第8話 普通が恋しい
結論からいえば、彼の挨拶はほとんどの聴衆の印象に残らなかった。
否、その凄絶な容姿と凍てつくような声があまりにも衝撃的で内容まで把握出来なかったのだ。
(純日本人とは思えない見た目だな)
眞九郎は心を落ち着かせながら、なるべく冷静に兵部の容姿を観察していた。が、少しでも気を抜くと思考が停滞してしまうので、ひょっとして催眠系統の異能者なのかという疑念すら湧き上がってくる。
詰まることも無く、淡々と口上を読み上げた彼はピンと伸びた背筋を聴衆に向け、音もなく降段していった。
『え、えー続きまして・・・・・』
「はあ〜、カッコよかったですねー」
頬を軽く火照らせた千鶴が無人のステージを見つめながら独り言のように呟いた。
(・・・・こりゃ、トラブルの種が増えそうだな)
その横では、逆に顔色を青くした眞九郎が俯きながらため息を飲み込んでいた。
ーーーーーーーーーーーーー
それから入学式は滞りなく終わり、クラスごとにホームルームが行われていた。
もちろん眞九郎もまた自身の教室にいるのだが、
(も、帰りたい)
開始2分で辟易とした表情になっていた。ふと周りに目をやってみると、男子生徒は嫉妬の視線を、女子生徒はうっとりとしながら熱い眼差しを1人に降り注いでいた。
もし感情というものが見えたとしたら、今このクラスには混沌そのものが見えることだろう。
それほどに激しい感情に晒されているのにも関わらず、当の本人である兵部は涼し気な顔で担任の言葉に耳を傾けていた。
(どういう神経してんだが。見られてもいない俺ですら居心地悪いってのに)
そんな様子の兵部を真後ろで観察しながら、眞九郎は半ば呆れていた。
(同じクラスなのはまだ予想できたけど、まさかこんな近くの席になるとはねえ)
未だに学校では名前の順というものを採用しているので、兵部の「ひ」と藤代の「ふ」が近くなることはある程度想像できたが、すぐ後ろになるとは眞九郎も想像していなかった。
「ん、んん! おーいお前らー。注目したいやつがいるのはわかるが、今は前向いてくれー。堂々と無視されるとさすがに先生ちょっと悲しい」
ダルそうな癖に、やたらとよく通る声が聞こえ、不思議と生徒たちは教卓に目を向けていた。
「はい、よろしい。まあ、聞いてなかったろうからもう一度自己紹介しておこう。君ら1-A組の担任になった水無潤だ。担当教科は国語と徒手格闘」
ボサボサの黒髪と濁った瞳はスーツを着ていなければホームレスと言われても信じてしまいそうになる。だというのに、あれだけ強烈な容姿を持った兵部から視線を奪えてしまえるほどに彼にもカリスマ性というものが備わっているらしい。
(・・・・もう少し、一般人よりの人に会いたいなー)
癖の強そうな担任の話を聞いていた時の眞九郎は、どこか遠い目をしていた。
※次回更新予定 6月26日 土曜日22:00
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