第4話 問いかけ


「眞九郎さん、」


「はい」


「あなたは、彼に勝てますか?」


 生徒会長の厳しい視線が眞九郎に突き刺さる。が、眞九郎の表情に変化はない。


「そうですね。勝つのは厳しいかと」


 兵部幹也は動画を見る限り、いとも簡単に試験官を倒していたが実はそうそうできることではない。熟練した異能者である試験官の異能の発動スピードや効果範囲などを見極めた上で、間合いを詰めて攻撃するなどもはや達人技と言ってもいい。


「理由をお聞きしても?」


「お恥ずかしながら、自分の異能は火力に乏しいからですよ」


 眞九郎が自嘲するように言ったせいか、奏音の厳しい視線は緩まない。先程までの和やかな雰囲気は見事に消え去っていた。


(なんだってこんなに睨まれてるんだろう?)


「異能対策課特殊実働部隊の小隊長であるあなたでも、ですか?」


「会長っ!?」


「・・・・さすがにお調べになりましたか」


 颯希は奏音が表には出回っていないはずの情報をサラッと口に出したことに、思わず声を上げていた。


 異能対策課。異能者の存在が確認されたと同時に警察で設立された課である。そして、その実働部隊の役割は凶悪な異能犯罪者を無力化することにある。


 当然、実働部隊には相当な実力者が抜擢されている。


「すみませんね。でも、いきなり入学試験も無しに入学を許された人がどんな

 人なのか、気になりまして」


「別に構いませんよ」


「あら、怒らないんですか?」


「ええ」


(大方、実家の力でも使ったんだろう)


 1人で納得していた眞九郎の前で、奏音は顎に手をやってつぶやくように言葉を続けた。


「さて、困りましたねえ」


「何がでしょう?」


「だってそうでしょう? 頼りにしていたあなたが勝てないなんて言うんですもの」


 すると、奏音から明確な敵意が溢れ出す。視線の厳しさは、いつの間にか剣呑さすら帯びていた。


「あの兄弟に対抗するためだけの人が勝てないなんて。そんなあなたが入学できるとでも?」


「そこいらの学生よりは強いつもりですけど」


「ここは学校です。決して実戦経験者がイタズラに力を振るう場所ではありません!」


「実戦経験者はお嫌いですか? 良くも悪くも南雲家らしいですね」


「く、九郎・・・・」


 本来の皮肉っぽい口調が出てきてしまっている眞九郎をさすがにまずいと思ったのか、颯希が不安そうな顔で眞九郎を見上げた。が、眞九郎は来客でも迎えているかのような、穏やかな愛想笑いを浮かべているだけだ。


 何しろ、眞九郎は奏音から流れ出している敵意がほとんど虚構のものであることを感じ取っている。


 というか、あの兄妹を倒せるかどうかなど大した問題ではない。むしろ、どうやって仲間に引き入れるかの方が重要だろう。


 よって、彼女の言葉はただの言いがかりに過ぎない。挑発するようなセリフも、わざとだろう。


 ならば奏音がそんなことをする理由は、


(まあ、多分僕の実力でも試しておきたいんだろ)


 南雲家は戦闘行為以外での異能活用法を模索していることで知られている。それ故に生まれる南雲家特有の実戦経験者嫌いも少しはあるだろうが、それよりも純粋に眞九郎の実力を試しておきたい気持ちが強いはずだ。


 何しろ、眞九郎は四大正家の一つである藤堂家から派遣されてきている。つまり、もし眞九郎が何か校則に抵触したとしても学校は立場上処罰することが難しく、場合によっては生徒たちだけで対処しなくてはならなくなってしまう。


 入学前にそんな人物の実力を測っておくのは、むしろ当然のことである。


「それで? 自分をどうすると?」


「・・・・あなたには私と模擬戦をしていただきます」


(あ、やっぱり?)


 予想通りだなあと落ち着いている眞九郎に対して、その隣に座っている颯希はこの急展開に戸惑っていた。


 キョロキョロしながら、眞九郎と奏音の顔を交互に見比べているその姿はどこか小動物を彷彿とさせる。


「理由をお伺いしても?」


 慌てている颯希を内心面白がりながらも、眞九郎は一応、理由を聞いた。


「・・・・・入学試験の代わりだとでも思ってください」


(あ、はぐらかしたな)


「まあ、構いませんよ。まだ入学式まで時間がありますしね」


 穏やかな口調とは裏腹に、眞九郎は壮絶な笑みを浮かべながら立ち上がった。実戦の洗礼を十二分に受けている眞九郎は、偽りのものとはいえ敵意を浴びせられたことで気持ちが昂っていたのだ。


(せっかくの暇つぶしだ。遊ばせてもらうよ?)


 朝日に照らされた金色の瞳は、その視界に奏音を捉えながら不気味な光沢を放っていた。








 ※次回更新予定 5月29日 22:00






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