142 情報料

「はーい、どうぞ~」


 セリーヌが答えると扉が勢いよく開き、ネイが部屋に入ってきた。もう帰り支度を済ませているんだろう、給仕の時に付けていたエプロンを取り外し、半袖とハーフパンツというネイらしい活発そうな装いになっている。


「邪魔するぜ」


 ドカドカと足音と立てて入ってきたネイは、足を止めるとキョロキョロと部屋の中を伺う。そしてテーブルに飲み物を用意していた俺と目が合うと、一瞬固まった後すぐにセリーヌの方を向いた。


 まだ泣き顔を見られた件が後を引いているらしい。気にしないでいいのにね。


「そ、それじゃあ、行商人のビヤンの話だったな」


「ええ、よろしくね」


 セリーヌが椅子を勧めるとネイは飛び跳ねるように座高の高い椅子に座る。セリーヌとネイがテーブルを挟んで対面に座り、俺を含めた子供組はベッドを椅子代わりにして二人を囲うようにして座った。


「まずはもう知っているかもしれないが、あたしはこの酒場で働いているドワーフのネイ、十歳だ。よろしくな」


「私はセリーヌ、冒険者よ。年齢はな・い・しょ」


「デリカよ。十二歳。よろしくね」


 デリカがおすまし顔で自己紹介をする。どうやらもう先程の状態からは回復したらしい。


「僕はマルク。八歳です」


「お兄ちゃんの双子の妹のニコラだよ!」


「えっ? お前ら双子なのか? 似てねえなあ……」


 ネイがまるで疑うかのように首を傾げる。フッ、もう似ていないと言われるのは慣れっ子なので、どうってことないぜ。


 自己紹介が終わったところでセリーヌが俺の方を見た。俺は頷くとネイに話しかける。


「ネイはもうご飯は食べたのかな?」


「いや? 家に帰ってからだな」


「それじゃあ、これおみやげ。お家で食べてね」


 俺は包みに入った串焼きをテーブルの上に置いた。セリーヌと相談してお礼として用意したものだ。


 ちなみに中身の串焼きは町の屋台で買ったもので、「ファティア町名物 セカード風串焼き」と言う、頭をひねりたくなるような代物だったりする。


 さっそくネイが興味深げに手に取った。


「うおっ、アツアツだな。この辺でこんなのが売られている所あったっけ?」


「ううん。ファティアの町で買ったんだよ。僕アイテムボックスがあるんだ」


「へ~。そうなのか。回復魔法も使えるし、やっぱすごいんだな、お前……」


 ネイは俺の方をポカンと見つめた。そしてハッと表情を改めると、


「おっと、話がそれたな! それじゃこれは情報料代わりに遠慮なくいただくよ」


 串焼きの包みを手に持ち、足元に置いていた鞄の中にしまい込んだ。その後改めて俺たちの顔を一人づつ見回す。


「えーと、お前らは行商人のビヤンの様子を調べるために、ファティアの町からやってきたんだよな?」


「ええ、そうよん」


「そのビヤンだけどな、二ヶ月ほど前に鉱山から魔物が湧いたのはもう知ってると思うけど……、その時たまたま鉱山の近くにいたんだ。それで鉱夫たちから逃れて集落に迷い込んだ魔物に噛みつかれて、足に大怪我をしちまったんだよ」


「あらら、ビヤンさんは大丈夫なの?」


「ああ、今は杖をついているけど、このままでも行商に出られないこともないって言ってたよ。でもどのみち鉱山がご覧の有様で、売りに行く物もあんまりないからな。いい機会だって養生してるよ」


「なるほど、そういうことだったのね」


 セリーヌが合点がいった様子で頷いた。


「よかったら明日ビヤンさんに会わせてもらえないかしら? 会ったら渡してくれって、商売相手からの手紙も預かっているのよ」


「いいぜ。明日の朝にここまで迎えに来てやるよ。……と、他に聞きたいことあるか?」


「そうねえ……。私たちの依頼には直接関係ないんだけど、今回の鉱山の事件について教えてくれる?」


「わかった。……うまいなコレ」


 ネイは俺が準備した飲み物をひと飲みすると語り始めた。


「サドラ鉱山からは主にガラスの材料になるようなモンが産出されるんだ。それが稼ぎの中心なんだけどさ」


 そう言えばジョッキが安いとか言っていたな。いかにも荒っぽそうな鉱夫相手に壊れやすい物を使ってるなあとは思ってたんだよね。うちの食堂ではほとんど木のコップだ。


「――そのガラスの材料が掘れる坑道から横穴に入ると、少しだけ魔石が掘れる坑道もあるんだ。まぁ殆どは小さい魔道具に使うようなクズ魔石しか採れないんだけどな。でもたまにそれなりのモンが掘れたりするもんだから、博打感覚で掘りに行くこともあるらしいんだよ」


 ネイは再びコップに口を付けた後、話を続ける。


「今から二ヶ月ほど前のその日も、鉱山を仕切ってる親方の気まぐれで鉱夫たちは魔石坑道に行ったんだ。それで……聞いたとは思うけど、掘ってると急に壁が崩れて、ストーンリザードの巣と繋がっちまったみたいでさ。ストーンリザードってのは知ってるか?」


「僕は知らないなあ。セリーヌ、ストーンリザードってどんな魔物なの?」


「石が主食の大きなトカゲの魔物よ。それほど凶暴でもないんだけど、巣に入ってきた侵入者に対しては過剰な攻撃を仕掛けることで知られているわ」


「そうそう、めったに外には出てこないんだけどさ、侵入者に対してはかなり攻撃的なんだ。それで巣と鉱山が繋がったせいで、鉱山全体を巣と思い込んでしまったみたいなんだよな。そのせいで採掘を邪魔されるようになっちまったんだよ」


「最初は鉱夫だけでなんとかしようとしたのよね?」


「ああ。巣を掘り当てた時は二、三匹しかストーンリザードは出てこなかったらしいからな。大した大きさの巣じゃなさそうだから、自分たちで駆除しようってことになったみたいなんだ。まぁ結局、思っていたよりも大きい巣だったらしくて、ようやくギルドに依頼したみたいだけどな」


 ネイはそこまで話すとコップの中身をすべて飲み干した。


「あたしは鉱山では働いてないから客から聞いた話になるけど、だいたいこんな感じだな」


「なるほど、よくわかったわん。ありがとね」


「構わないぜ、土産も貰ったしな。他に聞きたいことはあるか?」


 ネイは俺たちを見回すが、全員が横に首を振った。


「そっか。それじゃあ帰るか。明日の朝迎えに来るから、ちゃんと起きとけよな? それじゃあな!」


 そう言うや否や、鞄を肩にかけてさっさと扉から出ていった。


「あらあら、せっかちねえ」


 おそらく急ぎの用事があるわけでもなく、生来の気性なんだろう。空席になった椅子を俺たちはポカンと見つめ続けた。



 ◇◇◇



 ネイが帰った後しばらく雑談をしていたが、話が途切れたタイミングでセリーヌがポンと手を合わせる。


「……さて、そろそろ休みましょうか。ベッドはもう決まってるわよね?」


 部屋のレイアウトは中央にテーブル。各隅にベッドが一つづつだ。すでに俺たちはベッドを椅子代わりに使っている。


「それじゃ残ったここが私のベッドね」


 セリーヌがベッドに座り込む。するとベッドがギシッと軋み、セリーヌは少し嫌そうな顔をした。


 俺は気づかない振りをしてベッドに横になると、今後の予定を思い返した。


 明日の朝ネイの案内で行商人のビヤンに会い、手紙を渡す。その後は町に戻って冒険者ギルドと依頼主に報告をする。それでミッションコンプリートだ。


 テンタクルスを退治したり山賊を捕まえたりと色々あった。セリーヌは楽な依頼だと言ってはいたが、俺に言わせて貰えば十分大変な仕事だったと思う。


 もちろん大変なだけじゃなくて楽しいこともあったけどね。こういうのを体験出来たのは、将来を考える上で本当に良かった。


 明日には冒険者が集落にやってきて、鉱山の魔物の討伐に乗り出すらしい。参加したいとは思わないけど、遠くから見学くらいならしてみたい。明日セリーヌに相談してみようかな。

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