14話:初体験
キスを求められ、ノアは内心戸惑いを隠せなかった。
確かにオリビアは昼の戦闘で魔力を使い果たし、己は魔力が有り余っている。
彼女に魔力を分け与えるのは実に合理的だ。
しかし、キスとは愛し合う者同士が行うものではなかったか。
自分は未経験だが、そのように聞いた覚えがある。
抱き締めるのは良い。ノアもオリビアと触れ合いたいと感じるし、その温かみを感じたい。
だが、キスとなると、少し話が違ってくる。
清らかな彼女を
「オリビア。それは必要な事なのか?」
「必要です。絶対」
「そうか。しかし、俺で良いのだろうか」
傭兵として血塗られた道を歩んできた。
決して清らかとは言えない身だ。
そんな自分がオリビアと口付けを交わすなど、許されない気がした。
だが、彼女は揺るがない。眼を潤ませながらも、優しい微笑みで見上げてくる。
「ノアさんが良いんです。嫌ですか?」
「違う、嫌じゃない。ただ、何と言えば良いのか……」
反射的に答えた後、己の心に気付く。
愛を確かめる行為を嫌じゃないと口にした。
その事に驚き、自問する。
(俺はオリビアを愛しているのだろうか)
勿論嫌いではない。むしろ好意的に思っている。
だが、そもそも愛とはどのようなものなのだろうか。
幼い頃に孤児となった彼は親の愛すら与えられたことは無かった。
仲間との信頼感とは違うのだろうし、オリビアに対して特別な感情を持っているのは確かだが、その感情を何と言うのかは分からない。
もしかすると、これが愛なのだろうか。
彼女を尊い存在だと思っている。
きっとオリビアは誰をも愛し、
まるで女神のようだと改めて思い、場違いな事を自覚しながらも、心が温かなもので満たされるのが分かった。
彼は知らない。
無償の愛と相手を求める愛は別物だと言う事を。
しかしそれでも、ノアは数秒ほど悩んだ末に決心した。
彼女が求めている。ならば、断る理由などない。
「分かった。だが、抱き締めるというのは……」
これも勝手が分からなかった。
どうしたら彼女が喜ぶのか。どのような
また数秒ほど考えたが、結論は出ない。
そこでノアは、直接聞いてみることにした。
「それは、子どもに接する様に優しくか? それとも、もっと強い方が良いか?」
その言葉にオリビアは瞬きを幾度か連続した後、頬を染めて答えた。
「強く、お願いします」
上目遣いで恥ずかしそうに、しかし期待に満ちた紅い瞳を向けられ、身体の中で何かが
ノアはその衝動に身を任せるように歩み寄り、オリビアの身体を引き寄せた。
彼女の銀髪がしゃらりと流れる。
柔らかくて、温かくて、不思議な甘い香りが漂ってくる。
小さく
だから優しく、しかし十分な力で、彼女を抱きしめた。
オリビアの吐息を胸に感じる。
高鳴る心臓の鼓動は果たして、己のものか、彼女のものか。
「オリビア。これで良いだろうか。俺には勝手が分からないが、痛くないか?」
「大丈夫です。今、ノアさんを感じられて嬉しいです」
腕の中で
その感覚が
それが何を意味するかくらいは、ノアにも理解出来た。
心臓が早鐘を鳴らす。戦闘時の様に激しく、それ以上に緊張しながらも。
ゆっくり顔を近付けていき、優しく、彼女の唇にそっとキスをした。
感情が溢れる。奔流に飲み込まれそうになる。
だが、手荒な真似はせずに、あくまでも優しく。
数秒か、数時間か。
口付けを交わし続け、そして。
すとんと。オリビアが床に座り込んだ。
「オリビア⁉ 大丈夫か⁉」
慌てて屈み込み彼女の顔を覗き込むと、首まで真っ赤に染めたオリビアは切なそうな表情でノアの頬に手を伸ばした。
「腰が抜けてしまいました……ベッドで続きをお願い出来ますか?」
「分かった。だが、大丈夫なのか?」
「まだ足りないので……お願いします」
「そうか」
短く告げて彼女を横向きに抱えあげ、そのままベッドへと向かう。
静かにベッドに横たわらせると、オリビアはふぅ、と一息吐いた。
「大丈夫です。来てください」
その言葉に、ノアはベッドの上に腰掛け、再度顔を寄せた。
ふわりと香る彼女の甘い香りにくらりとしながら、もう一度キスをする。
オリビアがこちらの手を取り指を絡ませてきたので、それに応えて握り返した。
オリビアの身体がぴくりと跳ねるが、嫌がってはいないようなので、そのまま口付けを続けた。
どくんどくんと身体の中を血が巡り、ゆっくりと魔力が彼女へ流れて行くのを感じる。
魔力を失っているはずなのに満たされていく感覚を不思議に思いながらも、ノア自身が魔力欠乏になるギリギリまで儀式は続けられた。
惜しみながらも唇を離し、彼女の名を呼んだ。
「オリビア、終わったぞ……オリビア?」
反応が無いことを不思議に思い声をかけるが、どうやら彼女は眠ってしまったようだ。
無理もない。昼の戦闘に魔力欠乏も合わさって、よほど疲れて居たのだろう。
村でも歩き回った事だし、無理をさせてしまったのかもしれない。
いつの間にか昇りきっていた月の明かりに照らされ、彼女の銀色の髪が淡く煌めく。
その様は正に女神の様で、しかしどこか可愛らしくて。
ノアはの髪を一撫でして布団を掛けてやると、自身は壁際に片膝を立てて座り込み、オリビアの代わりに冷たい武具を抱いて目を閉じた。
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