306 エステルと冒険者ギルド

 翌日。俺たちは宿を出ると謝礼金を受け取りに冒険者ギルドへと向かった。ギャレットとは別行動。お互いの用事が済んだら北門で合流して、そのまま領都へ出発する予定だ。


「ん~。今日はいい天気ね~」


 前を進むセリーヌは足取り軽く、雲ひとつない薄い青空を見上げながら目を細める。普段よりもほわほわと機嫌が良く見えるのは、謝礼金で多少は懐が暖かくなるからなのかな? 金欠疑惑が深まるけれどセリーヌの面子めんつもあるだろうし、もう問いただしたりはしないでおこう。


 機嫌が良いのはもう一人いる。ニコラだ。さっき屋台で買った葡萄ジャムのたっぷり入ったクレープをもっきゅもっきゅと食べながら、大通り沿いの屋台をふらふらと渡り歩いて食べ物を買い漁っている。


「ニコラ、あんまり無駄使いするなよー」


「ふぁーい、ふぉにいちゃん」


 ニコラは頬にクレープを詰め込んだまま答えると、たった今買ったばかりの焼き菓子入り紙袋を俺に押し付け、別の屋台に向かって駆け出した。ハハッ、聞く気が無さ過ぎて逆にすがすがしい気分だね。


 そしてエステルはといえば、俺と手を繋ぎながらキョロキョロと町並みを眺めていた。昨日は夜までセリーヌに町中を連れ回されていたけれど、さすがにまだまだ見飽きることはないらしい。


「ねえマルク、あの建物ってなに? 大きな看板の」


「うん? ああ――」


 エステルが指し示す先には、剣と杖をあしらった立派な看板を掲げる石造りの建物が立っていた。あの看板には見覚えがある。どうやら目的地に到着したらしい。


「あれが冒険者ギルドだよ」


「そうなんだ。あれが冒険者ギルド……!」


 エステルは目を輝かせて声を上げると、自然と早足になりながら俺の手をぐいぐい引っ張り足を進める。冒険者になりたくて外の世界に飛び出しただけあって、もう居ても立ってもいられないんだろう。俺たちは駆け足気味にセリーヌを追い越し冒険者ギルドの前に到着した。


 入り口にはファティアの町と同じような、上下が切り抜かれたウエスタンドアが備えられていた。しかしウエスタンドアの更に向こうにも、きっちりと閉め切られた大きな扉がある。さすがに冬場も開けっ放しということはないらしい。


「入るよ? いいよね?」


 ワクワクを隠しきれないエステルの言葉に、微笑ましそうに笑顔を浮かべていたセリーヌがコクリと頷く。エステルは俺から手を離すとすぐさまウエスタンドアを押し開け、奥の扉をゆっくりと両手で開けた。


「ふわあ……」


 エステルから感嘆の声が漏れるのを聞きながら、俺も彼女の隣でギルド内を見渡してみる。感動しているエステルには少し悪いけれど、中はファティアの町の冒険者ギルドとさほど変わらないようだ。


 入ってすぐの左手の壁一面には依頼書が所狭しと貼られ、冒険者たちが依頼内容について相談をしている姿があちらこちらに見られた。


 そして目の前にはテーブルと椅子の置かれた飲食スペースが広がる。おそらく営業開始して間もないこの時間帯はまず依頼書を確認するのが冒険者の常識なのだろう。椅子に座っている者はいたけれど、飲食をしている者は一人もいなかった。


 現在ギルド内で飲食をしているのは、セリーヌの横で立ち食いしているニコラただ一人。……なんだか恥ずかしい気分になってきた。


 俺が羞恥に震え、エステルが感動のあまり入り口で立ち止まっている中、セリーヌがエステルの肩をポンと叩いて正面奥に並んだカウンターを指差す。


「ほらほら、いつまでも見てないで受付に行くわよん」


「う、うん!」


 俺たちは順番待ちの冒険者たちの最後尾に回った。するとすぐに俺たちの後ろにも順番待ちの冒険者が次々と並んでいく。


 革鎧を着込んだベテラン風の中年男や大きなハンマーを背負った巨漢。青いローブを纏った女、スキンヘッドのお兄さん等など、皆さん個性的かつ中々の迫力である。


 ここ最近なんだかやたらと絡まれているので、ここでも誰かしらが絡んでくるんじゃないかと気が気じゃなかったんだけど――


 目を輝かせながら辺りを見回すエステルに毒気を抜かれたのか、周囲の冒険者たちも微笑ましいものを見るような目でエステルを眺めているだけで、絡んでくることは一切なかった。


『大体お兄ちゃんはビビりすぎなんですよ。もっとドーンと構えるといいですよ。ドーンと!』


 ようやく警戒を解いた頃、俺の態度で察したニコラが熱々の肉団子をほふほふと頬張りながら念話を送ってきた。正直ニコラの図太さが羨ましい。俺はこんなに人が密集している場所で、匂いをプンプン漂わせている肉団子なんて絶対に食べられないからな……。



 しばらくして俺たちの順番になった。セリーヌが懐から書類とギルドカードを取り出して見せると職員の男は席を立ち、すぐに布袋を持って戻ってきた。そして布袋から金貨を取り出してカウンターに積んでみせる。


「――それでは、こちらが野盗の捕縛の報奨金になります。野盗十六人で金貨八枚です」


「あらら、やっぱり少ないのねえ……」


「ええ、賞金首ではありませんしね」


 セリーヌの落ち込んだ声に職員はそっけなく答える。


 俺が以前、賞金首の報奨金を受け取った時は一人あたり金貨三十枚。それが三人分で金貨九十枚とかなりの高額だった。それと比べると今回の野盗一人あたり銀貨五枚は少ないと言える。それでも貰えないよりはずっとマシなんだけどね。


 ちなみに今回の分配率はエステルが五、俺とニコラで三、セリーヌが二と決めている。昨日あげたおこづかいでいきなり爆買いをしているニコラに追加でお金を渡すのは不安しかない。どうして俺は報奨金より先におこづかいを渡してしまったのか。


「それでは受け取りの印を」


 ひとまずセリーヌが報奨金を受け取ると、職員は書類をこちらに向けて差し出した。


「ああ、それはこの子がするわ。エステル、血印よ」


「う、うん」


 エステルは緊張した面持ちで頷き、自前の短剣でツンと親指を突くと、ぷっくりと浮かんだ血玉ごと書類にギュッと押し付ける。血印を確認した職員は口の中で何かを唱えると血印が薄く輝いた。


 俺が以前行ったのと全く同じだ。違うところと言えば、俺の場合は受付嬢のリザに血のついた指を咥えられ止血をされたことくらいか。さすがに男の職員が十五歳のエステルの指をパクリとはいくことはなく、エステルは自分で親指を咥えて血を拭った。後で回復魔法をかけてあげよう。



「さてと、用事は終わったけど……」


 セリーヌがカウンターを離れながら呟くと、エステルは申し訳なさそうに口を開いた。


「あの、セリーヌ、マルク、ニコラ。もう少しだけ冒険者ギルドの中を見学していいかな……?」


「ふふ、時間はだいぶ余ってるし、かまわないわよ。それにニコラちゃんもお腹いっぱいみたいだから食休みが必要だしね。しばらくここで座ってましょうか」


『ううう……ぽんぽんぺいんが……』


 ひたすら食べていたニコラが青い顔でお腹をさすりながら椅子に腰掛けた。相変わらずのお腹の弱さである。いや、朝食の後にあれだけ食べれば当然のような気もする。


「エステル、僕らのことは気にしないで楽しんでね」


「うん。それじゃ行ってくるね!」


 エステルは笑顔で答えると壁に貼られた依頼書に向かって駆け出し、残った俺たちはテーブルを囲みながらしばらくエステルを眺めるのだった。



 ◇◇◇



 北門近くの外壁沿いには厩舎がいくつも立ち並び、ところどころから馬の嘶きが聞こえる。その厩舎前の通路では、ギャレットが馬と馬車を繋げる作業を行っている最中だった。


「あら、待たせたかしら?」


「いいや、今来たところだよ。準備が終わったなら乗ってくれ」


 顔を合わすなり、セリーヌとギャレットがデートの待ち合わせのような会話を交わす。セリーヌもそれに気づいたのか、なんだか嫌な顔をしながら馬車へと入っていく。それに俺、ようやく体調の戻ったニコラが続き、最後に冒険者ギルドを思う存分堪能したエステルが乗り込んだ。


 馬車の中に詰め込まれていたタマネギはトルフェの町で全て卸したらしく一つ残らず無くなっており、馬車内がとても広く感じる。まだ残り香があるものの、臭いもずいぶんとマシになっていた。


「ようし、出発するぞ」


 全員が乗り込んだのを確認して御者台のギャレットが手綱を捌き、馬車がゆっくりと動き始めた。そして北門で門番と二言三言会話をすると、馬車は北門をくぐり抜け、町の外へと出たのだった。


 馬車の中から外を覗き込むと、広々とした平原にはまっすぐと街道が伸びていた。この街道沿いに馬車で三日も進めば領都に辿り着くらしい。


 領都に到着すれば、次はいよいよファティアの町だ。ようやく旅の終着点が見えてきたことに、俺は自然と安堵の息を漏らしながら座席に深く腰を下ろした。



――後書き――


 冒険者ギルドの看板については、こちらの作者ツイッターにあるリザの制服の腕部分にも同じものがデザインされてますので、よろしければぜひぜひご覧くださいませ!

https://twitter.com/fukami040/status/1356629144767926274

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