191 大混乱
セリーヌが椅子をガタッと鳴らして立ち上がり、手振りも交えながら必死な形相で捲し立てる。
「駄目なのレオナさん! 私このままだとマルクを……あっ、ちがっ! ええと、そう! マルク、私のことは気にしないでいいのよ! ちょうど村でゆっくりしようと思っていたところだし、レオナさんには一日でも早くマルクを返してあげたいし! ねっ! ねっ! 明日帰りましょう!?」
真っ赤な顔のセリーヌが、俺と共鳴石に顔を交互に向けながら慌てふためいている。普段なかなか見ることのない様相にしばらくポカーンと眺めていたんだが、ニコラの念話で我に返った。
『お兄ちゃん、レアなセリーヌの姿を眺めていたい気持ちもわかりますが、すぐにでも引っ越しの話をしておかないと滞在の件が勢いで流れてしまいますよ』
おっと、確かにボンヤリしている暇はない。俺と一緒に寝るとトイレが長くなるセリーヌにすでに引っ越し準備中だとを伝えなくては。俺はセリーヌを落ち着かせるように、なるべくゆっくりと話しかけた。
「ねぇ、セリーヌ。ポータルストーンのことだけでもなくて、この村で勉強したいって言ったことも本当なんだ。それにね、いつまでもセリーヌに迷惑をかけられないから、実はもう自分の家も準備している最中なんだよ」
引っ越しを主題にしてしまうとセリーヌも色々と気付いてしまうかもしれない。引っ越しの件はあくまでおまけとしてさらっと付け足した。
「……へ? あっ、そうなの? い、いや迷惑とかそういうことはないから! マルクが居たいならいくらでも居てくれていいんだからね? ほ、本当よ!? ……でも、へぇ、そうなの。もう住む場所も作っているのね……ふ、ふ~ん」
セリーヌは落ち着きを取り戻すと、取り繕うように弁解を始めた。
「わ、私としては明日帰るつもりで予定を組んであったから? 綿密な予定が崩れちゃってほんの少し取り乱しちゃったかしらね。確かにこの村にはマルクの勉強になることもあるし、ポータルストーンのことだってマルクが手伝ってくれるなら助かるし? よく考えたら断る理由はないわよね。ええ、ええ、そうなのよ」
弁解を終えたセリーヌが髪をかき上げていそいそと椅子に戻ると、共鳴石から母さんの声がした。
「なんだか大騒ぎだったけど、セリーヌさんはどうなのかしら?」
「え、ええ。ちょっとね、予定が崩れて混乱しちゃっただけだから。私も冒険者としてまだまだみたいね~。オホン! ……三ヶ月滞在の件、レオナさんがいいと言うのなら、引き続き私が責任を持ってマルクとニコラちゃんのお世話をさせてもらうわよ」
「ふーん、ふんふん。……そういうことならセリーヌさん、これからも二人をお願いするわね?」
「ええ、任せてちょうだい!」
セリーヌは共鳴石に向かって自分の胸をトンと叩いた。ぽよんと胸が揺れ、ニコラの鼻の下が伸びる。共鳴石から母さんの声が響いた。
「それじゃあマルク、一つだけお約束出来る?」
「なにかな?」
「毎日必ず一回はこの石で連絡すること。すごくたくさんの魔力を使うって聞いたけど、もちろんマルクなら大丈夫よね?」
「うん、平気だよ!」
「それじゃあ母さんと約束よ。マルクたちの声を聞きたいのは母さんと父さんだけじゃないんだからね。それと~、ニコラいる~?」
「いるよ、ママー」
「マルクの方は放っておいてもお勉強もお手伝いもするだろうけど、あなたはおサボりするから少し心配なのよね。うーん……」
ニコラの顔に緊張が走る。実家にいたときも隙があればすぐに家の手伝いから逃げようとしていたからな。母さんの懸念は当然と言える。
「ねぇセリーヌさん。ニコラにお家のお料理を手伝わせてあげてくれないかしら? うちでお料理の練習中だったんだけど、中断しちゃってるのよ」
「……あ~、それがウチは母も私も料理はからっきしでね。料理は出来合いの物を買ってくるか、手伝いも不要のような簡単な料理しか作らないのよね~」
「あら~、そうなのね~。それじゃあ心配だけど、お料理の練習はしばらくはお休みするしかないのかしら……」
『イエスッ!』
三ヶ月のモラトリアムが確定しそうな雰囲気に、ニコラがテーブルの下の手を握りしめるのが見えた。しかし――
――そうはさせない。俺の都合を考えず、散々ヘタレと言ったことの報いを今こそ受けてもらおうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます