令嬢は強かだった
青緑
第1話
彼女はリスズ・フォン・フォルス。フォルス侯爵家で生まれ、十歳の頃まで次期当主として育てられ、十五歳まで武術や体術を教わった。だが十五歳で大人と認められるために教会で神による祝福を受けるために一度王都に行かなければならないのだった。
◆◆◆
リスズが十五歳になった、ある日…。
「リスズ様。もう立派に一人前の学問・経済・政治に関する全ての知識を習得なされました。これでは同年代の子と学園に行く必要性が無くなりましたわね。」
「えぇ、あなたのお陰よ。リース爺様。」
「ほほほ、リスズ様に私の持つ知識を受け継いで貰っただけに御座います。しかしながら」
「ん?」
「リスズ様には軽い武術をお教えなければなりません。もし教えている最中に怪我でもされたら、私は…」
「大丈夫よ!武術と言っても、自身を守る武術くらいだわ。私は侯爵家の次期当主になるのよ?別に武闘派になりたい訳じゃ無いわ!」
「そうですね。あと五年経てば、リスズ様も祝福の日を迎えるのですね…」
「何が言いたいのかしら?」
「そのですね、もしですよ?もしもリスズ様のステータスが当主向きでなかったら、侯爵家から離されるのですよ。武術くらいは多めに覚えておくことをお勧め致します。武術以外にも、剣術や槍術といった戦い方もあります。あとはリスズ様次第にございます。」
「えぇ、そうですわね。兄のようにはなりたくありませんわ。」
「そう…ですね。ケイン兄上様の称号は『凡人』で、
「えぇ。でもステータスなんて、思い通りにはなりませんものね…」
「お嬢様。」
「仕方ないわ、もし私が駄目でも妹や弟達が居るわ!私は今できることをやるだけよ、さぁスケジュールを組んで頂戴!」
「はい、承りました。」
それから四年と半年が過ぎ、秋に入った頃のこと。リスズの母が病に倒れ、部屋の一室に隔離された。医者の話では不治の病らしい。つい先週まで元気に散策を楽しんでいた母が倒れ、当主である父は苦しんだ。父はありとあらゆる医師や知人を頼り、調べさせても何の手掛かりすら無い。リスズは毎日のように病室に通い、母を元気付かせようと必死になった。涙が止まらなくとも、リスズは母の事を想って看病し会話を続けた!
だがリスズの想いは叶わず、とうとう母は冬を越せずに息を引き取った。その日、家族と泣き続けた。その日は兄ケインも帰っており、フォルス侯爵領の領民と共に嘆き悲しんだ。
そして母が亡くなってから父は亡霊に取り憑かれたかのように痩せ細り、髪が抜け落ちていく。リスズや妹達も父を励まし、侯爵領を収め続けた。そうしてリスズは十五歳になり、教会から招集がかかった。教会からの馬車には御者と、司書のような白衣の者がいた。
「お父様、行ってまいります。」
「あぁ、行ってらっしゃい。気を付けて行くんだぞ?」
「はい。お父様の事を頼みます、リース爺。」
「はっ!この命に代えましても…」
「さて御者の方、よろしくお願いします!」
「はいよ。」
「こんにちは。これから、よろしく。」
「はっはい、お嬢様。」
「もう侯爵領を出るのですから、敬語は無しです!良いですね?これから三日間、共に夜を過ごすのですから。そう畏まっていてはお互いに辛いだけですわよ?」
「は…はぁ。では、よろしくお願いし」
「ほら!敬語は使わずに話して頂戴」
「は…分かったわ。これから三日間のあいだ、よろしく。リ…リスズさ…ん。」
「ふふ、リスズで良いですわ。お互いに気楽にしましょう?」
「ふふふ、そうね。では、お言葉に甘えて。私の名は、アリスよ。」
「あら。可愛い名前ね、アリス」
「「ふふふ…」」
それから野営地で干し肉を配給されたが、味は鼻に皺が寄ってしまう程に臭くて苦い物だった。教会の方は干し肉ではなく、パンや野菜スープを食べていた。白衣の人は教会所属だと「神官」と呼ばれているらしい。神官とは神の言葉に耳を傾け、住民を助けると教わった。が今の教会は教皇が倒れて麻痺しているらしく、神官の勝手な行動でおかしくなっていた。私は神官へと歩み寄ると、神官は眉間に皺を寄せて言ってきた。
「何か用ですか?下賎な…」
「いえ、なぜ私達は干し肉だけなのでしょうと思いまして。」
「ふん、下賎な者が神官である我が分けると思うか?私は神官なのだ、貴様等に食べさせているのだから有り難く頂けば良いものを!」
「では侯爵家令嬢である私も同じなのですか?私は神官とは民を助けると教わったのですが…」
「それは、いつの話かな?所詮は昔の話だ。今は教会の責任者たる教皇は倒れているのだ、私や同胞が何をしようと何も起こりはせぬのだ!」
「分かりました、十分に分かりました。では私は勝手に動いて食べます。」
「あぁ、それで良い。もし怪我をしても、責任は持たんからな。」
「えぇ、お構いなく。」
「………」
私はそれだけ言い張ると、何を勘違いしたのか唖然とした表情となった。私は気付かないフリをして森へ向かった。森では生い茂る草木の中から一見すると只の草原だが、薬草となる草と調味料になる野草を採取する事にした。薬草を探して数分経った頃、猪に似た魔獣を見つけたので、木の枝の先で釘刺しで倒し、首元を護身用の短刀で切り血抜きを待つ間に、今度は調味料用の草を探した。
月が真上から少し傾いた頃、狩った魔獣と草を引きずりながら野営地へ戻った。戻って早々に神官が真っ青になり、御者は転倒した。アリスは涙目で駆け付けてきた。アリスはリスズが森に入ってから、なかなか戻らないので神官に呼びに行くように頼み込んだが取り合ってもらえなかった。しかし森の中から叫び声が聞こえて教会からの護衛が警戒し、静まって数刻経つとリスズが帰ってきたと説明してくれた。神官は何か聴きたそうであるが、スルーして魔獣を解体して食べられる部位を分け、穴に埋めた。魔石は取れたが入れられる袋が無いため、森に向けて投擲しようとすると護衛の騎士に強引に奪われた。しかしリスズにとっては計画通りだった、教会内が腐敗しているならば幾ら暴いても構わないと察したからだ。
そうとも知らず、騎士は懐に隠して神官を励ましていた。リスズは焚き火を焚いて魔獣の肉を焚き火の中にあった石の上に置いて焼いた。そこに先ほどの調味料の草を千切って焼いた肉に
その場には介抱される御者と、寝不足で目の下に隈を作った神官と護衛騎士、それをスルーして焚き火を起こすアリス。リスズは彼らを放置してアリスの元へ向かった。
「アリス、焚き火は順調?」
「えぇ。朝は冷えるからか、なかなか着かなかったけど今着いてるわ!」
「そう、良かったわ。あ、こんなの狩れたわ!」
「これって…」
「そうよ、アレよ!…って事で、焼くわよ。」
「うん!」
その朝もリスズとアリスは肉を食べ、神官と護衛騎士と御者はパンを食べた。この日は珍しい魔獣が見つかったので、こっそりと毛皮を剥ぎ、魔石を取った。ここで毛皮は水で洗って干したものを懐に隠して、魔石は護衛騎士が監視する目の前で砕いた!護衛騎士は焦って粉末と化した魔石を集めたが、風で飛ばされてしまった。そこで騎士に怒鳴られたが、「要らなかったので、砕きました」というと何も返ってこなかった。ただ騎士の顔が引き攣っていたのは覚えている。そうした食事が続いて3日後に教会のある王都へ着いた。その日は来訪を伝える為に国王への謁見という事でフォルス侯爵家王都邸へ出向き、アリスと入った。入って早々にメイド長に会うが、リスズの血や泥に染まった格好を見て、王都邸にて絶叫が響いた。
「メイド長、商業ギルド長と冒険者ギルド長を呼んで!」
「はっはい!」
「それと、この子…アリスを頼みます。」
「はい、分かりました。ですが立会いには参加させてください。」
「えぇ、良いでしょう。それと…」
「何でしょうか?」
「明日はホルフ国王陛下に謁見なのですが、その前に今日中に私のこの手紙を渡してください!」
「はっ、仰せのままに」
…数刻後
「冒険者ギルドマスターのロードンです。」
「商業ギルドマスターをしております、ゴウンです。」
「私はフォルス侯爵の娘リスズと申します。此度は急な呼び出しに応じていただき、有難う御座います。ロードン様とゴウン様ですね。」
「はい」「そうです!」
「「むっ!?」」
「今回はコレを売っていただけないかと思いまして、ゴウン様をお呼びしました。」
「ほう、これは希少種のアナウ…いえ魔獣の毛皮ですね。なかなか出会えないと聞いていましたが…」
「今回、私は十五歳になったので教会へ行く為に王都へ来ています。その道中に一、二ほど揉め有りまして、食料調達で狩りました。」
「そうでしたか、ははは。ですが、その揉めた事には些か気になりますが…」
「その話は後にしましょう。それで買い取っていたけますか、ゴウン様。
「はい、買い取らせていただきます。いえ、買い取らせていただきたい!」
「えぇ、どうぞ。二つ有りますので…」
「随分と手際が宜しいようで…」
「えぇ、侯爵領で鍛錬した成果ですわ。」
「そうですか…」
「さて、ではロードン様。」
「はい、何か依頼ですか?それとも、何か冒険者が何かを…」
「いえ、侯爵領では良くして下さっているので大丈夫ですわ。それより、この魔石を」
「む?こ…これは一体なんでしょうか」
「これは、この毛皮の持ち主や王都へ来るまでに3日間狩った魔獣の魔石です。本当は拳大の魔石も…あったのですが…」
「…っ!!ど…どうかしましたか?」
「いえ、猪の魔獣の魔石なのですが。」
「はい」
「その魔石を王都までの道中で護衛をして頂いた聖騎士に奪われてしまいまして。」
「「なっ!」」
「その聖騎士は、今はもう教会へ帰っていますが…。私は教会へ訴えても何もできないので、今は悔いる事しか」
「確か、道中には神官が着いていた筈ですが?何も言われなかったのでし…」
「言いましたが、『知らん』との一点張りで。」
「でっ…では…、あっ!道中で食料調達に…とは、どういうことですか!」
リスズは懐から小さな布で包まれた物を取り出して、2人のギルドマスターの目の前に出て、話を続けた。
「私と同行者のアリスの食事に出された物は、こちらです。私は干し肉を一切れ渡され、神官と聖騎士と御者はパンとスープを食べていました。私も訴えたのですが、『下賎な者に渡す事は出来ない。今は教皇が倒れているのだから、誰に何を言われる事もない。』と言われてしまいまして。幸い、野営術などを当家で教わっておりましたので、難なく倒せました。でも流石に服の替えがなかった為、今はこのような格好で申し訳ありません。」
「この事は他に誰が?」
「国王陛下には、その旨を手紙でお送りしました。明日は謁見ですからね。」
「では我々は我々で行動いたします。」
「我が商会ギルドも賛同致します。」
「有難う御座います。」
そこからは侯爵領での出来事や、最近の治世について話し合いが始まった。始めは緊張した雰囲気も今では和やかな雰囲気に変わり、メイド長もほっと肩の荷が降りた。しかしメイド長は紅茶の配給と入れ替わりに部屋を出て、フォルス侯爵家本家へ事の旨を伝える手紙を送りに行く。それから冒険者ギルド長と商会ギルド長と談笑していると、王都邸の執事が慌てたように部屋へ入ってきた。
「お嬢様!」
「何かしら、今は商談中ですよ。何か問題ですか?教会の方なら追い払って下さい、『今日は体調が悪いから明日に来るように」と!」
「お嬢様、そ…それどころではありません!」
「では何が…」
「国王陛下が近衛兵を連れて早馬で向かって来ております!何も知らせがなく、凄い剣幕でいらした、とのことです!」
「「えぇ!?」」
「それと…」
「まだ何かあるの?」
「教会から至急、お嬢様を呼べと…。っ、お嬢様!?」
「ロードン様、ゴウン様、申し訳ありません。邪魔が入りそうですので、掃除して来ます!」
「「掃除?」」
「お嬢様!どうか、お鎮まりに…」
私は扉を開け、廊下に飛び出した。そして壁に掛けられた笛を吹いた。これは緊急時にと前フォルス侯爵領主が取り付けたものであった。吹いて数分後に武器を手にしたメイド長が筆頭に隊列を成して並んでいた。冒険者と商業ギルド長は怯えていたが、私はスルーして命令する。
「緊急事態です!父がいない為、娘である私、リスズ・フォン・フォルスの名において命ずる。この邸宅を死守します!また彼らを保護して!」
「「はっ、畏まりました。」」
「お嬢様、お止めに!正気の沙汰ではありません、相手は聖騎士ですぞ」
「はぁ」
「お嬢様?」
「リスズ様?」
「リスズ令嬢、何を?」
「あとはメイド長に任せます、私はここの窓から失礼します。」
「「「え、ここ3階…」」」
「お嬢様の援護を!」
「「はっ!」」
それから冒険者ギルド長と商業ギルド長とアリスを奥の部屋へメイドが案内し、王都邸の門を突き破って聖騎士が進むなか、リスズは窓から飛び降りて、槍やら斧やらを投擲しつつ牽制。その隙を埋めるように前後左右を武器を持ったメイドが守り、聖騎士の後方より国王と近衛兵が眼に映る。そこでリスズはホッとする。
◆◆◆
…時は少し遡ってリスズの手紙が国王の執務室に届いて、国王が宰相から読み上げたリスズの手紙。そこで宰相が国王に向かって問う。
「ホルフ陛下、どう致しましょう。」
「直ちにフォルス侯爵の王都邸に向かうぞ!近衛兵と乗馬にて向かう。」
「はっ、畏まりました。」
ホルフは近衛兵を連れて、王城から離れてフォルス侯爵家王都邸に向かった。王都邸に着くと、そこには邸門の前で教会の神官が数名掛け合っており、その後ろから聖騎士が詰め寄っていた!近衛兵の指揮をとる者に偵察を頼み、その場で待機する。
偵察が戻るまで待っていると、侯爵の邸門前の様子が急変する。神官が聖騎士との話が済むと横に移動し、聖騎士は邸門を破ろうと腰の剣を抜く。国王は顔を顰めて動こうとするが、近衛がそれを制する。そんな行動を2、3繰り返していると偵察していた者達が戻って来るなり、近衛が数回話す。
「現状の状態は、どうなっておるのだ?」
「はい。偵察部隊によりますと、教会からの密命ということで邸門前で執事と会話していたようですが、執事は随時首を振っていたのですが。その…」
「さっさと言わぬか!」
「は…はい。その…神官が怒って聖騎士に何か言うと、剣を抜いたそうです。また、その剣で門を壊して中へ侵入しようとしているようです。…っ」
国王に話していた者が背後より何か聴くと、顔色が青ざめていった。その顔色から何かを察したようで国王が近衛の肩を抑え、真剣な面立ちで近衛を睨む。
「どうした、何か新たな情報か?」
「あの…。まずは手をお放しください…」
「良い。それよりも早く教えろ!」
「はいっ。フォルス侯爵令嬢が
「なにっ!おい、我に続けー」
「なっ。陛下、お待ちを…」
ホルフ国王は慌てて乗馬した近衛兵を背景に侯爵邸へ向かって行く。邸門で群れた聖騎士が王の行軍を見上げ、恐怖が顔に表れる。
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