ダイゴロウ 1
俺はフォレストウルフ。人間や動物どもはそう呼んでは俺たちのテリトリーに入らないようにしている。
しかし、転機が訪れた。金髪の小娘を喰らおうとしたら、俺の母に風穴があき、血を出して倒れてしまった。
俺と弟は母に寄り添った。
この出血の量、もう助からないと思った。
しかし、小娘が母に振り返ってきた。俺たちも殺す気か、と唸り声を鳴らした。
それでも少女はたじろぐことなく、俺の母へと近づいた。
俺は目を疑った。
彼女は自分が倒した母を、魔法で治してみせたのだ。
母が立ち上がってみせると、俺たちは喜び合った。
その小娘は俺たちに忠告をして、その場を去った。
正直、俺は逆らう力を持たなかった。それは母と弟も同様だった。
俺たちは仲間たちにこのことを話した。
戦慄する者もいた。疑う者もいた。心配する者もいた。
だが、不思議なことに彼女へ復讐しようとする者はいなかった。
みんなの心は一つだった。
彼女へ余計な怒りを買わせないようにしなければならない。
俺たちは早速、協力して仕留めた猪を捧げに向かった。
彼女のいる巣は匂いを辿って着いた。
弟たちがその入り口で待ち構えていた。
彼女が入り口を開けてきた。
俺たちは恐怖で一瞬凍り付いた。
「次はないから」
その言葉が脳裏によぎる。
どうか敵意がないことを示さなければ……。
俺たちは猪の肉を献上した。
彼女の警戒心が薄まったのを感じた。
「それ、わたしにくれるの?」
はい、そうですッ!
俺はそう吠えた。
しかし、彼女の細い腕が俺の頭に伸ばしてくる。
まずいッ! 怒らせたかッ!?
しかし、その手は俺を撫でてくれた。
何故だろう。心が休まってしまう。
他の者も、母も、俺たちの後ろに並んでいる。
俺は恐怖心を感じなかった。
むしろ、温かい……。
俺たちはそれ以来、小娘……失礼、ノルン様に仕えることに決まった。
巣も移したり、色々と制限がかけられたが、それはこの際よかった。
俺はすくすくと育ち、仲間たちより最も大きく育った。
そんな俺には、唯一、ダイゴロウと名付けられた。
今では、ノルン様を乗せて走っていくことが俺の役目だ。
ノルン様を乗せて色々なところに行った。
森の中はもちろん、人間の街にスライムの洞窟、更にはどうなっているのか雪原まで行けるようになった。
俺たちだけでは辿り着くことができなかった場所がいくつもある。
それに多くの仲間ができた。
俺たちの言葉を訳してくれるペファーにブラン殿にプリエ殿には、正直助かっている。
マルナ殿は最初に出会った印象もあるので、あまり関わらないようにすべきかと考えたのだが、彼女から歩み寄ってくれた。
とはいえ、慣れないことがある。
「みんなおいでー」
ノルン様に呼ばれている。
彼女が呼んでいる理由はわかる……。
従わないと、ご飯抜きにされそうだ。
彼女は鉄の塊を回し、鉄の管から細長い蛇のような管から水を出した。
彼女の手にはその管と尖った毛並みが揃った物がある。
そう、それで俺たちの身体を――。
後ろに並んでいた小さい弟たちが逃げ出していく。
すかさず、俺は叫んだ。
「おい、戻って来いッ! ノルン様から逃げる気かッ!」
しかし、弟たちが振り返ることなく、茂みへと入っていった。
俺が連れ戻そうとした時、空からペファーが飛びかかっていった。
しばらくして、ペファーが茂みから弟たちを掴んで戻ってきた。
弟たちは観念したかのようにぐったりしていた。
俺は彼女に頭を下げた。
「すまない。俺の弟たちが……」
「いいわよ。あたしは先に浴びさせてもらったから。観念しておきなさい」
「……ああ。そうさせてもらおう」
彼女はそう言い残し、弟たちを置いて飛び去った。
はぁ……。そう言われてもだな……。
そう言っている間に、ノルン様が一匹の身体を水を浴びさせて、物で毛並みを揃えている。
確かに、気持ちいいのは認めるが、なんというか、今までの水浴びとは全く違うから困るのだ。
一匹が浴び終えると、綺麗な状態になった。
毛並みが綺麗に整えられ、汚れは落とされていった。
「うん♪ いい感じ♪」
これを俺たち十八匹分やるのだから、我が主人はまめだ。
「そろそろ、あれを試してみてもいいかな」
ノルン様が鉄の塊を細い管の先端に取り付けた。
その鉄の塊は小さい穴が数えきれないほどあった。
ノルン様が元の鉄の塊を捻って水を出す。
すると、鉄の塊から出た水は無数の細い水になった。
「よし、成功だね♪」
ノルン様が喜んでいる。
……。
群れの中であることが話し合っていた。
「おい、お前、前出ろって」
「いや、お前が行けって」
「びびってんの、あんたたち?」
「なら、お前が行けよ」
「誰か行ってきてよ……」
全員、ビビっているな……。気持ちはわかるぞ。
その時、不意にノルン様と目が合った。
「ダイゴロウ、ちょっと来て♪」
呼ばれた……。
こうなったら、行くしかあるまい……。
「今までとは違うかもだからちょっと横になってねぇ」
ノルン様の前で寝転がって腹を見せる。
主従の関係だ。別に恥ずかしくはない。
だが、怖い。あの細い水が俺を濡らしてくるのが。
捻る音が聞こえた。
もう、腹を括るしかない。
細い水たちが俺の身体を濡らしてくる。
それが毛を通り抜けて俺の皮膚へと当たっていく。
これは……気持ちいい。
今まで毛を濡らされただけだが、毛の間を通り抜けて、皮膚に当たって気持ちがいい。
本当に身体を洗われたようだ。
全身への水浴びを終わらせると、分厚い布でゴシゴシ拭かれていく。
そして鋭い毛の物で俺の毛を繕っていく。
俺は自身を映す銀の板を見た。
狼と呼ぶには程遠く凛々しく、綺麗になっていた。
それにいつもと比べて気持ちが良かった。
吹いてくる風が心地よい。
群れの他の奴らはそんな俺を見て、ノルン様に寄ってたかった。
「俺も俺もッ!」「わたしが先よッ!」「僕が先~ッ!」
「えッ? あれ?」
おいおい、さっきまで押し付け合ってたんじゃねぇのか?
ノルン様も困っておられるだろう。
結局、他の者も俺と同じようになったころには、日が暮れていた。
――続く カウントが増えたら追加更新の合図。
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