ペファー=パプリカ 1
あたしはペファー=パプリカ。パプリカという苗字はマスターがくれた。ピーマン類だから、すごく嫌だけど。
あたしの羽毛、髪が赤いことからごく稀に産まれたウィッチハーピィだと判明。故郷では、あたしを蔑むことが多いから、海を越えてこの大陸に渡ったわけ。でも、どういう因果か畑の作物を荒らしたら、マスターに取っ捕まって、この身ごと連れてかれたわ。ほんと、お人好しすぎるわよ、あのマスターは。
よし、誰もいないな……。
あたしは誰もいないことを確認していく。
ここは森の中で枝が入り組んだ樹だ。
あたしは昼御飯の野菜の串刺しを丁寧に抜いていく。
ピヨピヨ、ピヨピヨ。
あたしは抜いた野菜を巣にいる子鳥たちに渡していく。
「よしよし、いい子だから」
巣にいる雛鳥たちは四匹。まだ産まれたてのようだ。
これなら、昼飯分を抜いて面倒を――。
「なにをしている? ペファー」
「うわッ!?」
あたしの影からプリエが出てきた。ビックリして樹から落っこちそうになる。
プリエが顕現したせいで、木の枝がバキバキ折れた。
「ちょっとッ! こんなところに乗らないでよッ!」
「我は、お前が不審な動きを、おっと」
樹全体が揺れて巣の雛鳥たちを見たが、どうやら無事のようね。
「もう……冷や冷やさせないでよ……」
「それは……すまなかったな……。ところで――」
プリエも雛鳥に視線が入ったらしい。
これは誤魔化せないかな。
「わかってるわよ、話すわ」
あたしは事情を話すことを決意した。
それは最近、あたしが森の狩りを手伝った帰りだった。
偶然、その樹の枝に絡まっている鳥の巣があった。
あたしは帰っていく狼たちを横目に鳥の巣へと向かった。
産まれて間もない雛鳥たちが弱々しくも高い声で鳴いていた。
あたしは母鳥が帰ってくるのを待ったけど、一向に帰ってくる気配がなかった。
日も暮れ始めていた。
あたしもあたしで、マスターの所に帰らないといけなかった。
鳴くことすらできなくなった雛鳥たちが気がかりだったが、仕方のないことだと振り切るしかなかった。
それでも、あたしは自分の晩御飯を一口食べて思い出す。
あの雛鳥たちは何日、食べていないのか。ただそれが気になった。
あたしは肉だけ食べきると、残りの野菜を咥えてあの巣へと戻ってきた。
雛鳥たちが警戒しがちに野菜を突っついた。
雛鳥たちは弱々しく、野菜を食べ始めていた。
あたしはそれを見て、腹が減った感覚を忘れて安心した。
よかった。
だけど、不安だ。
このまま母鳥が帰ってこないのではないのか。
あたしはそれ以来、この雛鳥の面倒を見ることを始めたのだった……。
ということを、プリエに話すと、
「なるほどな。てっきり隠し子かと思っていたが……」
「失礼ね。あたしらハーピィは卵生じゃなくて胎生よ」
「わかってる、冗談だ。しかし、お前が面倒見がいいとは思わなんだ」
「……マスターのお人好しがうつっただけよ……」
そうなんだ。そう自分を納得させる。
プリエが少し微笑んだ。なんか腹立つ。
「そうか。確かに、マルナとあの犬と比べると、狼の次に拾われていたものな」
「なに笑ってるのよッ!」
しかし、そんなプリエが真顔になり、顎を掴んで考えた。
「だったら、ご主人に相談してはどうだ?」
「え……ッ?」
「お前の影に入っていたのはなぜだと思う?」
「まさか、マスターが……?」
それなら、プリエがいるのは納得できるけど……。
「毎食、自分のご飯を持ってどこかへ行けば、気にはなるだろう」
「そっか……。心配かけちゃったのね……」
隠していたつもりだったけど、不審には思っていなかったのね……。
「雛鳥たちは巣ごと我が持つ。だから、ゆっくり降ろしてくれ」
「ちょっと待ってッ!? 巣ごとって、母鳥はどうするのよッ!?」
「お前が毎食持って来てみても、帰った跡がないのだろ?」
「それは……」
確かにそうだ。この子たちの母鳥が巣に帰ってきた痕跡がない。
この子たちが襲われないようにこの場所を選んだのかもしれないが……。
考えたくはない。母鳥がどうしているか、いや、どうなっているかを。
「わかったわ。マスターたちに話してみるわ」
それしか、選択肢はなかった。
「――ということで、この子たちの面倒を見てたの。心配かけてごめん、マスター」
マスターとマルナに事情を話した。
「この子たちの世話してたんだね。大事じゃなくてよかった」
マスターは呑気にそう返してくれた。
マルナも雛鳥たちを見た。
「しかし、この雛鳥たちはこの森の見つからない場所にいたのだろ?」
「うん、いたわね」
「なぜ、わざわざこの森を選んだのだ?」
「いや、あたしに訊かれてもわかんないわよ。鳥類だけどさ」
確かに安全な場所で言えば、人里の民家にでも巣を作ればいいのに……。
「いわれてみれば、そうだね……」
「ご主人、他種族のことは人にはわかりませんよ」
「魔族じゃ、そういうことが当たり前なのか?」
「逆に訊くが、マルナ、お前はハーピィの彼女の視点で物事を考えたことはあるのか?」
「いや、わからない……。吐き捨てるつもりに聞こえただけだ」
「ま、我も人のことも多種族のこともわからぬことばかりだがな」
ちょっと揉めないでよ。雛鳥の前で。
すると、ご主人の家のドアが開いた。
料理担当のブランが不思議そうな目であたしたちを見つめていた。
「皆さん、夕飯ができますよ――と、どうしたんです?」
「実はさ……」
雛鳥を見つけたブランが目を丸くして近づいた。
「えッ!? えッ!? どうしたんですかッ!? この子たちッ!?」
近づく雛鳥を庇うようにプリエが盾になった。
「こらッ! これは貴様の餌じゃないぞッ!」
「誰が、いつ、ワタシがこの子たちをそんな目で見たのですッ!?」
「つい今だろ」
「そんな目で見てませんッ!」
始まっちゃったよ、この二人の喧嘩が。
犬神と吸血鬼、というより、こいつらの相性の問題だろうなぁ……。
「なら、なぜ剣幕を立てるのだ?」
「この子たちが、賢鳥(けんちょう)だからですッ!」
「賢鳥?」「賢鳥だとッ!?」
マスターとマルナで反応が異なった。
あたしの反応はマスター寄りだった。
プリエも知っていたらしく、唾を呑み込んだ。
「この、雛鳥たちが……」
「ええ、そうです。いったいどうしたんですッ!? まさか、あなたたちッ!?」
「落ち着いて、ブラン。実は深い訳があるの。だよね、ペファー」
マスターがブランをなだめた。
「ノルン様……」
マスターがあたしの代わりに説明してくれた。
ブランもそれを聞いて納得した。
「……なるほど、それで……」
ブランが雛鳥を見つめて納得してくれた。
あたしは堪らず訊いた。
「賢鳥と言っていたけど、それってなんなのよ?」
ブランがあたしに目を合わせて言った。
「賢鳥とは、神獣の性質に似た鳥です。ハーピィのように人の姿はとりませんが、人より賢い鳥なのです」
「たしか、不死鳥とか始祖鳥などと言われなかったか?」
「マルナさんの上げているのは賢鳥ではなくて、神獣の類ですね。賢鳥は長生きする方と呼ばれていますが、絶対数では神獣より多いのです」
なるほどね。ってか、不死鳥とかいるんだ。
「でも、そんな賢鳥様がなんでこの森に巣を建てたのよ?」
「卵と雛鳥を護るためだと思います。人や獣に食べられないために」
「ふむ……」
でも、この家の周辺なら、あの樹に置いていくよりはいいんだろうか。
「母鳥が気がかりですが、この家で飼っておいた方がいいでしょう」
「でも、母鳥はまだ生きているの?」
「わかりません。ですが、易々と倒れる弱い鳥ではありません。生きている可能性が高いと思います」
「そっか……、よかったわ……」
生きている可能性がある。
それだけでホッとしてしまう。確定したことではないけど。
プリエが首を傾げた。
「それで、誰が世話をするのだ? 我には懐いていないだろうし……」
「わたしたちも……だね」「ああ、わたしもだ」「ワタシも駄目ですね……」
雛鳥たちがマスターたちに見向きもせず、あたしに向かって鳴いている。
「……あたしが母親の代わりに育てなきゃいけないわけね」
ま、最初からそのつもりなんだけどね。
言わないでおこ。マスターの心配ができなくなる。
「わかった。じゃあ、ペファーこの子たちを護ってあげて。ダイゴロウたちには伝えておくから」
「わたしたちでできることなら、手を貸すぞ」
「ワタシもご飯を細かく刻んでおきますね」
「我もやるぞ、なんなら料理も――」
「「「お願いだから、あなたは厨房に立たないでッ!」」」
「ぐぬぬぬ……、そこまで言うか……ッ!」
プリエはマスターたちに拒絶されて下唇を噛んだ。
プリエの料理、下の下を通り越して地の底だからね。雛鳥たちが死んでしまうわ。
に、してもお人好しね。ここの連中って。
あたしもその一人か。
なんせ、そこらにいた賢鳥の雛鳥を面倒見ちゃうくらいだし。
あたしたちの日々に狼の鳴き声と共に雛鳥のさえずりが加わったのだった。
――続く。カウントが増えたら追加更新済み。
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