2

 学院の正装でやって来たところといい、それにしてはせめて馬車程度を走らせてくれば良かったのにと思ってしまった。  

 彼の身分では単騎で歩き回ることは、世間からすれば相応しくない。

 爵位に恥ずべき行為と言われても仕方ないからだ。

 そうなると体面を気にするのも惜しいくらいに急いで用意して来たのだろうと考えてしまう。


「いきなりだ。だが、これでも――そうだな、礼儀知らずか……。家を通して来るべきだった」


 その天然なのか、どこか抜けているのか、考えずに行動して後から指摘されるのはいかにも彼らしいと言えば、彼らしい。

 つまり、それだけ熱心で、本気で、しかも――二度とないというくらいの気構えで来たのだろう。


「いいえ、もう。ここまで来て遅いですわ。アンソニー……お父様がダメだと言われたら、いいですか?」

「その時は――覚悟をしている」


 覚悟の中身を聞くのが怖かった。

 彼はこれだと決めたらそれ以外の物事から関心が失われるほど、集中力が素晴らしい。それは良い傾向だけど、周りが幸せになれるような決断ではないかもしれないからだ。

 何となく聞いておかなければならない気がして、私はアンソニーにどう決めたの? と一声かけてみた。

 すると彼は言うのだ。


「家を捨てる決意をしてきた」


 悪びれず、はっきりと……。

 これには唖然とするしかなかった。

 この世間知らずの公爵令息は、身分を捨てて庶民になった元貴族が今と同じように生活していけるとでも思っているのかと呆れてしまう。 


「いいですか、アンソニー。世間はそんなに甘くありませんよ。貴方は家を捨てるなら軍隊にでも行って、軍功でも立てて下さい。将軍にでもなれば、どんな女性でも貴方を見るでしょうから」

「……ロゼッタ。僕は君が欲しいんだ」


 この告白にはその場にいた家人はもちろん、公子が来たと聞き、庭園の端にから慌ててやってきた義母すらも驚いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る