第4話


「私を捨てないで…」


消え入りそうなリエの声がまだ音として耳に残っている

僕は家に着くなりすぐさまシャワーを浴びた。

何もかも流してしまいたかった。あの快楽を。あの焦燥を。


髪を拭くのも、歯を磨くのも、けだるさに負ける。

換気扇の明かりをつけ、タバコに火をつけその光の中から1枚1枚走馬灯のように蘇ってくるシーンを煙で巻き消した。


何も考えたくない。



ソファにパンツ一丁でうなだれていると、そのままソファに溶け込んでしまうような感覚に襲われた。つけたままの換気扇とその薄らいだ明かりが頭の中を覗き込む。


いま、ぼくが考えるべきことは何か。仄暗い部屋の隅に露わになったままの冷えた女体か。

フランスへ帰ってしまい、この先いつ日本へ舞い戻ってくるかも分からない元同僚のリュカのことか…

脳内をいったん整理しようとしたが無駄な足搔きにしかならなかった。

頭の中にはリエとの記憶が鮮明に残っているのである。タバコの煙でも、換気扇の明かりでも、リエは消えずに残っていた。


「初めて」の女性。「捨てられた身」。そして…



「ラブドールにでもなんでもなってあげる」

の言葉。


体の感触が残っているのもそうだが、興奮しながらも唯一、そこが気になっていた。

ぼくの目の前に転がっている女体に目を配る。理恵。

いや、ただの偶然にしてはできすぎている…


身体も疲れ、精神的にもボロボロの状態であったが眠気がこず、ソファに寄りかかった状態で朝を迎えてしまった。



―私を捨てないで…


私は何度この言葉を口にすれば前に進めるのだろう。

あのクラブに入り浸って男漁りを始めた5年前から全然変わっていない。


「またワンナイト。ほんと男ってクズね。たった1人のオンナを満足させることもできないんだから。まぁ、だからこの事業も成功したんだけど。」


ホテルから寂しく1人で帰っているリエの手に握られているスマホには多数の動画があった。


「ただ自分の思うままに腰を動かしてるだけじゃない。」


…なのになんで生身の女じゃこうはいかないのよ。やってることの最終形態は一緒なのに。


あの日クラブで会った間抜けなフランス人も嬉しそうに食い付いていたのに。

性は国境をこえるのに…


「お客さん、着きましたよ」


「ありがと。お釣りはいらないわ」


銀座のど真ん中にある和光のオフィスへ、リエは姿を消した。

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