第8話 増える泥舟の乗組員
木漏れ日が降り注ぐ森の中を、リザ達三人は歩いていた。
三人は朝食を終え、街へと向かっている真っ最中なのだ。
テントなどの荷物一式を抱えたゲオルクが先導し、リザとユアンは手をつないでその後に続く。
「もうすぐ森を抜ける。そうしたら道があるからそれに沿って行けば、すぐ街につくからな」
「はい、ありがとうございます。ユアン君も、もう少し頑張ろうね」
「うん」
お礼を言いつつ、リザの頭の中では街についた後はどうするべきかということでいっぱいだ。
(すぐにでも遠くに行きたいけれど、お金はそんなに無いし。どこかで仕事でも探すべきかしら? いえ、仕事をするなら住むところも探さなきゃ。けど、そんな都合よくあるもの? それに、ぐずぐずしてたらきっとすぐに見つかっちゃうし……)
どうすることが最善で、どこに行くことが最良なのかわからない。
リザにとって最高の状況は、ユアンと平穏に暮らすこと。だが、その道筋がまるで見えない。
ユアンを連れ出したときは、逃げることで精一杯でその先のことなど考えられなかったが、若干余裕のある今は、いろいろと考えてしまう。
そして考えれば考えるほど、明るい展望というものが思い描けない。
(とにかく、私がどうにかしなきゃ……)
リザしか、どうにかできる人間はいないのだから。
そんなことを考えていると、視界が開ける。
森を抜けたのだ。
そしてそこには、ゲオルクの言う通り街道がある。
だが、リザはその光景に戸惑いを覚えた。
多くの人が道沿いに並んでいるからだ。
「ん? なんだ、これ?」
それはゲオルクも同様だったようで、眉を寄せて列を見つめる。
「ちょっと待ってな」
ゲオルクは街道に並んでいる人々に近づくと、一組の夫婦らしき男女に声をかけた。
「すみません。この列は一体何ですか?」
「ああ、あんたも知らないで来たのかい? 災難だったねえ」
「この先で騎士たちが関所を設けてて、人の顔やら荷物やらを徹底的に調べてるんだよ。何を探してるんだか知らないが、時間がかかってしょうがない」
彼らの会話はリザたちにも聞こえ、彼女の心臓はドクリと嫌な音を立てた。
(私たちを探しているんだわ……!)
それは確信であった。
「リザお姉ちゃん……」
ユアンも勘付いたのか、不安そうな目をリザに向ける。
「……大丈夫よ」
ユアンを安心させるために、リザは一言だけそう返した。
相変わらず妙案なんて全く浮かばないが、それでもここで決断しなくてはいけないらしい。
戻ってくるゲオルクを見つめながら、リザは覚悟を決める。
「あんたたち、悪いが街に着くのはもう少し時間がかかりそうだ。最後尾はまだ向こうらしいからそこまで行って」
「あ、あの、ゲオルクさん」
ゲオルクの言葉をリザは遮った。
彼は驚いた表情を浮かべたが、それに構わずリザは言葉を続ける。
「お世話になりました。けれど、ここまでで大丈夫です。何のお礼もできませんでしたが、ここでお別れさせてください」
「……え? いや、何を言っているんだ?」
ゲオルクが戸惑うのも当然だろう。
つい先程まで、街につくまで案内をすることになっていたのに、突然ここで別れると言い出すなんて、おかしいに決まっている。
だがそれでも、ここで関所に向かう選択肢なんてリザたちに存在しない。
「本当にありがとうございます。ほら、ユアン君も」
「ゲオルクさん、ありがとうございました」
共に頭を下げる二人を見て、ゲオルクも状況が飲み込めてくる。
突然、関所を設けて何かを探す騎士たちと、態度を豹変させたリザとユアン。
これで何も気づかないほど、ゲオルクは鈍い男ではない。
(まさかこの二人は、追われているのか?)
騎士たち、つまりは国に。
とてもそんな悪党にはみえない。ましてやユアンは幼い子どもだ。
しかし、どのような事情があれこの二人が訳ありなのは確実。
初めて会った時から、面倒ごとの匂いは感じていたが、国相手とは思わなかった。
であれば、ゲオルクのするべきことは決まっている。
何食わぬ顔で「そうか。それは残念だが、仕方がないな。どうか達者で」と言って別れるのだ。
それでもう自分たちの関係は切れる。
もし仮に、二人と行動を共にしたことがバレたとしても、何も知らないし気づかなかったで通せばいい。
何故なら、ゲオルクは本当にこの二人とは無関係なのだ。
昨日たまたま遭遇し、一晩面倒をみただけで、厄介事に巻き込まれるなんて冗談ではない。
「……そうか。それは、残念だ……まあ、仕方ないな…………」
だが、どうにも言葉が続かなかった。絶対にこれ以上関わるべきではないとわかっているのに。
(そもそも、この二人……この後どうするつもりだ?)
街に行かずに、森に引き返すとでもいうのか。
森は危険だ。獣や野盗に襲われる危険があるし、ろくな準備もなく過ごせる場所ではない。
雨風を凌げる場所を確保できなければ、数日で命を落としてしまうだろう。
特に、幼いユアンには耐えられるはずがない。
(…………だが、そんなこと……俺には、関係ない)
そう、関係ない。関係のないことだ。
数日ぐらいは気にするかも知れないが、その後はきっとどうでも良くなって、忘れてしまうだろう。
所詮、ゲオルクと二人の付き合いなんて一日程度なのだから。
「……なあ、あんたたち。行く宛があるのか?」
けれど、口から出たのはそんな言葉だった。
「……え? いえ、それは……その……」
リザは答えに窮したが、その反応がすでに答えになっている。
「はあ……」
ゲオルクは大きくため息を付いた。
それには「呆れ」という感情が、大いに含まれている。
だが、それはリザに向けられたものではない。自分に向けたものだ。
(俺は何も聞いていないし、気づいていない……関所を通るのが面倒だから遠回りするだけだ)
誰に向けるでもなくそんな言い訳をして、ゲオルクは口を開いた。
「…………こっちだ」
ゲオルクは来た道を引き返すように、森へ戻っていく。
「え? あの、ゲオルクさん?」
リザは驚き、ユアンは不思議そうな表情を浮かべる。
「いいから、こっちに来るんだ」
二人が慌ててその後を追うと、ゲオルクはリザに耳打ちした。
「大きく迂回すれば、騎士たちの目を掻い潜れるかもしれない」
「え?」
リザが目を見開いて彼を顔を見る。
「ただ、かなり険しい道になるし、時間もかかる。下手すれば今日も野宿だが、それは我慢しろよ?」
「え、あの」
「ねえ、どうしたの?」
二人の会話が聞こえていないらしいユアンが不安げに問いかけた。
ゲオルクは腰を落として、ユアンと目を合わせながら言う。
「いや、これから俺の家に来ないかって誘ってたんだ。なあ、ユアン。うちに遊びにおいで」
「え、いいの!?」
「ああ」
ゲオルクの言葉に、ユアンの顔がパッと明るくなった。
「家に行っていいんだって! よかったねぇ、リザお姉ちゃん!」
「え、ええ……」
嬉しそうなユアンとは対象的に、リザはどこか不安そうな顔をしている。
そんな彼女に、ゲオルクは再度耳打ちした。
「……しばらく、俺のところにいればいい」
「そ、それは……ありがたいのですが……でも、どうして?」
困惑しきった様子のリザの疑問に、ゲオルクはすぐに答えられなかった。
彼自身、自分の行動に説明をつけることが出来ないからだ。
ただ、強いていうのであれば……
「……あんた達が野垂れ死にしたら、飯がまずくなりそうだと思っただけだよ」
その程度の理由だ。
一方その頃、関所ではエレウスが苛立ち紛れに人々の列に目を向けていた。
「くそっ……」
舌打ちをして不機嫌さを隠そうともしない男に、周囲の人々は怯え、騎士たちもやりづらそうにしている。
それを見かねて、ログウェルが声をかけた。
「エレウス、落ち着け」
「黙れ、俺は落ち着いているっ」
本人はそういうが、とてもそうは見えない。
(……まあ、仕方がないか)
一度は捕縛対象を発見し、取り押さえるところまでいったのに、取り逃してしまったのだ。
だが、ログウェルはそれもやむを得ないと思っている。
「……熊に襲われたのは、不幸な事故で、仕方がないことだ。あまり責任を感じるな」
「っ!」
気遣いと労りしかないその言葉に、エレウスは唇を噛む。
(俺が同情されただと……しかも、よりにもよってこいつに!?)
ログウェルからすれば全くそんな意図はなかったのだろうが、彼の言葉はエレウスにとっては屈辱的なものでしかなかった。
(これもそれも、全部あいつらのせいだ……!)
頭に浮かぶのは、一人の女と一人の少年。
任務に失敗したのも、団長から失望の眼差しで見られたのも、気に入らない男に同情されたのも、元はと言えばあの二人のせいだ。
あの二人が逃げ出したからこんな思いをするはめになったのだ。あの二人が大人しく捕まらなかったから自分が割りを食うことになったのだ。
故に、全ての責任はあの二人にある。
(このままで追われるか! 必ず雪辱を果たしてみせる……! どんなことをしてでもだ!)
歪んだ顔に宿る不穏な眼光に、気づいたものはいなかった。
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