230 ぎゅっ、シュバッ! ふぉ~ん
演説を続けるディールに他人の振りをしつつ公園を横断し、その後しばらく森の中を進むと川へとたどり着いた。この向こうが目的地の狩場とのことだ。川幅はそれなりにあるけれど、もちろん橋なんて掛かっていない。
それなら土魔法で橋か足場でも作ろうかな? なんて考えていたところ、川岸に立ったディールがこちらに振り返り腕を組みながら高らかに宣言する。
「よし! それでは俺が一人づつ抱えて川を渡ってやろう!」
そう言い放ったディールは緑色のマナを全身に纏ったかと思うと――、ふわりと宙に浮かんだ。
おおっ、セリーヌが重力を無視してふんわりと着地をしたことがあるし、もしかしたらと思っていたけれど、やっぱり空を飛ぶ魔法もあるんだなあ。
『はー。ただのやべー奴じゃなかったんですねー』
感心したようなニコラの念話が届く。まったくもって同感である。なんだかんだ言いつつも、セリーヌが魔法の実力を認めているってのは伊達じゃなかったんだなあ……。
ディールはただのカッパ型珍獣ではなかったようだ。そのように評価を上方修正したところで、セリーヌが冷めた言葉を彼に投げかけた。
「ディール、あんたって確か浮くのがやっとで、ひとっ子ひとり持ち上げられないんじゃなかったっけ?」
「ふむ。これまでは確かにそうだった。……だが! 今日こそやれる気がするのだ! さあ、セリーヌ! 俺に身を任せるがいい! 必ずやお前を対岸まで届けてみせようではないか!」
ふわふわと宙に浮かんだディールが鼻の穴を大きくしながら両手を広げて見せると、セリーヌが嫌そうな顔をして後ずさった。うわ、セリーヌのあんな顔を見たの、ウチの食堂で飲みすぎたおっさんが吐いたゲロを見た時以来だよ。
しかしセリーヌのそんなレア顔よりも、ディールに聞いておきたいことがあった。
「ねえ、ディールさん。体を浮かすのってどうやってやるの?」
俺の声にディールはふよふよと浮きながらセリーヌににじり寄るのを止め、こちらへと振り返る。
「ふむ、これか? 風のマナを全身にふわっと放出させた後に、腰のあたりでぎゅっとしてシュバッ! そしてふぉ~んとするのだ」
「なに言ってるの、あんた?」
『なに言ってるんですかね、この人』
セリーヌの冷めた声とニコラの念話でツッコミが入るが、風属性のマナをふわっと放出した後、ぎゅっ、シュバッ! ふぉ~んなら、全く意味がわからないってこともない。
「どうしてこれがわからないのだ?」と不可解な顔をしてセリーヌを見つめるディールをよそに、俺はさっそく風属性のマナを全身にふわっと放つ。
後は、と……、腰でぎゅっとして……シュバッ! そして……ふぉ~ん……。……お、おおっ!? 体が浮いてきたぞ!
「フハハ! 子供! 筋が良いではないか! 後はそれを維持しながら動くだけだな。だがそれにはかなりの鍛錬が必要になるぞ!」
ディールが俺を見ながら満足げに頷いている。鍛錬が必要らしいけれど、せっかくだからコツでも聞いておこう。
「ディールさんはどんな感じで動くんですか?」
「肩から背中のあたりをふぁー……っとしながら、足をふぉ~っとするのだ。これにはさすがの俺ですら数年はかかった。だが子供よ、見込みはあるぞ! 今後も弛まぬ努力を続けるがいい」
背中あたりをふぁー……、足をふぉ~か。こう……、いや、こうかな? ふぉ~よりもふょっふゅ~の方が俺に合ってる気がする。
すると俺の体が浮かんだまま前へと進んだ。なるほど、確かにこれはふぁーでふぉ~で間違いない。しかし俺にはふぁーでふぉっふゅ~のほうが伝わりやすいのだろう。人によって感覚が微妙に変わるところも魔法の面白いところだと思う。
そうして何度か試運転を続けると、次第に自由に動き回れるようになってきた。それをじっと見つめていたディールは首を軽く振ると肩をすくめた。
「やれやれ……。いきなり子供に
「そうですね。ディールさん、ありがとうございます。ちなみに僕はふぉっふゅ~のほうが合ってるみたいでした」
「ほう? 子供は子供のわりになかなか魔力の出力が大きいようだな。ふむ、確かにそれならふぉ~よりもふぉっふゅ~だろうな」
「やっぱりそうなりますよね!」
「うむ」
俺の言葉にディールが大きく頷く。そのように俺とディールが魔法談義を交わしていると、ニコラからちょっと引いたような念話が届いた。
『うわっ、お兄ちゃんが緑の人とどこかの終身名誉監督みたいな言葉で通じ合ってる……』
『え? ニコラ、お前はコレがわからないの?』
『さっぱりわかりませんよ。お兄ちゃんの場合はイメージとアホみたいな魔力量でなんとかなるんでしょうけど、私は感覚派じゃなくて理論派ですから。カンピューターじゃなくてID野球なんです』
ニコラは日々自分が楽になるような魔法を創作したりしているが、あれらにはそれなりの理論のようなものがあるらしい。道理で俺には真似出来ないはずだ。俺は未だにイメージに頼り切ってるもんなあ……。
これまで色々とゴリ押しでやってきたような気がするので、そろそろ本格的にニコラに教えを請うた方がいいのかもしれない。そう反省しているとニコニコ顔のセリーヌが俺の傍まで歩いてきた。
「マルクならやってくれると私は信じてたわよ~。それじゃマルク、私を向こうの岸まで運んでもらえるかしらん?」
セリーヌは微笑みながらその場にかがみ込んだ。どうやらこのままセリーヌを持って運べと言うことみたいだけれど……。
「え? 浮いて動くのはできそうだけど、僕の筋力が強化されてるわけじゃないからあまり重いものは――大丈夫です、イケマス」
突然表情を消したセリーヌの迫力に俺はすぐさま首を縦に振ると、セリーヌはそのまま無言で俺の首をしっかりと抱え込んだ。
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