第3話 あなたは地平線
ファンレターの返事は、待てども待てども来ない。来るはずがない。みんなこうして一方的に、推しに好きを伝えているのだ。
今日も、藍沢選手が難しい言葉を交えながらインタビューに答える記事を見た。
きっとこの選手は頭がいいのだろう。出身大学もなかなか高学歴だし。
でも不思議だな、スポーツ選手も学歴重視だなんて。もちろんそればかりではないけれど、少なくともファンは出身大学の話題で盛り上がるし、どこのプロフィールにも必ず最終学歴は書かれている。
私は藍沢選手の言葉のチョイスに、いつも嫉妬する。
藍沢選手の頭で考えられ、口から出るまでにいろいろ思考を巡らせて出た言葉には、とても深い愛情が込められていると感じるからだ。
選びに選んだ、この場にぴったりの言葉をスパーン! と当ててくる。
私の知らない言葉、私の知らない世界をたくさん持っている藍沢選手の中に、私は何十通ファンレターを出したところで私が入る隙間などない。
どんなインタビューでも、藍沢選手はチームのことを想った言葉を選び、ファンのことを気遣った言葉を選ぶ。
それは、相当心に余裕がないとできないこと。点数制で勝ち負けがあるスポーツをしているのに、そんなに心に余裕があるのはどうして?
ましてやバレーボールなんて引き分けがなく、必ずどちらかが笑ってどちらかが泣くスポーツだ。ボールが落ちたら負けるスポーツの第一線で活躍していて、その心の余裕は何?
私には、だんだん藍沢凌という選手が人間ではないような感じがしてきた。
何もかも知っていて余裕がある、人間以外の何かに見えてくる。
そんな人に、常人の想いなんて伝わるはずがないのだ。
試合中も、藍沢選手はあまり感情的になることがない。逆に感情的になっているシーンを見かけると不安になる。
彼もきっとそれがわかっているのだろう。ファンがどんな気持ちになるかわかっているから、感情を表に出さないようにしているのだ。
それが相手チームにとっては厄介で、感情が読めないものだから不意を突かれて負けたりする。
味方チームがどのように彼の感情を理解しているのかは謎。現地のベンチ近くの席での観戦をよくする人にはわかるのかもしれないけれど、配信で見ている限りは読めない。
まぁ、この謎に包まれたところも、私が彼に惹かれた要因のひとつではあるけれど。
私ばかり追っているのに一向に辿り着けないこの感じは、何かに似ているなと思っていたけれど、ようやくわかった気がする。
この心の広さや落ち着き方、そして決して追いつけない距離。
──そうだ。彼は地平線なんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます