4 デーモンAI:Demon's

 山吹色に発光する熱を帯びた文字列がヘビのようにうねる。それはこの世に実体化する仮想空間――演算領域ラプラス

 チキチキと金属が噛み合う音が聞こえる。

 赤熱する文字列は冷えて鈍色の金属の骨格となって組み上がり、触手の様に蠢く。

 そこに別の、蒼い冷気を帯びた文字列が浮かび、文字は蒼い半透明のゲル状に実体化して、金属骨格の表面を覆った。

 長く太い触手が二本に、短い触手が八本。


「……イカの、足……? かな?」


 右手の銃で顔を庇いながら掴んでいた男の身体を見ると、爆ぜた頭の残った下顎から、蒼く発光する冷気を纏ったゲル状の触手のようなものが生えていた。


「うえ」


 呻きと共に銀の手が再び射出され、その触手を首に生やした男をコンビニ看板の支柱に叩き付ける。

 勢い、看板がグラりと揺れて、古臭い電飾が明滅。

 頭を撃ち抜かれて道路に倒れていたジャンキーも頭から、鈍色の骨格に蒼い半透明スライムを纏った触手を生やして起き上がる。

 さながら安いゾンビ映画だ。


「身内の脳みそを『デーモンAI』の触媒にするとかさぁ……どういう神経してんの?」

「そいつらは外郭アウターをうろついてる木っ端チームの兵隊だ。ウチのモンじゃあねぇ。それにその【脳喰らいブレイン・イーター】ってAIアプリの試験も仕事の内でな……おじさんは色々と大変なンだよ」


 威勢の割に、サングラスの男は距離を保ったまま、こちらの状況を伺っている。

 電磁加速レールハンドガンが再び火を噴いて、一度頭に風穴を開けた男の胸を撃ち抜くが、心臓を撃ち抜かれた衝撃でグラりと揺れただけ。

 低温の触手をのたくらせながら、ゆっくりと歩を進める。


「これはAIアプリじゃなくて……いや、ヒトから貰ったってんなら、大分出来損ないを掴まされてるよ? 防壁ICEが半分溶けてるし……」


 手足を撃った程度では止まらない【強化薬アクセラレータ】中毒者でも、頭か心臓を撃ち抜けば止まる。

 そのどちらもを撃ち抜かれて動いているこいつらは、すでに生物の範疇にないということだった。


――シャアッ!


 ヘビの吐く威嚇のように金属の擦れる音を立てながら、鈍色の骨格を持つ半透明ゲルの触手が伸びて、マキシの両腕を絡めとった。


「生暖かい……気持ち悪。演算の熱を冷却しきれてないし、構造が悪いのか、触媒が悪いのか。これ、ほんと誰から?」

「質問するのはこっちだぜ……スピンドルは何を企んでいる? お前の目的はニュートウキョウ観光じゃないンだろう?」


 腕に巻き付く触手を意に介さないマキシに、金髪サングラスの男は陰から姿を現して脅しつけた。

 もう一体のジャンキーの頭の触手が伸びて、マキシの足に巻き付く。


「マニュアルによると、そいつは演算領域ラプラスが実体化してできたオブジェクトらしいぞ。いくら戦闘義体ウォーフレームの馬鹿力でも振りほどけまい」

「馬鹿力とは失礼な」


 両手両足を触手に巻き取られたまま、マキシの余裕は崩れない。

 AIアプリでも可接触オブジェクトを投影することは可能だ。しかし、人体、ましてやサイボーグを拘束するような出力は決して出ない。


 通常であれば。だが、この触手に用いられている演算術式エンジンは、AIアプリのものではなかった。


「起動したら下手に操らず放置しろと言われたが、一応、俺の云うことは聞くらしいからな」

「マニュアル片手に、知らないで制御してるとか……よくもまあ……」

「このまま、その触手で犯してやっても良いンだぜ? 嬢ちゃん」

「嬢ちゃん……ね。変態向けのアダルト・バーチャAVでも撮る気? それとも人形を犯す趣味でも?」

「ン? そうさな……スピンドルの殺戮人形キリングドールを犯すって考えりゃ、仕事抜きで興味が湧くといえば湧くが……」

左様さいで」


 随分と柔軟なリアクションをする金髪サングラスの男。

 呆れた声を出すマキシの背後。カタカタと古めかしいコンソール・キーを叩くような音が鳴っていた。


脳喰らいブレイン・イーター】の時よりも熱量の高い、山吹色に赤熱する文字列がマキシの傍らに集まっていく。

 それらは急激に冷えて、黄金の骨のようなものに変貌し、チキチキと金属が噛み合う音を鳴らしながら組み上がる。

 瞬く間に、粒子の文字列は黄金の骨格となった。

 巨体痩躯の四本脚。

 頭に戴くのは掌のように枝分かれした、ヘラジカのような角。

 触手とは違い、鹿の黄金骸骨が纏うのは、空気をも凍結する氷の鎧だった。


「嬢ちゃん、そいつは……『なンだ』……?」


 黄金の骨格、氷の鎧で形作られたヘラジカが一歩踏み出すと、アスファルトが凍結した。

 そのあちこちで過剰冷却された粒子端末グリッターダストが、細い霜のような具現化構造マクスウェルとなって生える。

 雪の草原が具現化したような空間の中心に立つ、氷と黄金のヘラジカの角の間に、蒼いプラズマが収束し始めた。


「――デーモンAI【金鹿竜ハイレイス】」


 蒼光一閃。

 その巨大な角の間から放たれた極細のバーナーのような閃光が、マキシを縛り上げるゲル状触手を一瞬にして焼き切り、寄生しているゴロツキの頭部を薙ぎ払った。

 のたうつように光刃が奔ったアスファルトには、鋭利な刃物で斬り入れたように裂け目が出来ている。


「今のは電離溶断光刃アークスライサー……か? 領域支配戦闘機A.S.F.の? 粒子制御デーモンデバイスにそんな出力は無いだろ……」


 黄金の骨格に、氷で出来た外装で纏って出現した機械仕掛けのヘラジカを見て、金髪サングラスの男は戦慄を隠せなかった。


領域支配戦闘機A.S.F.と同じ出力でぶっ放したら、ボクもキミも吹き飛ぶよ」


 それはつまり、本気を出せば、世界最強の航空戦力である領域支配戦闘機A.S.F.と同等の出力が出せるということを暗に語っていた。

 ゆっくりと電磁加速レールハンドガンが向けられる。


「それじゃあ、話の続き。キミの目的は? この出来損ないのデーモンAIはどこで手に入れた?」

「話すと思う――」


――キィンッ!


「命を捨てるか、意地を捨てるか、今、選べ」


 躊躇なく引かれた引き金と、高音の電磁加速レールハンドガンの銃声。

 その衝撃が空気を振動させている間に、マキシは命令した。

 電磁加速された弾丸が撃ち込まれたアスファルトは、小さな曲射砲でも撃ち込まれたかのようにマクれあがってエグれていた。


「俺のようなヤクザが、こんな嬢ちゃんに脅されてちゃザマぁねえンだがな」


 金髪サングラスの男は、諦めたように両手を挙げてそう言った。


「今日……いや昨日の夜か、スピンドルから流星が墜ちただろう? そいつには、すぐにどこかの産業複合体メガ・コンプレックスの手が回っていて、近寄れもしなかったンだが……」


 世間話のように男は話始めた。

 マキシはぞんざいに電磁加速レールハンドガンを振って話を促す。


「その後すぐに、スピンドルから来た二隻目の降下艇ドロップボート……つまり、アンタの情報をもってウチに仕事の依頼に来たやつが居てな。ちょっかいを掛けろと頼まれた。結果は不問でな」

「そんな怪しい依頼を受けたのか? 即日即決で? 地上の荒事請負トラストは危機管理がなってないね」

「そう言うな。スピンドルから来た戦闘義体ウォーフレームが相手だ。こっちだって相当吹っ掛けたンだが、支度金込の即金だったから……まあ、渋々だ」

「【脳喰らいブレイン・イーター】は依頼主クライアントから?」

「そういうこったな」

「大体わかった。キミの名前は?」

「トバ組の朝比奈アサヒナ

「そうか……朝比奈アサヒナさん。キミの名前と記憶はスピンドルに刻んでおくよ」


 黙祷のような沈黙ののち、マキシは再び銃を金髪サングラスの男――朝比奈アサヒナに向けた。


「おいおい、約束が違うンじゃないか?」

「殺さない約束はしていないさ。バックは精々荒事請負トラストのようだし、殺しても困ることはない。おじさんの依頼主クライアントもそのつもりだっただろうし……ボクとしても、こちらの存在を知っているヒトは少ない方が合理的なんだ」

「まったく……最近の若いモンは、せっかちでしかたがねぇ……」


 マキシが引き金を引く寸前、朝比奈アサヒナと名乗った男の周りに文字列が踊り、演算領域ラプラスが展開。そして、爆ぜた。

 古典的な攪乱用AIアプリ【粒子煙幕スモーク】と、その中でチカチカと煌めいているのは日本フェザント企業、千葉ニンジャ社製の人気AIアプリ【追尾対抗棘弾マキ・ビシ・チャフ】だ。

 他にもマキシのオーバーレイされたセンサ・ネット側の視覚には、煙幕に紛れてバラ撒かれている『物』が見える。

 こちらはAIアプリではなく現物、軍用払い下げと思しき〈浮遊散弾機雷クレイモア・マイン〉が強調表示。

 当人はといえば、さっき【物見高い妖精サーチ・フェアリー】から逃れたと思しき東京アーカム社製【位置情報迷彩カクレミノ】を使って、そして――おそらくは、そのまま全力で逃走した。


粒子制御デーモンデバイスのメモリ領域を『逃げ』に全振りしてあったか……変わったヒトだな、朝比奈アサヒナさん」

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