300 マジックドレイン
ニコラはひとしきり上書き消毒とやらを行った後、満足げに首をくるんと軽く回し、地面に
『さて、後はコイツをどうするかなんですが』
変な角度に首が曲がっていた気がするし、放っておけば死ぬかもしれない。それならそれで……と思わなくもないけれど、ルモンの処遇については一応考えがあった。
『俺たちを商品として見ていたみたいだし、人身売買する人物か組織にコネがあると思うんだ。だからこのまま見殺しにするよりも、治療して町に引き渡して情報を引き出した方がいいんじゃないかな』
俺自身も誘拐については商人のギルから散々聞かされていたのだが、人をさらって売買することは少なくともこの領内では禁止されている。それでも誘拐事件が無くなることはない。
ギル曰く「そういう組織はどこにでも隠れ潜んでいるもんだ。お前はアイテムボックスは別にして見てくれも悪くないんだし、そういう面でも人さらいには十分に気を付けるんだぞ?」とのことだった。俺はニコラとの対比で容姿を褒められることが殆どないので、嬉しさのあまりニヤついてしまい、お前は真面目に聞いてるのかと怒られたのをよく覚えている。
『そうですね。野盗に対する処罰は厳しいみたいですし、このまま夢心地に逝かれるよりは過去の被害者も報われると思います。それに場合によっては、既に売られてしまった被害者を助けることに繋がるかもしれませんね』
ニコラも異論はないようだ。そうと決まればさっそく回復魔法をかけようと、俺はルモンの前にしゃがみ込んだ。するとニコラから更に念話が届く。
『――ただし、今治療したら意識を取り戻して面倒臭いことになりかねません。先にマジックドレインで魔力を吸い取っておきましょう』
『マジックドレイン? エナジードレインではなくて?』
木材を乾かすのにエナジードレインは使ったことはあるけれど、マジックドレインはまだ一度も無い。同じドレイン系ではあるが、エナジードレインは体力的なものを、マジックドレインは魔力を吸い取るといった違いがある。
『お兄ちゃんも魔力を使い果たすとフラフラになったり、気を失うように眠ることがありますよね? ルモンの魔力をギリギリまで絞って、あの状態にしちゃいましょうよ。そうしておけば怪我を治してもしばらくは静かになってるでしょう』
『確かにそのほうがいいか。それじゃあやってみる』
以前ノーウェルはエナジードレインよりもマジックドレインの方が上位だと言っていたが、俺自身としてはエナジードレインより簡単だと思っている。
エナジードレインで水分を吸い取るのはなんとかなったけれど、未だに体力を吸い取るというのはイメージが沸かない。それに比べると魔力を使って魔力を吸い取るというのは、仕組みとして理解しやすい。
ぶっつけ本番だが、それでもやれる自信はあった。
「マジックドレイン――」
俺は魔法名を呟きながら闇属性のマナを発現させる。口に出して名称と魔法を関連付けて覚えることで、魔法はより容易く発動出来るようになるからだ。
両手から月明かりの中でもはっきりと分かる黒い煙のようなマナがもくもくと湧き始め、ルモンの全身を覆うように取り囲む。するとあっさりルモンの中の魔力を感じることができた。初めてなのでここからは慎重に進めよう。
一度深く深呼吸をし、それから魔力の吸収を念じた。ルモンの中に感じる細い魔力の流れを闇属性のマナを介して俺の魔力に引き寄せるように。水が高いところから低いところに流れるように――
すぐにルモンの魔力が何の抵抗もなく俺の中に流入し始めた。そうしてさほど多くもないルモンの魔力をちびちびと吸い取っていると、不意にニコラがしゃがんでいる俺の背後に回り込んで語りかける。
『それにしてもルモンのギフト……「隠密」ですか。やっかいなギフトでした』
『そうだね』
『ああいうのをお兄ちゃんも持っていれば、これから先も安全に過ごせると思うんですけどね』
『エステルみたいに気配を絶つのはなかなか難しいし、ああいうのがあれば便利だろうね。身を守る上でもさ』
ギフトで簡単にオンオフができるみたいだし、目視されない限りは安全に隠れることもできそうだ。ダンボールの中に隠れたままどこかに潜入することだってできるんじゃあるまいか。ってそれはさすがに無理があるか。
『欲しいですよね、隠密ギフト』
『そうだねえ。確かに欲しい――』
――えっ!?
俺の身体に何かが入ってくるのを感じた。なんだこれ? ゆっくりと吸っていたにも関わらず、スルっと入ってきたんだけど。
俺は戸惑いながら背後を振り返る。ニコラがニチャアと口角を吊り上げた。
『あらま、お兄ちゃんったら。ついついルモンのギフトまで吸っちゃったみたいですね?』
『え? 何言ってんの? ギフトなんて吸えるもんじゃないだろう、常識的に考えて』
あまり不穏なことを言って俺をビビらせるのは勘弁してほしい。しかし既にやらかしたような予感もある。俺の背中に冷や汗が伝った。
『お兄ちゃんはいい加減、その常識の向こう側にいることを受け入れて欲しいところなんですが……。とりあえずは一度、身体の中を探ってみてください。何かこれまで無かったものが……存在しませんか?』
『むむ……』
俺はマジックドレインを中断して立ち上がり、目を瞑って身体に流れる魔力の流れを意識する。そうして違和感を探すと、たしかに今まで無かったものが身体のどこかに備わっているような? そんな不思議な感覚があった。
『何かあったよ、あったけど――』
『その何かに向かって働きかけてみてください「隠密」と』
俺の言葉を遮るようにニコラが続けた。仕方がないので言う通りにする。
『隠密……あっ』
少し血の気が引いたような身体が冷えたような体感と共に、自分が風景と溶け込む不思議な感覚を覚えた。これが――
『これが隠密のギフト? たしかに吸い取っちゃったみたいだ……。他人のギフトを勝手に吸い取ったら悪いよね? どうしたらいいかな……』
俺が罪悪感に軽くヘコみながら尋ねると、ニコラは肩をすくめてあっさりと言い放つ。
『別に気にしないでいいんじゃないですか? 私たちを襲った悪人はどのみち処罰されるんですし、迷惑料としてポッケにないないしておきましょうよ』
うーん……。それでいいのかな? でも返せそうにもないし、襲撃された迷惑料だと思えば気持ちも幾分か楽になった気がする。
『さてと、お兄ちゃん。そのまま隠密を発動させてじっとしていてくださいね?』
ニコラは真剣な顔でそう指示すると、俺の体をペタペタと触りだした。さらには俺の体のあちらこちらをクンクンと嗅ぎ回っている。なにしてんの? コイツ。
俺の冷たい視線に気づいたのか、ニコラは嗅ぎ回るのをピタリと止めると至って真面目な顔で答える。
『ブラコンに目覚めたわけじゃないのでご心配なく。……なるほど、この感じが「隠密」なんですね。ふんふん、クンカクンカ』
ニコラは俺にろくな説明もしないまま、再び嗅ぎ回ったりベタベタと触るのを再開した。普段セクハラをしているときとは違い、その顔は真剣そのものである。
仕方がないのでしばらく好きなようにやらせていると、ニコラは「よし」と短く言った後、俺を真っ直ぐに見つめながら自信満々に薄い胸を張り上げた。
『今まで隠密ギフトの情報はありませんでした。そのため私の感知をくぐり抜けたのですが……。たった今情報をアップデートしました。これで今後は隠密ギフト持ちがいたとしても、私を
『え? そんなことってできるの?』
『お兄ちゃんと私の魂が一部繋がってる話はしているでしょう? 今、お兄ちゃんを通してギフトの解析をしましたので』
ルモンがギフトを持ったままでは解析ができないけれど、俺の中にあると解析が出来るということだろうか。
『……なるほど、そういうことか。そのために俺にギフトを吸収させたんだな』
『そうですね。でも確かに誘導はしましたけど、本当にできるかどうかは半々といったところでした。私はお兄ちゃんの規格外のアレ具合にドン引きですよ』
『あっそ……。まぁ確かに今回はヒヤっとしたからね。護符が無ければ結構な深手を負っていたかもしれないし、対処方法ができたなら嬉しいよ』
終わったことなので、俺としては軽く言ったつもりだったのだが――
「――ええ、もう不覚は取りません」
ニコラは少し険しい顔でボソリと口にした。そしてすぐに表情を緩めてルモンを見下ろす。
『ほらほら、お兄ちゃん。そろそろ治療しないとルモンが死んじゃいますよ? セリーヌもどうやら片が付いたみたいでこちらに向かって来てますし、さっさと治療しちゃいましょう』
『おっと、そうだった。それじゃあさっくりと治しますか』
俺はニコラに問い返すことなくしゃがみ込むと、魔力を抜かれ虫の息になっていたルモンの治療に専念することにした。
――後書き――
ついに300話到達! ここまで読んでくださりありがとうございます!
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