第4話
そして、ラディーナ・ローズマリアが帝国を追放されてから三か月の時が過ぎた。
そのころには私も彼女のことは頭の隅の方に追いやり、相変わらず店の手伝いをしながら様々な本を盗み読む毎日に戻っていた。
今日も例に漏れず倉庫で本を読んでいると、珍しいことにお父さんが倉庫まで足を運んできた。
「やはりここにいたか」
私を見つけると、お父さんはそんなことを言った。
「……何かあったの?」
私は叱られるのかと思って父の顔色を窺ったが、父は怒っているような様子ではなかったため、視線を本に戻した。
「ああ、お前が興味をそそられそうな話を聞いてな」
私はお父さんのそのセリフを耳にしてから、すぐに本を閉じてお父さんに向き直った。
お父さんがこのセリフを吐いた時は本当に私の興味がある話を聞いてきた時なのだ。それも、わざわざ忙しい仕事の時間を割いてまで来た時は、とびきりの話が出てくる。
私の経験則から、それがわかったからだ。
「この前、ラディーナ・ローズマリアさんの本を与えただろう?」
「うん」
「あの時、ラディーナ・ローズマリアさんが帝国を追放されたという話をしたと思うんだが……」
お父さんが、一息入れる。
私のつばを飲み込む音が、倉庫内に響き渡った。
「我が王国が、迎え入れることになったらしい」
お父さんの言葉を、私は一瞬理解することができなかった。
脳が再び動き出した時、私はなぜか喜びの感情を抱いていた。
「この前のあの本───魔法だったか?それの研究に国王が助力すると宣言したらしくてな。それに伴って、助手を募集しているらしい」
「助手?魔法の研究の?」
「ああ」
魔法の研究なんてそれこそラディーナ・ローズマリアが始めたことなのに、いったい何を基準にして助手を選ぶのだろうか。
私がそんな疑問を浮かべていると、お父さんが突拍子もないことを言い始めた。
「そこでなんだが、お前、この話に挑戦してみないか?」
「……私が?」
それ以外に誰がいるのだろうか、と自分でも思うほど、間抜けな疑問だった。
「お前、前からラディーナ・ローズマリアさんに興味があっただろう?いつもここに閉じこもって本を読んでばかりだし、そろそろお前の将来も真剣に考え始めないといけない時期だと思ってな」
私は、なるほどと思った。
しかし、お父さんの考えは見当違いでもある。
私はラディーナ・ローズマリアに興味があるのであって、魔法の研究なんかに興味はないのだ。
そんな私をよそに、お父さんはどんどん話を進めていった。
「助手の条件は、探索に必要な身体的能力と、ゲル島に関する知識。後はなにやら小論文を書くらしい。前の二つに関しては、お前には問題ないだろう?」
「いやいやいやいや!」
あまりにも甘すぎるお父さんの判定に、否定せざるを得なかった。
「私の知識なんて、研究者の人たちに比べたら、絶対屁の河童だよ」
確かに私はゲル島に関する研究の本をいくつも読んできたが、その内容に興味があって読んでいたわけではないのだ。だから、その内容もほとんどが読み直せば思い出す程度の知識だった。
「そうか?私の買っているものは最先端のものばかりだから、それを読んでいるお前の知識は相当なものだと思うぞ?」
「そんなこと……」
ない、と言おうと思ったが、冷静になって考えてみると、私は研究者の知り合いも居なければ同じような境遇の友達すら居ないのだ。もしかしたら、お父さんの言う通り私の知識はかなりのものなのかもしれない。
──なんて、思いあがりだろうか。
「そもそも、あの手の本はほとんど売れないんだ。研究者を目指しているような人しか読まないものだし、相当値も張るからな。私が入荷しているのだって、半分はお前のためのようなものなんだぞ?」
「えっ」
初耳だった。
お父さんは、私に負担を感じさせないためにそれを黙っていたのだろうか。
しかし、それを今ここで言うのはずるいとも思った。そんなことを言われては断りづらいものだ。
「まあ、考えてみてくれ。私は、お前のその知識欲はすごいものだと思っているんだ。私の後を継ぐのは長男の役目だし、お前には早いとこ自立してもらいたいというのもある。他に道を考えているならそれで良いが……どうせろくに考えていないだろう?」
何か反論しようとしたが、図星すぎて何も言い返すことはできなかった。
お父さんはその後すぐに仕事に戻ってしまい、倉庫には静寂が訪れた。
本を読む気もすっかりなくしてしまい、頭の中でお父さんに文句をたれながら倉庫を後にした。
自室に戻っても、研究者の道という可能性が頭の中にこびりついて、離れてくれなかった。
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