21話:継続


 翌朝。いつも通り誰より早く目覚めたノアは、簡単に武具の整備を行った後に外へ出て、全員分の朝食を作り出した。

 簡素な物で、豆と芋を捏ね合わせたパンに茹で玉子、それに村で買っておいた紅茶。

 時間を掛けずに食べられて、腹持ちも良い。

 味はそれなりだが、旅の食事としては十分だろう。


(傭兵時代につちかった経験も案外役に立つものだ)


 こんな質素なものでさえ、オリビアは喜んで食べてくれる。

 その光景を思い出しながらパンの表面を焚き火であぶっていると、馬車の御者が旅宿から出てきた。


「おはようさん。昨日はありがとな。流石に死んだと思ったわ」

「オリビアのおかげだ。俺一人ならもっと時間がかかった」

「単独でも倒せるのかよ。滅茶苦茶だなアンタ」


 御者は苦笑いしながら腰に提げたアイテムボックスに手を入れ、小さな箱を投げ渡してきた。


「命の礼には足りないが、受け取ってくれ。貴重な物だし護衛料代わりにはなるだろ」

「分かった。だが、これは何だ?」

「魔導都市で貴族の間で流行ってる香木だ。女はこれが好きらしいからな。魔導都市の宿でいてやると良い」

「そうか。ありがたくもらっておく」


 小箱を自身のアイテムボックスに収納し、代わりに炙りたてのパン等を皿に移して渡してやる。


「今日も美味そうだな。ありがてぇ」

「出来れば早めに出よう。雲行きが悪い」

「確かにこいつぁ雨が降るかもな。食ったらすぐに準備するわ」

「頼んだ」


 二人して黙々と朝食を食べ進める。

 豆と芋のパンはそれなりに出来が良く、パリッとした食感の後に甘みと旨みが口の中に広がる。

 茹で玉子に塩を振ってをかじり紅茶で流し込むと、ノアはすぐに旅宿の中へと戻った。


 壁の近くに居たオリビアは既に身支度を済ませており、こちらを見つけると嬉しそうに小走りで駆け寄ってきた。


「おはようございます。昨晩はお疲れ様でした」

「問題ない。外に朝食を用意してある」

「ノアさんはもう食べちゃったんですか?」

「ああ。出立の準備を終わらせるから食べてくると良い」

「むぅ。一緒に食べたいっていつも言ってるのに……」


 小さくふくれながら言うオリビアの頭を撫でながら微笑む。

 彼女は朝が弱い訳では無いが、特段強い訳でもない。

 旅の疲れもあるだろうから起こさなかったのだが、逆効果だったようだ。


「次からはそうしよう。今日のところは我慢してくれ」

「分かりました。約束ですからね?」

「ああ、約束だ」


 互いに笑い合い、オリビアを見送った後にノアは敷いていた毛布などを片付ける。

 大した荷物を出していた訳でも無いのですぐに終わり、オリビアの後を追おうとした時、後ろからトムに声をかけられた。


「ノアさん。どうやったらノアさんみたいに強くなれますか?」


 昨晩と同じく真剣な声色。何か思うところがあったのだろう、彼の顔は切羽詰まった表情が浮かんでいる。

 ノアはその問いに数秒ほど真剣に悩み、結局一言だけ返した。


「日々の訓練だ」


 そうとしか言いようがない。

 ノアに戦いの才能は無かったが、努力をおこたらない才能を持ち合わせていた。

 空き時間があれば剣を振るい、敵の攻撃を躱す練習を行う。

 オリビアと出会う前はそれこそ一日中、寝る間も惜しんで訓練していたし、今でもオリビアが離れている間はそうして技術を研鑽けんさんしている。


「剣を振れ。常に考え続けろ。そうすれば生き残ることができる」


 傭兵時代からの信条だ。それを続けてきたからこそ今のノアがある。

 生き残るため。今まではそれが第一だった。


「特別な事は無いんですか?」

「無い。常に備えるこたと。俺にはそれしかない」


 自分を。仲間を。そして何よりオリビアを守護まもる為に。

 決しておごらず油断しない。

 ノアにはそれしか出来なかったし、それをずっと続けてきた。

 それは恐らく、これからも。


「なるほど……簡単には行かないものですね」

「或いは、そうだな。俺には良く分からないが、魔法を学ぶのは良いかもしれない」

「……え?」


 きょとんとした顔のトムに、さらに続ける。


身体強化ブーストという魔法がある。それを使えれば今より強くなれるだろう」

「いや、その。ノアさんは使ってないんですか?」

「ああ。俺に魔法の才能は無いからな」


 オリビアと出会うまで魔法の類とは無縁だった。

 精々が魔導具――魔法を使うための魔導式が刻まれた、魔力で動く道具を使用するくらいだ。

 何でも、頭の中で魔導式を組み立て演算することにより、魔力の性質を変えて様々な効果を生み出すのが魔法、らしい。

 ノアには全く理解できなかったが、便利なものであるのは確かだ。


 しかしトムの言葉に込められた意味は違った。

 身体強化ブーストは子どもでも使える程に簡単な魔法で、ほとんどの人間が使うことができる代物だ。

 それをまさかノアが使えないとは思いもよらなかった。

 と言うことはだ。

 彼が傭兵時代に成し遂げた偉業――百対二千の兵力差がありながらも敵を殲滅せんめつしたり、おとりのはずの傭兵団だけで城塞と化した都市を攻め落としたりといった事を生身で行っていた事になる。


(はは……滅茶苦茶な話だな、これ)


 繰り返すが、ノアに戦いの才能は無い。

 物心が着いた時から続けてきたたゆまぬ努力。幾度と無く乗り越えてきた死線。そして様々な傭兵達を師として得た知識。

 それらの積み重ね、努力のみでノアは形成されていた。


「他に聞きたいことはあるか?」

「い、いえ……ありがとうございます」

「そうか。では先に出ている」


 言い残し、ノアはオリビアの元へと向かった。

 様々な事柄を犠牲にして得た力。

 生きる術でしか無かったそれは、彼女と出会ったことでついに意味を成した。


(今までがあったからオリビアを守護まもる事が出来る)


 関わった全ての者に感謝しながら、彼は急ぎ足で馬車へ向かった。

 

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