308 食料ゲット

「さてと、戻るわよん」


 ランドタートルの首に縄を巻き終えたセリーヌは、縄の端を掴むとランドタートルをずるずると引きずり始めた。甲羅を下に向けて地面を滑らせているとはいえ、ずっしりと重そうに見える。


「セリーヌ、アイテムボックスに入れようか?」


「アイテムボックスに入れちゃうと冷めないからこれでいいわ。まだだいぶ熱を持ってるからね」


 足を止めずに縄を引っ張りながらセリーヌが答えた。冷やす必要があるなら仕方ない。俺たちはいつものようにセリーヌを先頭にして、もと来た道を歩き出した。


「ねーねー、セリーヌお姉ちゃーん」


 ニコラがセリーヌのスカートの端をくいくい引っ張りながら話しかける。


「ん? なにかしら?」


「もしかして……この亀、食べるの?」


「ええ、そうよ。期待していてね? すっごく美味しいんだから」


「そうなんだー。わーい、たのしみー」

『マジなのですか……』


 ニコラの若干棒読みの声と同時に、楽しみではなさそうな念話が聞こえてきた。こいつ前にも岩虫を食べるのを躊躇ちゅうちょしていたし、食い意地張ってるくせにゲテモノ耐性がないんだよね。


 青ざめながら黙り込んだニコラから視線を外して隣を見ると、エステルが顎に手をあてながら首をひねっている姿が目に映った。


「どうしたの? エステル」


「えっ、うん……。ボクならあの魔物をどうやったら倒せるのかなあって考えてたんだけど……。接近して一撃で急所を狙うしかないし、失敗したら大怪我しちゃうことを考えると、倒すのは厳しいかなあって……」


「そうかもしれないわね。でもね、しっかり自分の力量を見極めるのは大切なことよ。偉いわエステル」


 がっくり肩を落とすエステルを、セリーヌがにっこりと微笑んで褒めた。たしかに冒険者には見極めが大事なのかもしれない。失敗したら命を落とすことだってありうるからね。


「でも、マルクなら勝てちゃうよね?」


「え、僕?」


 エステルが期待に満ちた表情を俺に向けた。あんな歯ギザギザと対峙するなんて考えたくもないけれど、話を振られたことだし少し考えてみる。


「……んー。地面に穴を掘って、落ちたところを狙い撃ちかなあ。それが無理なら浮遊レビテーションで浮かびながら攻撃すればなんとかなりそうかな?」


 動きが直線的とはいえ、あの重量で突進されるのは怖い。動きを止めて遠距離から攻撃するか、ヤバかったら上に逃げちゃえばいいと思う。


 俺は唾を飲み込み、テストの解答を待つ学生のような気分でセリーヌ先生を見上げた。セリーヌ先生は大きく息を吸い込み、はーっと吐き出す。


「マルクならそれであっさり倒せちゃうでしょうね。さっきも言ったとおり、本来ならC級が数人がかりなんだけどねえ……」


「そうなんだ! やっぱりマルクはすごいね!」


 エステルがキラキラした目で俺を称えるけれど、これは適材適所みたいなもんだと思う。俺にはエステルのように、命を奪うことなく十数人の野盗を無力化するなんて芸当はできないし。


「マルク、やっぱりあんたは冒険者になるべきよ~。いっそ歳をごまかして領都で冒険者ギルドに登録しない?」


「えー、やんないよ」


「あら、残念」


 たまに本気っぽいときもあるが、さすがに今回は冗談のつもりだったのだろう、セリーヌはまったく残念なそぶりも見せずに軽く答えた。


「というか登録する年齢ってごまかせるの?」


「できるわよ~。生まれも育ちもよく分からないような連中だってたくさんいるし、年齢は自己申告だからね」


 それもそうか。冒険者ギルドは十歳から登録できるけれど、九歳と十歳の見た目なんか大して変わらない。十歳と自己申告したところで、よその町ならバレることもなさそうだ。


 しかし冒険者ギルドに登録するとある程度の活動が義務付けられ、それを達成しないと資格が剥奪されるらしいので、今は登録料の無駄になりかねない。


 まあ冒険者ギルドに所属しなくても、世の中にはまだまだ学ぶべき知識や技術はたくさんあるからね。慌てて登録する必要はないだろうし、こつこつとスキルアップに努めていくに限りますな。



 ◇◇◇



 ギャレットの元へ戻ってきた時には、すっかり夜になっていた。簡易厩舎の前で焚き火にあたっていたギャレットが俺たちを出迎える。


「おかえり。……ん? なんだその亀は?」


「ふっふー。これはランドタートルよ」


「なんと! この辺に棲息していたのか!」


「以前もこの辺で狩ったことがあったのよね。今回も見つけることができるなんて我ながらツイてるわ~」


 セリーヌは機嫌良さそうにギャレットと会話をしながら、エステルと一緒にランドタートルを持ち上げ、近くの大岩にランドタートルを寝かせた。


「エステルはそのまま動かないように押さえていてね? さてとお手伝いを……」


 セリーヌが呟きながらこちらを振り向く。俺の背後のニコラがスッと気配を消したようだ。そうなると選ばれるのは俺しかいない。


「マルク~。ちょっと手伝ってくれる?」


「いいよ。何をすればいい?」


「今からランドタートルの首を切るから、この革袋で血を受け止めてね」


「うん。……うん?」


 俺はよくわからないまま少し大きめの革袋を受け取ると、セリーヌは俺の手を握ってランドタートルの首の真下に革袋ごと誘導した。


「動かさないでね? それじゃあいくわよー」


 セリーヌは短剣を取り出し、勢いよくスッパーンとランドタートルの首を切り落とした。ランドタートルの首がボトンと地面に落ち、すぐに首元からはドバドバと血が流れる。


「ほらほら、しっかり持って。こぼしちゃダメよ!?」


「ふおおおおおおおおおおお!」


 思わず声を上げながら怖気おぞけを耐える。グロには少しづつ慣れてきていたとはいえ、心の準備をしていないうちのサプライズはさすがにキツいものがあるな! 俺は革袋を落としてしまわないようにぎゅっと握りしめながら、流れる血を革袋の中に受け止め続ける。


「この血が結構高く売れるのよね~」


 俺の気持ちも知らずにセリーヌが声を弾ませながら言った。噛み付いたら離れないとか、血が高く売れるとか、スッポンみたいなもんなんだろうか。スッポンは甲羅が柔らかいし歯は無いらしいけど。……ああ、前世で食べたスッポン鍋は美味しかったな――



 しばらく前世のスッポン料理のことを思い出して現実逃避をしている間に、ランドタートルの血は止まってくれた。セリーヌは俺からずっしりと重くなった革袋を受け取ると、鼻歌混じりに馬車の軒下に吊るしに行く。しばらく寝かす必要があるそうだ。

 

 すぐに戻ってきたセリーヌは、今度はランドタートルの横から短剣を差し入れ解体作業を始める。普段セリーヌが解体をするところなんて見ないけど、さすが冒険者だけあって手際がいいね。


 セリーヌは甲羅の横側を一周するようにサクサクと切り込みを入れると、そこに短剣を差し入れ「むんっ」と、一声上げてテコの原理で押し込む。すると甲羅はまるで缶詰の蓋のようにパカンと開いて剥ぎ取られた。


 そしてセリーヌはそのつややかな甲羅をさっそく手に取り、ニヤニヤと見つめている。正直ちょっと引くけれど、きっと甲羅も高く売れるんだろうなあ。


 俺は上機嫌のセリーヌを見つめながら小さく息を吐き出した。

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