機内にて、思ふ

 機内の座席シートに座り、私は煙草タバコむ。隣の座席シートに座った男は、わざとらしくむせせ、パタパタと団扇をあおぐように手を振り、漂う煙を振り払う。それでも、私は煙草を呑む。気遣いなど無用。なぜならこの隣の男、実は私の古い友人なのだ。名は峯田みねたう。

 親しき仲にも礼儀あり、とも言うが、我々の仲では通用しない言葉である。互いに悪戯をして、互いに嫌がることをする。礼儀なんて言葉を知らないのかと言われれば、そうでも無い。ただ、互いに生真面目になれば互いに鳥肌が立つ。そんな仲なのだ。

 そんな仲の我々は今、ある事情により2人で飛行機に乗っている。乗客用の座席シートは幾つもるらしいが、乗客はどうやらそこまで多くない。尤も、乗客が多ければそれはそれで鬱陶しい為、乗客が少ない方が都合が良い。

 根元近くまで火が歩んだ煙草を座席シート横の灰皿に捨て、私は窓の外を見る。まだ離陸していないため、灰色のアスファルトしか見えない。この飛行機に乗った時点で、私と、峯田と、その他の乗客達は皆、アスファルトで舗装された地面、もとい、大地から離れた。我々が靴越しに触れているのはあくまでも飛行機内の床であり、地面ではない。言い換えれば、我々は今、地から足を離して少し高い場所に居る。そう思うと私は無性に、アスファルトで舗装された広く続く地面が恋しく思えてくる。

 諦めろ。もう乗ってしまったんだ。目的地に着くまではもう降りられない。地面にさえ恋しさを覚える私の心境を察したのか、峯田が私に云う。分かっている。云われなくともそんな事は分かっている。しかし分かってはいても、地から足を離してしまった現状が、どうにも落ち着かない。

 ただ、どうやら、峯田もあまり落ち着いてはいないらしい。先程から何度も脚を組み、組んでは脚の上下を入れ替え、また組み替え、と、顔にこそ出さないが少々取り乱していることは容易に想像できる。

 間もなく発車致します。機内に響く声。その声を聞いた途端、機内の雰囲気が変わり始めた。ある者は顔をくしゃくしゃにして泣き始め、ある者は悔いるかのように頭を抱え、ある者は静かに瞼を閉じた。

 嗚呼、もう行くのか。峯田が云う。そうだ、もう行ってしまうのだ。我々はもう、二度と此処ここへは戻って来ぬ。我々はもう、あの地面に立つことは無い。それは私も、峯田も、乗客全員が同じこと。

 湿っぽくなりつつある機内の空気を知ってか知らずか、我々を載せた飛行機はゆっくりと加速し、助走し、遂には空へと向かった。



 嗚呼、もう戻れない。

 嗚呼、もう煙草を呑めない。

 嗚呼、もう、皆に会うことは無い。

 何故ならば、我々の向かう場所は俗に云う"あの世"というもの。

 誰もが哀しむ。誰もが悔いる。あの世へと向かう飛行機に乗ってしまったことを。


 その飛行機は、白装束を纏った我々を載せ、静かに、着実に、確実に、我々をあの世へ運んでいく。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

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