絶える。なんて都合がいいんだ。

 この四人とは。

 兄貴の妻であるエッラ。これは病弱で今にも死にそうだ。結婚しても俺の子供を産むことはできないだろう。

 兄貴の娘で年長者のアイナ。俺の権限で他家に嫁がせたが戻ってきた。嫁ぎ先で何かあったらしい。それについては俺には一切話さない。狩りの才能はあるが俺の好みではない。それに俺を嫌っているのは態度でも明らかだ。こっちも願い下げだがな。

 年少者のロッタは幼児だ。婚姻対象にできるわけがない。何故かコイツも俺を嫌っている。まぁ好かれようとは思ってないからな。いずれ俺の息子の妻にしてやろう。

 あとははライラだ。

 あれは男のような恰好を好み、言葉遣いも男のようだ。知らないものが見れば男と勘違いする者もいるだろう。

 だがあれは上玉だ。

 家や邑の連中は分かっていない。一緒に行動している俺だけが分かっている。あれを妻とするのは前から決めていた。そして俺はソリヤ家の家長となる。万々歳だ。

 そうなると俺は妻を二人持つことになる。二人の妻持ちはこの邑では邑長しかいない。

 それもソリヤ家という家名が解決するだろう。我が家はは有力な”家”だ。二人の妻を持っても認めてもらえるだろう。いざとなれば今の妻を離縁すればよい。まぁこれは最後の手段だが。

 それは使う事はないだろう。ソリヤ家を無くしたい者などこの邑にはいないのだ。

 それ程この邑はソリヤ家の狩猟をたよっている。


 俺が家長になる未来は保証されている。

 早くその日が来ないか待ち遠しい。



A's eyes 


 ケイくんが邑を出された。

 決まっていた事だから私が何を言っても覆らない。あの叔父が決めたことなのだから。家長代行である以上誰も覆せない。

 それに・・・私を他家にやったのもあの叔父!

 嫁ぎ先の家は取り潰しに合い私は出戻ってきた。私にとっては良かった面が多いけど、”家”としては恥になる。

 出戻り娘を娶る家はいないのよね。余程の事が無い限り私は生涯独り身よ。でも好きでも無い家に嫁ぐのはもう嫌だわ。

 このままだと私はソリヤ家に残る事になるわね。ライラもロッタも婿を迎えて本家には残ると思うけど。私はずっと一人ね。

 私の人生は決まってしまったようなもの。家の中で一人暮らしていくしかないのよ。

 お父様が行方不明になってから私達家族は良い事が無い。

 お母様は体調崩すし。私は他家に嫁に出されるし。ロッタの人見知りが酷くなったのもこの頃だとライラから聞いた。


 あの叔父が家長代行になってから全て狂ってしまった。


 お母様はどう思っているのだろうか。本音がわからない。今は体調が悪すぎるのでそれどころじゃないのかもしれないけど。話す事もできないんだから。

 けど・・・あの叔父のいいようにされたら私達家族は離散してしまうわ。

 普段ライラから鈍いと言われている私でも流石にそれ位はわかる。

 そんなライラは何も動こうとしない。普段あれだけ強気なのに今はあの叔父の言いなりになっているのは腑に落ちない。

 妹がその気になればあの叔父を追い出すことが出来るのに。


 それをしないなんて。


 ピンチよ。ピンチ!


 ケイ君の対応だってそうだわ。

 大怪我をして運ばれてきたケイくん。

 重症なのに妙な所が冷静だった。なんとなくだけど話に聞いていた”迷い人”だと私は思ったの。瞳の色も”迷い人”の特徴だったしね。

 聞いた話だと”迷い人”は何かを変えてくれる存在だとか。あの嫌な嫁ぎ先で唯一役に立った話かも。あの家では良い事なんてなかった。思い出したくもないわ。

 

 だからケイくんが打開してくれるのではないかと私は期待したの。

 これは完全に勘。そう思うの。そうなるといいなと思ったの。


 だって彼はいい男なんだもの。邑の男性とは違う。優しく穏やかな性格。それでも何か頼りがいがあるような気配がする人。


 そのケイくんが目の前をヨロヨロしながら歩いていく。北の岩場に向かっているのよね。

 岩場で当面暮らしていくのだけど・・・とっても心配。

 持てる限度までの携帯食を渡したから食事面での問題は当面ないと思うけど。獣には注意してほしいの。ほんとに心配。

 私にしがみついているロッタも涙目でケイくんを見送っている。

 そういえばロッタはケイくんを警戒しなかった。酷い人見知りだったのに。あんなにケイくんに懐くと思ってなかったわ。

 さてはロッタもケイくんの魅力に気づいたのね。でもね、そう簡単にケイくんは渡さないわよ。

 そんなケイくんに私は家にいて欲しかったの。

 でも私にはケイくんを引き留める手段がなかったわ。

 家長代行であるあの叔父の宣言が全て。ケイくんは家に置けないと。

 お父様ならそんな事はしなかったわ。絶対にうまく理由を作って邑においてくれたと思うの。

 あの叔父はそれをしない。他人に優しくない長が家を守れるわけがないじゃないの。

 私はそう思うの。


 だから心配。


 ケイくんは狩りは全然できない。私が教えたかった。

 怪我だってまだすっかり治っているわけじゃないわ。そこを理由に粘ったのだけどダメだった。

 

 今後の私にできる事は日々無事であるようにお祈りをする事。三回は祈るわ。

 上手く理由を作ってケイくんがいる洞穴にいって無事を確認する事。あの叔父に隙があるか心配だけど。


 本当に心配。

 いっその事私も家を出ればよかったかも。どうせ娶ってもらえないし。

 

 ・・・ケイくんならお嫁さんにしてくれるかな?

 

 案外いいかも。

 ウフフ。

 

 あ~、でも心配よ。明日にでも様子を見に行きたいわ~。


Lo's eyes 


 お兄ちゃんが追い出された。

 まだ怪我治っていないのに。叔父さんが追い出した。叔父さん嫌い。

 あんなにやさしいお兄ちゃん。もっと一緒にいたかったな。だって凄い優しいんだもん。あの頭を撫でてくれるの・・・好き。

 同じこと姉さんにしてもらっても気持ち良くない。なんで?・・・お兄ちゃんだからかな?

 邑にもお兄ちゃんと同じくらいの年の男の人はいるけど。みんな怖い顔してる。ちっとも優しくない。いとこのお兄さんはもっと優しくない。会うと乱暴な事するし。・・・大嫌い。

 でもお兄ちゃんは優しい。自分の怪我で大変なのにわたしのお話聞いてくれるの。そして頭撫でてくれるの。

 もっとお話ししたかった。もっと頭撫でて欲しかったの。

 そんなお兄ちゃんを叔父さんは追い出した。

 わたしは叔父さんを許さない。

 お兄ちゃんが死んだらもっと許さない。

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