76 パメラ

「ギルさん、ちょっと待っててちょうだいね」


 そう言うとカミラは俺とパメラを一階の店内まで連れていき、俺達をソファーに横並びで座らせた。


 そしてカウンターの奥から氷がたくさん入ったガラス容器と上等そうなグラス、ジュースの入ったボトルをテーブルの上に置く。


「パメラ、あんたもお店で働く時の練習だと思って、マルク君を相手にお話をしてみるといいわ。あ、マルク君、ウチの店はお触り厳禁だからね?」


 お触りて。最近はお姉さん方の無自覚の逆セクハラをされることはあるけれど、こちらからすることなんてありえないよ。ニコラじゃあるまいしね。


「それでは、ごゆっくりおくつろぎくださいね」


 綺麗な姿勢で一礼すると、カミラは裏口から出て行った。こうして薄暗い店内に俺とパメラが残されたのだった。



 薄暗い店内、会話は何もない。手持ち無沙汰なので、とりあえずせっかく準備してもらったジュースでも飲むかとジュースボトルを手に取ろうとすると、パメラが身を乗り出した。


「えと、私がする……ね」


 パメラはグラスを手に取ると、トングを使い静かに氷を入れ始める。そして七割ほど氷が入ったところでマドラーで静かにクルクルと回した。グラスを冷やしているのだろう。それからジュースをゆっくりと注いでこちらに手渡した。


 飲み物一つに結構な手間をかけるなあ、まるで夜のお店のようだなあと思ったところで気がついた。パメラはもうお店の見習いを始めているのだろう。さすがに接客はまだみたいだけど。


 そんなことを考えてる間にパメラは素早く自分の分も用意する。


「ありがとう。それじゃ貰うね」


「私もいただきます……」


 静かな店内でグラスを傾けた氷の音だけが響く。なんだか本当に夜のお店みたいになってるけど、なんなのこの状況?


 とりあえず一口飲んで落ち着いたので、パメラと会話を試みることにした。


「ええと、僕はマルク、八歳です。パメラ……は何歳なの?」


「……九歳」


 俯きながら答える。


「そっか、一つ上なんだね。えっと、ジュースおいしいね」


「うん」


「今日は天気がいいね」


「うん」


「犬と猫どっちが好き?」


「……犬」


「僕は猫」


 ……


 ……


 ……うーん、会話が続かない。教会学校にもウルフ団にもこの年頃の女の子はいたので、滞りなく会話出来ると思ったんだけど、基本的にみんな活発な子だったしなあ。タイプが違うとこんなに話しづらくなるものなのか。


 間が持たなすぎて、屋上で突っ立っていた時のがいいんじゃないかとすら思える。どうしようかと考えてると、パメラが俯きながら口を開く。


「ごめんなさい。私、お話が上手にできなくて」


 どうやら俺の困惑が伝わってしまったようだ。もともと俺はお店のお客さんでもないし、肉体年齢はともかく精神年齢では上だ。相手に謝らせてしまうのはよくないだろう。


「ううん、気にしないでいいよ。僕の方こそごめんね。僕らは初対面だし、こんなもんじゃないかな」


「でも、私もお母さんみたいに、知らない人でもたくさんお話ができるようになりたいの……」


 いきなりお店のママさんレベルは無理じゃないかなあ。とはいえ目標があるのはいいことだと思うけどね。そこでまずは地道な一歩から提案してみた。教会学校でパメラを見たことがないし、きっと通っていないはず。


「それなら教会学校に通ってみたら? たくさんの人に会えば、きっとお話も上手になるよ」


「一度行ったけど、男の子がいたずらをしてきて、それで怖くなって……」


 なんだか聞いたことある話ですね。彼はカワイイ女の子全てにちょっかいを出していたんだろうか。


「もしかして、ジャックって子かな?」


「確かそういう名前だったと思う……」


「あの子ならもう十二歳で働き始めているから、今はほとんど教会には来てないよ」


「でも……」


「それじゃあ僕が一緒について行ってあげようか?」


 パメラは首を振った。


 知り合ったのも何かの縁だと軽く提案してみたが、あっさり断られてしまった。まあ知り合ったばかりだし、俺とジャックの信頼度は大して変わらないのも仕方ない。


 しかし話しかけても無視されるわけじゃないし、質問したら答えてくれるので少しづつ会話も出来るようになってきた。せっかくなのでパメラのことを色々と聞いてみたところ、まとめてみるとこうだ。


 パメラはカミラの子供で現在九歳。他に兄弟はいない。六歳の時に教会学校に行ってみたけれど、初日でジャックに目を付けられていじわるをされたそうだ。以降、協会学校には行かなくなったらしい。


 カミラはそんなパメラを何度か教会学校に行かせようとしたが、頑なに行こうとしない彼女に折れ、それならお店の見習いを始めなさいということになったようだ。そして今は下働きのようなことをしながら、お店の作法なんかをカミラや他の従業員から習っているとのことだった。



 少しずつ会話にも慣れ、その後も当たり障りのないことを話しながら時間を過ごしていると、リラックスしてきたせいか何だかお腹が空いてきた。そういえば今日はまだ昼食を食べていない。


 しかしこんなこともあろうかと、俺は父さんに作ってもらった料理をいつも余分にアイテムボックスに入れている。まぁ普段から空き地で作業中は昼食を食べに戻らないこともあるからだけどね。


 そんな訳で昼食を食べることにしよう。パメラも誘ったほうがいいな。


「パメラは昼食はもう済んだ?」


「……まだ」


「そっか。それじゃあ一緒に食べる?」


 パメラはかわいく首を傾げた。こういうのは説明するより見せたほうが早いね。

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