118 風魔法コーティング

 俺はレコードより一回り大きい円盤を土魔法で作り出し、それに風属性のマナを纏わせることにした。普通の包丁が「カッチカチの冷凍イカも一刀両断、魚も骨ごとスッパスパ!」になる風魔法だ。


 念入りに円盤に風魔法を纏わせ、緑のマナが覆い尽くしたのを確認する。そしてそれを、バリケードを押し潰して前進しようとしているヌシに向かって投げつけた。


 風属性のマナが生み出した推進力のお陰で俺が投げたとは思えない速度で飛んでいった円盤は、若干上昇するような軌道を描きつつ――


 ――スパンッ! と心地よい音を残し、凄まじい切れ味で数本の触手を切断すると、そのまま闇夜に向かって飛んでいった。


「ガッオオオオオオオン!」


 ヌシの絶叫が響き渡る。


 よし! 風魔法を纏わせたまま遠くに飛ばすのはぶっつけ本番だったけれど、どうやら上手くいったようだ。


 俺はさらに二つの円盤を投げつけた。一つは前に突き出した触手を吹き飛ばすと角度を変え湖に落ち、――もう一つは触手を切り落としつつヌシの右目付近に深く食い込んだ。


「ギュピイイイイイーン!」


 半数以上の触手を失ったヌシは雑魚テンタクルスのような情けない声を上げる。バリケードへの突進も止まり、先程までの怒りを露わにした様子とは雲泥の差だ。トドメを刺すなら今だろう。


 俺は長さ1メートルの特大の槍を一本作り、風魔法を纏わせる。


槍弾ランスバレット!』


 俺のちっぽけな腕力にマナの推進力を加えた特大槍弾ランスバレットは、ガラ空きになったヌシの眉間に向かって真っ直ぐ飛んでいく。それに気付いたヌシが残った触手で眉間を守ろうとするが、それよりも早く槍弾ランスバレットが吸い付くように眉間に深く突き刺さった。


 その瞬間、叫び声も上げることなく、ヌシは眉間に槍を生やしたまま触手をだらりと地面に下ろし、まるで最初からそこにあった奇怪なオブジェのようにピクリとも動かなくなった。


 ……死んだのかな?


 俺は状態を確かめるべく、そろりそろりとヌシに向かって数歩近づく。


 すると突然、虚空を見つめていたヌシの目玉が俺を睨みつけ、大量の黒い液体をこちらに向かって撒き散らした。


「ブッシャアアアアアアアアー!」


 ヤバい、何かの毒か!? 急いで後退するが間に合わない……! ……が、胸の護符が一瞬光ったと思うと、まるで透明のドームに覆われたように俺を黒い液体から守ってくれた。


 俺の周囲にボトボトと黒い液体がこぼれ落ちる。うわっ、シュウウウとか音がして白い煙が上がってるんですけど。どうやら魔物のイカスミは食べられるようなものでは無いらしい。


 それにしても、今のって護符の力だよね。ああ……護符を返してもらってて、本当に良かった……。


 俺が無意識に護符を握りしめ一息つくと、イカスミを吐き尽くしたヌシは、ゆっくりと背後の湖に向かって倒れた。


 水面が激しく波打ち、沿岸はまるで雨が降ったかのように水浸しになった。そしてヌシは湖に身体を浮かべたまま微動だにしない。……今度こそ倒せたのかな?


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 周囲の男たちから歓声が沸き上がった。これはもう倒したってことでいいのかな? ……でもやっぱり怖いので風魔法を纏わせた特大の槍弾ランスバレットをもう一発だけ打ち込んでおく。


 ドスッ!


「……!?」


 盛り上がった漁師の皆さんが一瞬でシンと静まる中、ヌシの無防備な胴体に槍が深く突き刺さる。……が、衝撃で揺れた以外は動く気配はない。俺はようやく倒せたと確信した。


「……う、うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 俺のチキンな行動に、一瞬静まりかえった漁師の皆さんがやり直しをしてくれた。空気を読めなくてすいませんでした。


 なんだか力が抜け、俺はその場にペタンと座り込む。そして大物の魔物に勝てたという充実感がじんわりと胸を満たした。


 その途端、勝利の余韻に水を差す念話が届く。


『結局、地形ハメですか。なかなかずっこいですね。ネトゲならGMを呼ばれてるところですよ? 地形を利用した攻撃は禁止されているクポ』


『うるさいよ。こちとら必死だったんだよ』


『……それと、このレベルの魔物なら魂の力を得た実感はあるんじゃないですか? どうです、なにか感じませんか?』


『ん? ……ああ、なんだかぼんやりと何かを感じるかも』


 魔力の厚みが少し増し、視界もほんの少しクリアに見えるような、不思議な感覚がある。これが魂の力を得るということなんだろうか。


「マルク、よくやったわ」


 魂の力とやらをなんとなく感じていると、すぐ近くにセリーヌがやってきて、俺の頭をポンとやさしく撫でる。


「おバカな魔物で良かったわね。条件次第ではもっと大変だと思うわ。大物よー、コレは」


「そうだね、ラッキーだったよ」


「ああ、それと……。あの大きさならきっと……」


 セリーヌは湖に近づくと、ひょいっと身軽にヌシの死骸の上に飛び乗った。そして何かを唱え魔法のワンドでヌシの胴体の中心部分に切り込みを入れると、無造作にその中に手を入れる。


 しばらくして引き抜いた手には、青い宝石のようなものが握られていた。そして親分格に声をかける。


「親分さん。これはマルクの物ってことでいいわよね?」


「魔石か、もちろんだとも。これで所有権を主張するほど、俺たちは落ちぶれちゃいねえぜ」


 朗らかに笑いながら答える親分格に満足気に頷くと、セリーヌは座り込んでいる俺の横にしゃがむと、その魔石を俺に手渡した。


「はい。これはあんたの物よ」


 ――魔石


 魔道具を作るのに必要不可欠なマナを含んだ鉱石。鉱山で取れたり、大物の魔物から取れたりする物だ。ゴブリンやコボルトのような弱い魔物からは殆ど取れないので、それなりに貴重な物とされている。


 壊れた魔道具の中に入ってる魔石を見せてもらったことがあるが、その時に見たのは小指の先ほどの大きさだった。それに比べてこの魔石は大人の握りこぶしほどの大きさがあり、色もとても澄んだ綺麗な青色だ。


 価値はよくわからないけれど、お高いことくらいは想像できた。しかしこんなものを貰っても、全く利用方法がわからない。


 というか緊張の糸が途切れたからか、疲れが一気にやってきたようだ。考えがまとまらないし、今はとりあえず眠りたい。


 俺はアイテムボックスに魔石を収納すると、


「セリーヌ、後はおねがい。ちょっと休ませて……」


 そのままセリーヌにもたれかかり、柔らかい感触を楽しむ間もなく眠りについた。

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