第18話・宿題ですか?
チューリップは毎年花を咲かせ、アデルは春の訪れを楽しみにするようになっていた。そういえば出国する時はまだ蕾だったが、ここの城のチューリップの花のようにもう咲いてるだろうか? アデルの疑問にリリーが答えてくれた。
「チューリップは今年も綺麗に咲いたそうですよ。母が手紙で教えてくれました」
「アロアが? 本当に?」
古城には今はリリーの母とその夫の衛兵しか残っていない。みなアデルの腰入れが決まると幽閉されている事情もなくなったので、大概の者が移動になりアデルに仕えてくれていた侍女たちは解雇された。
アデルの腰入れにアロアは同行を申し出たが、今まで自分達親子の為に人生の半分を捧げたようなアロアに、この先自分の身がどうなるか分からない国へ連れ出すのは躊躇われた。リリーの、晩年は夫婦水入らずで、両親を暮らせてあげたいという要望を聞き入れ、宰相にかけあった結果、アロア夫婦は古城の管理をするということで留め置かれることになったのだ。
「はい。こちらに着いてすぐに手紙を書き送ったんです。母は姫さまのことを心配してましたから、何も問題いらないと伝えてあげようと思って。そしたら姫さまが出立されて十日後に、チューリップが咲いたと返事の手紙の中に書いてありました」
ナネットが話に興味をそそられた様で身を乗り出して来る。
「まあ。素敵なお話ですこと。殿下はチューリップにご縁があるのですね。チューリップはこの国では国花なんですよ。そうだわ。ではそのチューリップの刺繍が入ったハンカチを陛下に贈られては如何ですか? イニシャル入りで」
「え?」
(ちょっとまって。刺繍は苦手だって今言ったのに。ふたりとも話聞いてた?)
アデルは戸惑う。ふたりはアデルをそっちのけで話を進めてる様だ。
「それは良いかもしれませんね。姫さまも誰かに差し上げる物だと思ったら、いっそう刺繍に身が入って良いかもしれませんよ。そうなさいませ」
「チューリップにイニシャル。なかなか良いですわ。じゃあ、さっそく陛下のハンカチを手に入れましょう。手伝ってくれるわね? リリー?」
「はい。女官長。喜んで~」
「じゃあ、さっそく。思い立ったら吉日よ!」
「はい。レッツらゴーですわね?」
「ちょっとふたりとも。わたくしはまだやるって言ってな……」
アデルには何が何だか分からない話で盛り上がったふたりは、抗議をしようとしたアデルをその場に残し、楽しいことを思いついたというように足取り軽く退出して行く。
「だから待ってって言ってるのに~」
アデルの無念な思いは通じていなかった。後日、陛下の真新しいハンカチが何十枚と届き、それに嫌というほどアデルはチューリップを刺繍するはめに陥った。
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