33 報酬

 毒矢を鑑定した後、何度か見かけたゴブリンをセリーヌが倒して進みつつ、ついに森から草原へと戻ってきた。


 森ではゴブリンを石壁で圧殺したり、弾丸をぶっ放したり、アイテムボックスで鑑定したりと、いろいろと貴重な体験ができたと思う。セリーヌに感謝だな。後でしっかりお礼を言っておこう。


 とはいえ、まだ職業体験コースは終わっていない。最後は冒険者ギルドで報告だ。


 しばらく歩くとファティアの町の門が見えてきた。朝と同じ様に門番のブライアンがいる。向こうもこちらに気付いたようだ、軽く手を振ってくれたので振り返す。


 ニコラが足早にブライアンに近づき、元気にご挨拶。


「おじちゃん、ただいま!」


「よお、嬢ちゃんおかえり。ふむ、怪我も無く無事に帰ってこれたようだな。坊主はどうだ?」


「うん、楽しかったよ」


「そうか、そりゃなによりだな。セリーヌもごくろうさん」


「ふふ、大丈夫だったでしょ? まぁ私は別の意味でちょっと疲れたけどね~」


 そう言ってセリーヌがじっとりと俺を見つめると、首を傾げるブライアンを横目に手をヒラヒラと振りながら門を通っていく。俺たちも手を振りながらそれに続いた。


 ファティアの町に戻ってきた。昨日まで毎日眺めていた風景だ。しかしほんの数時間、森に出向いていただけなのに、なんだか懐かしい感じがする。町の外に出ただけで自慢する近所の子供たちの気持ちが少し分かった気がした。


「あんたたちの家のほうが近いけど、先に冒険者ギルドに行くわよ」


 家に帰ったらなんだかんだで面倒くさくなりそうだ。先に済ませたほうがいいだろう。異論もないので頷いてついて行く。



 大通りを進み冒険者ギルドに入る。飲食スペースを少し眺めたが、酔い潰れたおっさんはさすがにもういなかった。酔いが覚めて仕事にでも出かけたか、無理やり外に追い出されたんだろうな。


 昼過ぎのヒマな時間帯なのか、順番待ちすることなく受付カウンターの前に進んだ。朝と同じ黒髪美人の受付嬢が担当だ。


「ゴブリンを狩ってきたわよ。マルク、革袋を渡してあげて」


 大量のゴブリンの耳入り革袋をベルトから外して受付嬢に手渡す。腰に付けてる時はそれほど感じなかったが、手に取るとずっしりと重かった。


「はい、たしかにお預かりしました。数を確認しますね」


 受付嬢が革袋をカウンターの奥にいた男性職員に手渡す。そしてこちらから見える位置にある石造りのテーブルの上に革袋の中身をぶちまけた。


 おお、慣れてきたとはいえ、あの大量の耳はインパクトがあるな。そしてさすがにギルド職員は動じないもんだなあ。顔色ひとつ変えることなく耳の数を数え始めた。


 しばらくして職員がカウンターにやってきた。そして革袋をセリーヌに手渡し問いかける。


「こちらで確認したところ、ゴブリン討伐数は25となりました。よろしいでしょうか?」


「ええ。間違いないわ」


 セリーヌが答えると職員は一礼してテーブルに戻り、耳を別の袋に入れ更に別室へと歩いていった。あちらで耳を処分するか何かをするんだろうな。


 俺がそのまま男性職員を眺めていると、黒髪の受付嬢が俺とニコラに向かってやさしい声で話しかけた。


「ねえ、君たち。ゴブリン1匹銅貨4枚なの。25匹では銅貨何枚かな?」


 算数問題だ。算数だけど……。


「えーと、100まい!」


 ニコラが元気に答えた。


「まあ! 正解! すごいわね~」


 即答するとは思ってなかったんだろう。口に手を当てて驚いている。六歳で掛け算は前世の教育でもなかなか達者なレベルだ。人のことを言えないがニコラも自重しないな。


『森ではいいところを見せられませんでしたからね。この辺でひとついいところを……。あっ、ヘタレのお兄ちゃんより先に耳を切り落としましたけど』


 念話が届く。耳の件は今になって思い返すと結構恥ずかしい。今後ネチネチと言われないことを祈ろう。


「あら、ニコラちゃんってすごくかしこいのね~」


 セリーヌがニコラの頭をやさしく撫で、受付嬢も一緒になってナデナデとしている。美女ふたりにちやほやされてニコラはご満悦の様子だ。


「そうそう、この子もすごいのよ~。今日はゴブリンを二匹仕留めたんだからね」


 セリーヌは俺の肩に手を置いて、受付嬢に俺のことを紹介した。


「ええっ!? 本当ですか? どうやって?」


「ふふーん。それは言えないわね~。冒険者の詮索はしない、そういうもんでしょう?」


 セリーヌがニヤニヤしながら答える。


「あっ、そうでしたね。失礼しました。……すごく気になりますけど」


 受付嬢がこちらをチラチラと見る。セリーヌも話を振っておきながら酷いな。まぁ変に話を広められても良いことはなさそうなので、黙ってくれたほうがいいけど。


 そんな話をしながらも、テキパキと作業をしていた受付嬢は報酬をカウンターにおく。銀貨十枚だ。


 ちなみに銅貨は十枚で銀貨一枚。銀貨は十枚で金貨一枚という交換レートになっている。


 俺の中のざっくりとした計算では銀貨一枚千円なので、朝から昼過ぎまでゴブリンを狩って日給1万円といったところなのか。まぁあんまり前世の物価に当てはめても参考にはならないかもしれないので、気にしないほうがいいかもしれない。


 この世界の物価に当てはめると、一泊朝食付きで銀貨5枚のウチの宿屋に泊まると、二泊なら昼飯晩飯分で足が出るくらいの額だ。


 一応は命もかかってる肉体労働なら安いと思うし、しかも毎回同じだけゴブリンが狩れるとは限らない。そう考えるとゴブリン狩りだけをやるのはワリに合わないと思える。そりゃギルドでも不人気の依頼だわ。


 何かのついでにゴブリンを狩って換金くらいなら丁度いいんだろうな。そういえばセリーヌは依頼を受けてからゴブリンを狩りに行ったけど、依頼を受けていなければ換金はされないんだろうか。気になったので聞いてみた。


「たまに見かけて狩ってるけど、換金を断られたことはないわね。今回はあんた達の経験になると思って依頼を受ける形にしておいたのよ」


 セリーヌの答えに受付嬢が補足する。


「この町のゴブリン討伐依頼は町の治安を守るためのものですから、他の地域で狩ったゴブリンを持ってこられても困るでしょう? ですから明らかに古くなった耳とか、この辺にはいないはずのゴブリンの亜種なんかの換金をお断りすることはありますよ。ゴブリンの耳は素材にもならないですしね」


 なるほど。とりあえず不正を行わなければ、この町では買い取ってもらえるみたいだ。それと素材になるような魔物は依頼が無くても買い取ってもらえそう。


「そうなんだ、ありがとう!」


 俺が礼を言うと受付嬢がにこりと笑って「ちゃんとお礼を言えるなんてかしこいかしこい」と俺の頭を撫でた。セリーヌで慣れていたけど、初見の美人さんに撫でられるのはいいものだな。ナデポの気持ちがちょっと分かってしまいそうだ。


「さて、それじゃあそろそろ帰りましょうか」


 ニコラもついでに撫でられ、一区切りついたところでセリーヌが口を開く。後ろに誰も待ってはいないがカウンターで長話するものでもないだろう。


 受付嬢と別れの挨拶を交わし冒険者ギルドから出た。空を眺めると昼の眩しさは鳴りを潜め、薄っすらと夕暮れの気配を感じた。思っていたよりも長居していたようだ。


  セリーヌがギルドの建物の横に屈み俺たちを呼ぶ。


「はい、マルク。ゴブリン二匹の討伐分。ほんとは銅貨八枚だけど初討伐のお祝いに十枚あげる。ニコラちゃんにも分けてあげるのよ。報酬の分配も冒険者にとって大事だからよく考えてね?」


「ありがとうセリーヌ。それじゃあ、はいニコラ」


 俺は半分の銅貨五枚をニコラに手渡した。


「お兄ちゃんありがと!」


 ニコラは銅貨を服のポケットにしまい込むと、セリーヌは何も言わずに微笑み、ゆっくり立ち上がって背伸びをする。


「ん~。さて、それじゃああんた達の家に帰りましょうか。お風呂の準備をしてもらうわよ~」


 今日はお世話になったし、それくらいお安いもんだ。お風呂は無料サービスでご奉仕することにしよう。


「セリーヌお姉ちゃん、ニコラも一緒に入っていいー?」


「いいわよ~。マルクも一緒に入る?」


「ううん、遠慮しとくね」


「あらあら、照れちゃってるのかしらん?」


 そんな会話をしながら、俺たちは自宅に向かって歩き始めた。

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