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 須王くんが連れてきてくれたのは、アップテンポなジャズミュージックが流れるカフェバーだった。平日にも関わらず、店内はなかなか賑わっている。

「長谷川さんは何にされますか?」

「私はとりあえず、ビールで」

 そしたら、俺も、と須王くんもビールを頼む。

「あー、お腹空きましたねえ、何食べましょうか。お、このパスタとか美味そうですね。あと、サイコロステーキと、フライドチキンもいいですねえ。あ……、すみません、俺ばっか好きなものを。長谷川さんは何か食べたいものありますか」

 申し訳ない、という表情の須王くんを見て、私はくすくす笑う。

「いいよ、私もお腹空いてきちゃった。パスタもステーキもフライドチキンも食べよ」

 以前、SNSの男性と飲みに行ったときには、お腹が空いていたのに、好きなものを食べられずにお酒でお腹を膨らませていた。マスターが作ったお酒は、凄く美味しかったけど、私にはこういうお店の方が性に合う。

「――それで今、企画してる“骨盤矯正のバランスチェア”はイケると思うんですよね。デザインもすっきりとしてお洒落だし、軽いから持ち運んだり、あと、仕事中とか、運転中も使えるし」

「うんうん、私も今、試作使ってるけど凄くいいよ。なんか背筋がピン、ってなる感じ。家にも持ち帰りたいくらい」

「ほんとですかっ、やったあ。長谷川さんのお墨付きがあれば間違いないですね」

 須王くんと話すのは楽しかった。彼は社交的だし、仕事にも前向きで明るくて、そんな彼につられて私もつい笑顔になってしまう。彼こそ世間から見ても理想的な彼氏像なのには違いない。須王くんの彼女は本当幸せだなあ、なんて羨ましく思った。

 それから酔いを少し冷ますために、駅前の広場で休んでいた。夏の夜風がぬるく吹く中、目の前の噴水が涼しげな音を立てている。キラキラとした紫吹が立つ中、周りの石段にはカップルが何組か腰を掛けていて、なんだか凄くいい雰囲気だ。もしかして、私たちも“そんなふうに”見えているのかな、なんて考えたら、ちょっとだけ気分が良くなった。

「今日は本当、付き合ってもらってありがとうございました」

「ううん、むしろ私が、ありがとう。久しぶりにいっぱい笑った気がする」

「そう言ってもらえたら誘った甲斐がありました。もし良かったらまた近々、食事に行きましょう」

「ありがとう。でも、あんまり行くと須王くんの彼女も良い気はしないと思うんだ。だから、気持ちだけ頂いとくね」

 そう言うと須王くんが黙り込んでしまう。あれ、私、変なこと言ったかな? と不安になった。

「……あの、須王くん?」

「長谷川さん、俺、皆にずっと嘘吐いてました」

「え?」

「彼女とはもう1年以上前に終わってるんです。これまで仕事仕事で、ずっと忙しくて、ないがしろにしてたら愛想尽かされちゃいました」

 そんな突然の爆弾発言に、私は目を丸くした。

「けど、会社でそれを言うと、また色々面倒になりそうで。だから、ずっと彼女がいる定で周りにも言っていたんです」

「そう、だったんだ」

 確かに須王くんがフリーだと分かったら、若い女性社員たちが放っておかないだろう。

「けど、仕事もようやく自信がついてきて、だから今度は、ちゃんと好きな人を幸せにしたいと思ってるんです」

 向けられた須王くんの真っ直ぐな瞳(め)に思わず、どきり、とした。辺りの音が一切聞えなくなって、まるで時間が止まっているみたいに思えた。街灯に照らされた彼の顔が、少し赤く見えるのはさっき飲んだお酒のせいだろうか。

「俺、長谷川さんのことが好きです。真剣にお付き合いしたいと思っています」

 私の顔がこんなに熱いのは、まだ酔いが冷めていないからだろうか。


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