151 井戸端会議

 翌朝。俺は目覚めるとさっさと外着に着替え、一人で宿屋の外へ出た。セリーヌの教えを守り、そろそろ起き始めるデリカに気を使った形だ。


 しかしよく考えてみると、野宿の流れでそのまま大部屋をセリーヌは選択したようだったが、宿屋の部屋はまだ余ってそうだし俺だけ一人部屋でも良かった気がする。……でも節約するに越したことは無いしなあ。なにより八歳の子供が一人部屋で宿泊ってどうなんだろう。


 そんなことを考えながら、あまりいい思い出の無い井戸へと向かった。すると井戸には先客が居た。ラックとジャックの兄弟だ。二人とも上半身裸で剣を井戸に立て掛け、タオルで汗を拭っている。ちょうど素振りが終わったところなんだろう。


「ラック兄ちゃん、ジャック、おはよう」


 俺が声をかけると、ラックとジャックは軽く手を挙げた。ここに二人しかいないということは……。


「パーティメンバーのお兄さんたちがいないけど、どうしたの?」


「あー……。昨日は遅くまで飲んでたみたいだからな、もうすぐ起き出すんじゃねえかな。……正直俺は心配になってきたぜ。あんな適当な奴らだったとはなあ」


「俺も夜中まで飲むとは思わなかったけど……。大丈夫なのか、兄貴?」


 おっ、ジャックはラックのことを兄ちゃんじゃなくて兄貴って呼ぶようになったんだな。こういうのに気づいてしまうと何だかニヨニヨとしちゃうね。


「前に一回組んで、魔物の駆除をした話は言ったろ? 俺も自分は負けてねえとは思うが、なかなかの腕前だったぜ。だから……、まっ、なんとかなるだろ」


 ラックは頭を掻きながら、自分に言い聞かすように言った。


「ふぅん。大丈夫なの?」


 背後からセリーヌの声がした。後ろを見れば、セリーヌとデリカ、ニコラが井戸に向かって歩いてきていた。デリカはともかくニコラは朝が弱いので、まだ半分寝ているみたいにフラフラとしながらセリーヌの腰にしがみついている。


「ああ。マルクにヘタなところは見せられねえしな。なんてったって未来のパーティメンバーだからよ」


「あら~? マルクは冒険者になったら私とパーティを組むのよ?」


「なっ、本当か!? マルク?」


 驚いた顔で俺を見つめるラック。だがもちろん――


「そんな約束をした記憶はないよ」


 仮に冒険者になるとしたら、セリーヌと組むのも悪くないかもしれないけど、変に約束をするよりは、将来の予定に関してはフラットにしておくに限る。


「あらあら、強情ねえ。まぁまだまだ時間もあるし、ゆっくり考えればいいけどね~」


 そう言ってセリーヌは俺を背中から抱きしめた。昨日酒を差し入れてから、セリーヌはとても機嫌がいい。


 それを見たラックは羨ましそうに鼻を伸ばし、ジャックは心底嫌そうに顔を歪めた。ジャックは本当に女嫌いになってしまったんだなあ。


「そ、それでいつ頃巣穴に向かうの?」


 俺が話を変えるべく、抱きつかれたままラックに問いかけた。


「あ、ああ、おそらく昼辺りじゃないか? 鉱山の魔石坑道とやらから巣穴に入って、巣穴の奥にいるマザーストーンリザードをぶっ殺すつもりだよ」


「マザーストーンリザード?」


「ああ、鉱夫の話だといくら狩っても減らないってことだったからな。マザーストーンリザードがいるのは間違いないだろうな。ストーンリザードは普通に繁殖もするが、たまに多産型の特殊個体が現れるんだ。そいつを一匹見たら子供が百匹いると思えってな」


 某Gみたいな魔物だな。……しかし特殊個体かあ。セカード湖のヌシもおそらく特殊個体ってヤツだったんだろうと思うけど、そうなってくると普通のストーンリザードよりも強いんだろうな。少し心配になってきた。


「ラック兄ちゃん、ジャック、二人とも頑張ってね。それとこれあげる」


 俺はD級ポーションを三個づつ、ラックとジャックに手渡した。ラックが土魔法製のポーション容器を摘みながら下から横からと眺める。


「これは?」


「僕が作ったD級ポーション。ちょっとした骨折くらいなら治るみたいだよ」


「は? D級!? これを作ったってお前……」


「ほら、前にジャックを探しに行った時に薬草採ったじゃない? あれを育てたりしてるうちに作れるようになったんだ。タダみたいなもんだから、危なくなったら迷わず使ってほしいな」


 ジャックが古傷に触れられたような苦い顔をし、ラックが呆れたように息を吐きながら腰に手を当てた。


「タダみたいなもんてお前、一つで金貨10枚はする代物が六つだぞ……。……でも、ありがたく貰っておくな。一応E級ポーションは幾つか持ってきたがD級なんて一本も持ってねえし、すげえありがたいよ」


 ラックはニカッと笑うと、ズボンのポケットにポーションを仕舞い、ジャックもそれに習った。


「よし、それじゃあせめて朝食は俺に奢らせてくれ。セリーヌさんたちもそれでいいか?」



 ◇◇◇



 その後ラックたちと同じテーブルを囲み、朝食を共にした。


「得したね」とセリーヌに言うと、なんだか変な顔をしていたけれど、ポーションは元手がタダなんだから得したってことで問題ないと思う。

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