第29話 説明①

「……何のことだ?」


 突然の発言に内心驚く。

 しかし、凛久は全く表情を変えないように返答した。

 間が空いたが、それは蒼が荒唐無稽は発言をしたことによるものだと取ることもできる。


「……おや?」


 どうやら思っていたのとは違う反応だったらしく、蒼は首を傾げる。


「君が異世界人だとしたら、帰還方法に関する情報を話そうかと思っていたんだが……」


「…………」


 蒼の言葉に、凛久は思わず反応しそうになる。

 元の世界に帰る方法は、凛久が旅をする最大の目的だからだ。

 蒼の言う情報は得たい。

 この世界に来て、見ず知らずの自分に生きる術を教えてくれた蒼のことも信じたい。

 しかし、尾行させていたとなると、何か嫌な予感がして仕方がない。

 そのため、凛久は無言を貫いた。


「風巻に君を尾けさせていたから、隠しても無駄なんだけど……」


「…………」


 これまでの行動から、蒼は確信して言っているようだ。

 どうも隠せそうにない。

 帰還するための情報も得たいことだし、白状した方が良いのだろうか。

 凛久は表情に出さないまま、どちらにすべきか考える。


「……君の秘密を聞く前に、私の方が話すべきか……」


「蒼様!」


 尾行されていたと知ったことで、どうやら凛久は話すつもりがないようだ。

 本人の口から証言してもらうためには、自分が先に手の内を晒すべきだと、蒼は諦めたように一息吐いて呟いた。

 そんな蒼に、風巻が待ったをかける。

 わざわざ蒼が手の内を晒さずとも、凛久に異世界人だと吐かせる方法があるからだ。


「良いんだ。我々は凛久に協力を求めることになるのだから……」


 風巻の言うように、凛久に異世界人かどうかを吐かせる方法はある。

 自分や風巻の実力なら、凛久を力で簡単にどうとでもできる。

 しかし、蒼としては力でねじ伏せて言うことをきかせるという選択を取りたくない。

 そのため、風巻の制止する声を、手を向けて制した。


「まず……」


「…………」


 意を決したような蒼の表情に、凛久も息を飲んで待ち受けた


「こう見えて、私は女だ」


「……うん。知ってる」


「……えっ?」


 一旦間をおいて何を言うのかと思っていたら、分かっていることを言われたので凛久は話の続きを待つ。

 しかし、どうやら蒼は自分が驚くと思っていたようだ。


「この国の人間は気付いていないようだが、俺は薄々気付いてた」


「そ、そうか……」


 驚かそうと思って秘密を話したというのに、凛久が全く反応を示さなかった。

 わざわざ間を空けて言った自分が恥ずかしかったのか、蒼は顔を赤くした。


「たぶん結構良いところのお嬢だろ? 細かい所作が出てたぞ」


「なるほど……」


 凛久が蒼を女性だと気付いたのは、その所作だ。

 日本人というか、日向人の指先まで意識を向けた所作。

 それが見え隠れしていた。

 しかし、いくら日本に似ているとしても、一般の日向の女性全員が同じように所作が美しいのか疑問だ。

 イタヤの町で初代国王に関する文献を調べているうちに、日向の情報も自然と目に入った。

 それを読むからに、王侯貴族の子女には幼少期から武道に舞踊などの教育が施されるそうだ。

 蒼はそれで得た所作が完全には隠せなかったのだろう。

 だから凛久は、蒼のことを良いところのお嬢様なのだろうと判断したのだ。


「良いところの……、というのは正解だな」


 隠しているつもりだったのだが、染みついた行動は隠せるものではなかったようだ。

 凛久の洞察力はかなりのもののようだ。

 しかし、さすがに身元を完全に知られるようなことはなかったようだ。


「私は日向王国現国王、日向吉護よしもりの長女だ」


「っっっ!! ……おいおい、まさかの姫様かよ……」


「おぉ! 驚いてくれた!」


 貴族の可能性は考えていたが、まさか王族だとは思ってもいなかった。

 明かされた蒼の身分に、凛久は目を見開く。

 そんな凛久を見て、蒼は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「驚くとかそんな事より、何でその姫様が身分隠して遠く離れた地にいるんだ?」


 ここは日向から遠く離れている。

 お姫様がこんな所まで何の用で来ているのだろう。

 しかも、冒険者なんかして……。

 旅行はもとより、こんなに離れた国との交流できているとも思えない。


「……簡単な話だ。跡継ぎ問題だよ」


「跡継ぎ……」


 イタヤの図書館で知ったことだが、この世界では色々な国で跡目に関する問題が起きている。

 どうやら日向も例外ではないようだ。


「1年程前、父の吉護が原因不明の病に倒れた。医者の話だと、床から出ることもできない状況らしい」


「……らしい?」


「何の病か分からないため、念のため我々も面会できない状況なんだ」


「あぁ、なるほど」


 父が倒れたというのに、蒼はその症状を見ていないような口ぶりだ。

 そう思って言葉尻を捕えると、蒼はその理由を説明してくれた。

 感染するかどうかも分かっていないのだろう。

 それが判明するまで、いくら家族でも近付けないようにするのは当然の処置だろう。


「私には2人の兄がいるのだが、父はまだ誰を次期国王にするのか決めていなかった。そのため、そんな状況で父が倒れたため、次期国王を誰がやるのかが問題になった」


「……たしか、多くの国が長子に継がせるんじゃなかったっけ?」


 跡目争いで揉める多くが、跡継ぎを決めていない状況で王が罹患や崩御した場合だ。

 そうならないためにも、早くに決めておくべきだ。

 この世界だと、男女関係なく長子に継がせる国が多いと本で読んだ気がする。

 日向は違ったのだろうか。


「……私のせいだ」


「蒼の?」


 日向も長子に継がせることが多いらしい。

 しかし、今回の場合、王は決めかねていたそうだ。

 その理由が、3番目の子である蒼だというのはどういうことだろう。


「兄たちにはなく、私に初代様と同じ剣の才があった。それが理由だ」


「剣の才……」


 剣を習ってそこまで経っていない凛久から見ても、蒼の剣の腕は相当高いことは分かる。

 まだAランク冒険者という話だが、数年後にはSランクにもなれるだろうとヤーセンの町にいた時噂されていた。

 凛久も同じ考えだ。


「建国した初代様は、いまだに尊敬される存在だ。そのため、その初代様に近い剣技を持つ私を国王に、という思いが父の頭にあったようだ」


「そうか……」


 初代の力によって日向という国ができた。

 その初代に匹敵する程の剣の才を持った子(蒼)がいる。

 長子にするべきか、蒼にすべきか。

 決めかねていたら病に倒れたなんて、ついてないとしか言いようがない。


「父が倒れてすぐ、兄たちは自分こそが王にふさわしいと立ち上がり、すぐさま貴族を取り込みにかかった。そして、2人共まず私を暗殺をしようと試みた」


「…………」


 急にきな臭い話になり、凛久は思わず口をつぐんだった。

 長子である長男が動くのは分からなくはない。

 しかし、次男までというのは面倒な話だ。

 この混乱に乗じて、兄と妹から王の座を奪い取ろうと考えたのだろうか。


「風巻とその部下たちのお陰で2人の企みを知った私は、日向から逃れることに決めたの」


 兄たちから暗殺者を向けられるなんて、とても悲しかったのだろう。

 蒼は俯きながら話してくれた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る