初夏色ブルーノート【ファンタジー編】

暗黒星雲

第1話 都市伝説と猫獣人

 この城下町には都市伝説がある。それは、「夕刻に散歩をしていると猫獣人と出会う」というものだった。

 クラスのみんなはありえない、荒唐無稽だ、という。しかし、私は信じている。だって、私はその猫獣人を見かけたし、話をしたこともあるからだ。


 とある初夏の夕刻、自宅周辺を散歩していた私は迷子になった。


 城下町は概ね碁盤の目のような、整然とした区画になっている。ところどころに鍵曲かいまがりのような、迷路的な路地も存在しているのだが、それでも袋小路になっている場所はない。東西南北どこへでも、真っすぐ進めば知っている場所か大通りに出るはずなのだ。しかし、いくら歩いてもそんな気配はない。


 民家もなく、コンビニもなく、繁華街や商店街も見えない。見えるのは朽ちかけた土塀と、その向こうに茂っている夏みかんの木だ。その夏みかんの木には、初夏を彩る白い花がたくさん咲いていて、付近に甘い香りを漂わせている。

 もう日が落ちる。あたりには街灯すら見当たらない。夕闇に包まれ、次第に真っ暗になっていく。さすがに途方に暮れた。


「お嬢さん。どうされましたか?」


 後ろから声をかけられた。男の人だった。

 突然だったので驚いてしまったのだが、直ぐに安堵した。そして振り向いてからまたビックリした。そこに立っていたのは猫獣人だった。

 三色の毛並みは三毛猫。立派な背広を着ているし、二本足で立ってるし、顔は猫のまんまで長い尻尾もゆらゆら揺れている。ヤバイ。私、噂の猫獣人と出会ってしまった。


「そんなに驚かないで。私の名前は藤吉郎とうきちろうです」


 三毛猫の紳士がしゃべっている。しかも、どこかの武将みたいな名前にも違和感があった。しかし、意を決して私も挨拶した。


「私は明子あきこ綿貫わたぬき明子あきこ。中学三年生です」

「そう。その制服は西中だね。家は近所なのかな?」

「はいそうです。堀内一区です」

「ほう。本当に近所だ」


 藤吉郎と名乗った三毛の猫獣人はニコニコと笑っている。嬉しそうだ。私は思わず、彼に質問した。


「ここは何処? どうしてあなたはそんな姿をしているの?」


 三毛の猫獣人、藤吉郎はフッと笑い右手を差し出してきた。


「ふふ。明子お嬢様。今夜、貴女をアドリアーナへご招待いたします。さあこちらへ」


 藤吉郎は私の右手を握って土塀の方へ歩き始めた。するとその壁にぽかんと大穴が空き、私たちはその穴をくぐって向こう側へと向かった。


 そこにあるはずの夏みかんの木は一本もなく、古めかしい江戸時代の街並みが広がっていた。

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