第54話
ダークエルフの村の景観を楽しみつつ、族長の家に戻った。
先ほどアゼルさんとのやり取りの後、すぐにここに戻ってきたらしく、今は赤い絨毯が敷かれたリビングのような場所で膝を抱えて座り込んでいた。
ゆっくりと彼女の傍まで歩いていくと、できるだけさりげなく声を掛けた。
「戻ってたんですね」
「ええ、ごめんなさいね、置いていってしまって……」
「気にしないでください」
そう言うとその場に沈黙が訪れる。
よそ者の俺が人様のプライベートな事に口を挟むのは忍ばれるため、そのまま口を噤む。
その沈黙を「どういうことなのか話してくれ」と受け取ったのか、ゆっくりと彼女は語り始めた。
「私とさっきのあいつ、アゼルって言うんだけど。小さい頃からの知り合いなの」
「そうだったんですか」
彼から聞きましたと敢えて言わず、話の腰を折ってしまいそうだったので、相槌程度に留めておく。
それから話の続きを促すように俺はアイリーンさんに目を向ける。
「どこに行くにも、何をするのもいつも一緒で、大きくなったらこの人のお嫁さんになるんだって思ってた。けど、次期族長としての修行をこなす日々を送っているうちに気付いたら距離ができてしまってた。彼って見た目もかなりハンサムでしょ? だから村の女の子からよく言い寄られてたのよね。だからムカついて、私も他の男といちゃついてやるんだって思っていろいろやってみたけど、ダメだった。他の男に声を掛ける度に思い知らされたわ、私が本当に好きなのは彼だけだって、彼じゃないとダメだって」
自嘲気味な微笑みを顔に浮かべながら、まるで懺悔でもするかのように淡々とアイリーンさんは俺に語る。
その暗い表情とは裏腹に陰のある眼差しも、どこか儚げで綺麗だと思った。
(ん? 待てよ。てことはこいつら相思相愛じゃね?)
そうなのだ。二人の言い分をシンプルにまとめてみると「昔はイチャイチャしてたけど、今も好きでイチャイチャしたいんだよね」だ。
まるでどこぞのリア充の悩みを聞かされているようで、さっきまで綺麗と思っていた顔が何だが憎たらしく思えてきた。
なんだよなんだよー。この何とも言えない甘酸っぱさ、お前ら中学生かっ!?
思わず本音が心の中でエクスプロージョンしてしまった、てへへ。
……コホン、と、とにかくだ。今のアイリーンさんを見ていて少々いたずら心が芽生えてしまったので、ちょっとだけ意地悪しまーす。
彼女に近づいた俺は見上げてくる彼女の両の頬を痛くならない程度に摘まんで左右に引っ張る。
「ふぇっ!? フ、フーゴふぁん? ふぁにふぉふるふぉ?」
きっと「ジューゴさん? なにをするの?」と言っているのだろうが、そのリアクションが面白くてそのまま黙って引っ張り続けた。
力は込めていないので痛くはないだろうが、やられていることが恥ずかしいのだろう、しきりにやめて欲しいと懇願してくるので仕方なく彼女の頬から手を離した。
「いてて……いきなりなにするのよっ!」
「だって……ねえ?」
「ねえじゃないわよ! 訳を話しなさい訳を!」
そう言って目をつり上げてくるが、あまり嫌ではないようで怒り方も優しい感じだ。
俺は一旦真面目な顔を作って、彼女に語り始めた。
「アイリーンさんは難しく考えすぎなんだよ。今はぎくしゃくしてるだろうけど、昔はアゼルさんと仲が良かったんでしょ? だったら彼に言えばいいじゃん「昔みたいに仲よくしよう」ってさ」
今までお互い歩み寄れない事もあっただろうが、これをきっかけにしてお互いの気持ちを確かめ合えばいい、なんてたって両想いなのだから。
相手の気持ちが分からないからこそ不安になり自分以外の人と仲良くしているところを見れば胸が苦しくなる。きっとそういう感情を抱き続けてきたのだろう。
あまり経験豊富ではないが、恋に必要なのは二つだ。相手の気持ちを知ろうとする心と自分の気持ちを伝える勇気この二つだけあればいい。
「でも、怖いの……自分の気持ちを打ち明けて拒絶されるのが」
「それは誰だってそうだよ。でもその恐怖を乗り越えて、相手に自分の本当の気持ちを伝えて初めてスタートラインに立てるんだ。アイリーンさんなら大丈夫だよ。……向こうも惚れてるし」
「え? 最後何て言ったのかしら?」
「何でもない、とにかく、あんまりこういうの経験ないからうまくは言えないけど、恋っていうのは早い者勝ち、自分の想いを相手に伝えたもん勝ちだよ。いつまでも相手だって待っててくれないから他の女の子に取られちゃいますよ?」
俺は意地悪な顔つきでニヤリと笑いながら、外の空気を吸うため家の裏手に出ていった。
まったく、なんで俺がゲームのキャラクターの恋のキューピッドにならなきゃならんのだ。
NPCの癖に生意気だよ、NPCのくせに……NPCのくせにぃぃぃぃーーーー。
アイリーンさんの家の裏手へと出た俺は、両手を組んでそれを天高く突き上げるように体を伸ばした。
そこには生活用水を溜めておくための井戸が設けられていて、そこから料理や洗濯に使う水を汲み上げている。
どうやらお風呂もその場で使うらしい……なぜ“使うらしい”という言い方をしたのかと言えば……。
「……」
そこにいたのは見た目が十代半ばぐらいのダークエルフの少女だった。
他のダークエルフと同じく褐色の肌に襟足まで伸びた艶のある銀髪、そしてトパーズのような綺麗な瞳を持つ少女だ。
ただ他のダークエルフの女の子と違うところを挙げるのなら、今の彼女が下着すら付けていない一糸纏わぬ生まれたままの姿だということだ。
健康的な艶のある肌に女性らしい均整の取れた体躯、井戸の水で濡れた体は太陽の光を反射して神秘的な雰囲気と妖艶さを醸し出している。
彼女の最も凹凸の激しい二つの双丘はアイリーンさんほどではないが、自己を主張するには過分なほど大きい。
女性としての魅力と女の子としての可愛さという二つの要素を持ち合わせた俗に言う「エロ可愛い」という表現が最もしっくりくる少女だった。
「むぅ……」
「じー」
「ジューゴ、いつまで見てる? 恥ずかしい」
「あ、ああごめん、綺麗だったからつい……ってお前ルインか?」
「そうだけど?」
そう言いながら両手で大事な部分を隠しながら、頬を朱に染めて可愛く小首を傾げてくる。
いやいや待て待て、なんでルインが女の子なんだ? 確か自分の事「ボク」って言ってたよな?
確かに初めて会った時は外套とフードで顔を隠していて分からなかったけど、まさか女の子だったなんて。しかも【ボクっ娘】ですか……。
「ルインって女の子だったんだ。【ボク】って言ってたからてっきり男かと思ってたのに」
「うん? ボクはボクだよ。というか早く向こうに行ってよ、恥ずかしい」
「あ、ああごめん」
そういえば今のルインはすっぽんぽんなんだった。
ルインが女の子という衝撃が強すぎて、彼女が全裸だということを失念していた。
これがラブコメだったら十中八九ボコボコにされてたな、まあ彼女の性格がおっとりしているっていうのもあるのだろうけど。
俺はすぐさま踵を返して家に戻ろうとした、だが次の瞬間突如として、大地が轟音を立てて揺れ出したのだ。
何が起こっているのか状況を把握しようと気配感知を展開した直後、屋根の一部の木片が崩れルインに向かって飛んできたのだ。
俺がいることで、両手で大事な部分を隠していたこともあって、虚を突かれた彼女に避ける暇などなかった。
「っ!? きゃっ!」
「危ない!」
俺は咄嗟に【縮地】でルインとの距離を詰め、彼女を掻っ攫うように抱き上げた。
そのコンマ数秒後にルインのいた位置に木片が直撃し激しい音が響き渡る。
俺が助けていなければ、ただでは済まなかっただろう。
俺の腕の中でお姫様抱っこ状態になっている彼女を見下ろしながら安否を確認する。
「大丈夫か?」
「う、うん……大丈夫だから……その……手、放してほしい」
「え?」
ルインがそう言うので、俺の右手を見てみるとその右手は無遠慮に彼女の胸を鷲掴みにしていた。
少し強めに掴んでいたせいでぐにゃりと形が歪になってしまっている。
彼女の顔は真っ赤になっており、恥ずかしいのか体をくねらせてもじもじしていた。
これもラブコメだったら半殺し案件ですね。もちろん半殺しの目に会うのは俺ですよ。
「ごめん、わざとじゃないんだ。待って、すぐ降ろすから」
「う、うん……」
できるだけ丁寧に優しく彼女を降ろした俺は彼女に背を向けこれ以上の失態を回避する。
俺がルインを降ろすと同時に村の広場で激しい轟音と村人たちの騒ぎ声が聞こえてきた。
何かあったと感じた俺はルインに「先に行くから」と伝え、広場に向かって地面を蹴った。
彼女の返事を待たずに行ってしまったので、去り際に彼女の「あっ……」という声が聞こえたが、今は緊急事態なので勘弁してほしい。
け、決して気まずいからその場から逃げたんじゃないと苦しい言い訳をさせてもらおう、うん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます